第五話 獣人族
この世界の大陸には、東側と西側を分かつように火山帯が存在する。
東から西へと流れる気流、いわゆる偏西風は、噴煙から発生する『瘴気』を大陸の東側に供給し、魔族にとって理想的な環境を作り上げていた。
一方、大陸の西側には瘴気が全く存在せず、魔族が存在できないため、人間が平和に暮らしていた……つまり、魔族と人間は自然と棲み分けが出来ていたのだ。
しかし、五百年ほど前に、大陸の南西の端近くで数万年ぶりに火山が大噴火。
このため、大陸の西部でも瘴気が存在するようになってしまった。
場所によってはその濃度が高くなる、いわゆるホットスポットが発生し、そこに東の大陸から魔族が襲来・永住するようになってしまった。
以来、人間と魔族は、西の大陸を舞台に小競り合いを続けてきた。
そして今から約百年前に大戦争に発展。
魔族は精霊と手を組み、魔物を従えて圧倒的な戦闘力で攻め込んできた。
それに対し、人間達は組織力・戦術、そして武器の性能で対抗し、互角に戦った。
約二十年続いたその戦闘で双方甚大な被害が出て、特に人間側が疲弊したのだが、火山活動の弱まりもあり、魔族もまた勢いを失った。
そして互いのテリトリーを侵さないという条件にて停戦が成立。以降、一応の平和がもたらされた。
そんな中、中立を守った種族が二つある。
一つは、人間・魔族の双方に警戒心を抱き、距離を置いたエルフ族。
そしてもう一つが、両方の種族に対して友好的に振る舞い、停戦のお膳立てを行った獣人族である。
元来、彼等はその人柄の良さもあり、商売や交渉事が得意だった。
そして停戦の合意を取り付けたことでますます評価が上がり、今も人間・魔族の両方に信頼される存在となっている。
そんな彼等は、個体差はあるものの、人間と獣の双方の特徴を持ち、そして条件さえ整えば、完全な獣形態に変化して恐るべき能力を発揮する事が出来る。
しかし普段はニコニコと愛想良く、相手に打ち解けてくるのだ。
ミコも、そんな獣人族の一人だ。
彼女の顔は、猫っぽいそれであり、耳は頭の上部に可愛らしく付いている。
しかし体型は人間の少女そのもので、耳を隠せば、人間と言っても通じるだろう。
いや、結構な美少女の部類に入るかもしれない。
服装は、弁当業者の配達員の制服で、動きやすそうなメイド服、といった印象だ。
そんな彼女、裏表のないウソの付けない性格が魔族の医師・デルボルトから認められたようで、獣人族の村とこの施設の側に設置した亜空間ゲートの使用を許可されたのだ。
そして、毎日弁当を届けてくれるようになった。
最初、俺としても会話が出来る気心の知れた女の子ができたことで嬉しかったのだが……なんか、必要以上に懐かれてしまった。
「タクトさんって、付き合っている女性とか、いるんですか?」
と聞かれて、正直に
「いや、そんな人はいないよ」
と答えると、
「じゃあ、私、立候補します!」
と、嬉しい事を言ってくれるのだが……見た目がまだ、十歳ぐらいの子供にしか見えないので、困惑してしまう。
本人曰く、十三歳ということなのだが……それでも、若すぎる。
なので、
「えっと……恋人として付き合うとかは、まだ早いかな……」
とはぐらかすのだが、
「いーえ、恋愛に年齢差は関係有りません!」
と、迫られてしまうのだ。
しかし、彼女も俺も忙しく、会えるのはせいぜい1日5分。
休みも合わないので、デートが出来るわけでもないのだが……会って三日で
「魔族と獣人族でも、子供作れる場合があるらしいですよ!」
と目を輝かせて言ってくるのには、
「君自身、まだ子供じゃないか」
と笑ってごまかすしかなかった。
ある日、
「俺の青く光る目、怖くないのか?」
とも聞いてみたのだが、
「いえ、全然。すごく綺麗だと思いますけど?」
と答えてくれた。
うーん……元人間の俺が見ると、最初はかなり異質に思えたのだが……でも、いちいち魔族を怖がっていたら、商売なんて出来ないのかもしれない。
でも、ふっと……あと何年もこの関係が続くのなら、本当に恋人同士になるのかもしれない、いやいや、獣人族特有の商売上手な面を発揮していて、客としての俺に気に入られようとしているだけなのかな、でも楽しいからいいか、などと、結構自分自身、彼女に会うことをそれなりに期待するようになっていた。
そんなとき……その出来事は起こった。
この検診クリニックを任せられて、三週間目ぐらい。
そろそろ慣れてきたのだが……この日、午前中に検診にきた者を見て、目を疑った。
怯えた表情の、十代半ばに見える女の子。
肌の色は、良く日焼けした人間のような、健康的な小麦色。
肩まで伸びる綺麗な黒髪、すっと通った鼻筋に、小さいながらぷるんとした唇。
まあ、一言で言えば、相当な美少女だ。
耳は、上部がやや尖っており、普通の人間でないことは一目で分かる。
上半身は白く、薄いシャツを纏っただけで、ミコとは違って、服の上からでも胸の大きさがわかる。
下は緑色のスカートのようなものを穿いているが、検査着に着替えてもらう事になる。
まあ、検診の際は、上半身裸になってもらうのだが……。
そんなことよりも衝撃を受けたのは、彼女の目だった。
やや切れ長の美しいそれは、俺と同じく、青い光を放っていたのだ――。