第四話 スライム(後編)
さて、スライム検診の続きだ。
内科診療では、『聴診器』という道具を使って体内の音を聞くのだが……なんか、ゴポゴポというのが聞こえてくるだけで、心音も呼吸音も不明だ。
これはそのまま『録音でーた』をデルボルトに送信するしかない。
経験を積めば、俺でも判定ができるようになるのかもしれないが……。
次が問題の『診療内科』だ。
俺自身、今の孤独に対して悩みを抱えているが、仕事だしこのスライムに対して悩み相談を聞かなくてはならない。
魔物の『心の病』、放っておくととんでもない事態を招く恐れがあるのだ。
幸いにも、今までは「配下の魔物が言うことを聞かない」とか、「メスにもてない」とか、そんなある意味どうでもいい悩みしか持っていない魔物しかいなかったのだが……。
このスライムの場合、
「人間に対して腹が立っている」
とか、
「復讐してやる!」
とか、なんか物騒なことを言ってくる。
なんかやばそうだったので、『青の魔眼』の能力を発動してみることにした。
これは魔物の心の奥を覗くことの出来る、デルボルトの固有能力の移植版だ。
乱用は厳禁であり、また、通常は使用に際して、対象となる魔物の同意が必要。
使用された者は、「自分の夢のなかに第三者が侵入してくる」というイメージを受けるのだが、このスライムの場合、とくに拒否することもなく受け入れてくれた。
最初にイメージが浮かんだのは、広々とした平野だ。
青空の下、兄弟? と共に元気に跳ね回る子供スライム。どうやら、自分が子供の時のイメージらしい。
そこに現れた、武装した人間達。
有無を言わさず襲いかかってくる彼等に対して、なすすべもなく倒される仲間。このスライムだけは、偶然見つけた穴に飛び込んで難を逃れる。
そのまま地下の鍾乳洞に落ちた彼は、そこに住むヤモリやコウモリなんかをエサにして成長して行く。
ところが、しばらく経った頃、そこにも人間達が現れて彼は襲われる。
必死に逃げ、今度は岩の隙間を伝って地上へと逃れ、山中に出た。
そこで野ウサギなんかを捕食して成長し、そして知性の目覚めに気付く。
そんなとき、またも武装した人間に襲われるが、今度は必死の抵抗の最中、無意識のうちに電撃を放ち、その人間を追い払った。
自分は、強くなった。
この力を使い、人間達の住む区域へ襲撃をかけて、仲間達の復讐をしてやる!
――このスライム、そんな危険な思想を持っているようだ。
こいつはちょっと厄介だ。
そんなにムチャクチャ強そうな訳では無いが、今、人間と魔物は数十年間、休戦協定中のはずだ。
人間族のテリトリーで魔族が人間を襲う、その逆に魔族のテリトリーで人間が魔族を襲うと、非常に厄介な問題に発展する。
ちなみに、このスライムが人間に襲われたときは、おそらく「中立地帯」であり、かつ、まだスライムが知性を持たない「魔物」という扱いだったため、問題はなかったのだろうが……。
ここで、俺と『青の魔眼』を共有するデルボルトから、『すまほ』という機械に連絡が入った。
その指示は、
「そいつはヤバイ思想を持っているから、これから言うことを告げて落ち着かせろ」
という内容だった。
俺は、スライムに、諭すように話しかけた。
「あなたは、選ばれしスライムです。スライムのエリートです。ここまで知力、さらに魔力を得られるのは、千人に一人だそうです。魔族の医師にして公爵であるデルボルト様は、貴方に『エリスラム』という名前を与えられました。そしてこう仰っています。『その選ばれし力は、無闇に使うべきではない。人間達との最終決戦のときに備え、さらに鍛えあげるのだ。その時までは、魔族のテリトリー内で力を蓄えよ』と……」
なんか適当で嘘くさい言葉だが、このスライム『エリスラム』は感動したようで、非常に喜んだ様子だった。
そして俺のことも、すばらしい同胞だと言って、意気揚々と帰って言った。
ふう、なんとか無事に仕事をこなせたようだ。
デルボルトからも、
「よく説得できたな。その調子で頑張れ」
と、お褒めの連絡をもらった。
ただ一つ、気になったことがあったので聞いてみた。
「あの……さっきのスライムへの言葉の中で、『人間達との最終決戦のときに備え』ってありましたけど……あれって、方便ですよね?」
「無論だ。そう言わなければ、人間に恨みを持つエリスラム、暴発していたかもしれないだろう?」
「……ですよね……」
魔族と人間が戦争状態だったとき、それはそれは酷い有様だったと聞く。
もはや魔族の一員となってしまった俺、そんなことになったら、最悪人間を攻撃しなければならなくなってしまう。
うん、やっぱり平和が一番だ。
俺は、ようやく午後の診療を終えたことに気付き、ほうっと一息ついた。
と、そのとき。
「こんにちはー! ミャウ弁当宅配サービスでーす! 今日からお弁当お届けに来ました!」
と、元気な声が玄関から聞こえて来た。
そういえば、デルボルトからそんなお達しが来ていたな。
それまでは、味気ない保存食のパンと干し肉ぐらいしか食べ物が無かったのだが、
「検診施設の職員が元気ではないのはまずいだろう」
というもっともな理由で、人間族の俺の好みに合わせた弁当が届けられるようになるとのことだったのだ。
また、魔族の種類によっては検診後に食べてもらう弁当も、一緒に届けられるようにしたという。
それだけの為に、獣人族の村とこの施設の側に亜空間ゲートを設置したというのだから、デルボルトの魔法技術恐るべし、だ。
玄関に出て行き、その少女を見て、ちょっと驚いた。
まだあどけなさの残る、ネコ耳の可愛らしい女の子だったのだ。
「え……あの……あなたが、タクトさん?」
「ああ、そうだよ。弁当、届けてくれたんだね。ありがとう」
俺は笑顔で挨拶したのだが……この子、しばらくぽかんと俺を眺めた後、なぜか赤くなって、
「あ、あの、私、ミコって言います、これから毎日会えるんですね、よろしくお願いします!」
と、嬉しそうに声を上げた。
――俺の孤独が、ちょっと癒された瞬間だった。
※次回、検診から少し離れて、少女ミコについてのお話となります。