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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

白銀のViolet

作者: 紅月涼

和モノ春花企画の参加作品です。


唐突だが、私は花が好きだ。

と言っても桜の大木だとか、真っ赤に咲き誇る椿だとかよりは、ひっそりと片隅で儚くそれでいて力強く咲き、そっと散っていくような花の方がいい。


昔からそうなのだ。


ずいぶん前に、とある黒き有翼の者たちが暮らす集落に生まれた。

周囲を険しい山々に囲まれ、天然の要塞と化した崖の上にあるこの集落で、(おさ)(めかけ)の子として生を受けた。


一番上の姉は、美しい漆黒の髪と翼、そして金に輝く瞳を持った、集落の中でも一二を争う美貌の持ち主であった。

二番目の姉も、性格には少々難があるものの、その美しさは一番上の姉にも劣らず、その瞳も、全てを吸い込むかのような漆黒の輝きを放っていた。

他の里人達も皆黒い翼と黒い髪を持っているのだが、そんな中で。

私だけは真っ白な髪と翼であり、瞳も色を持たなかった。


そう、村の中で私だけが異質だったのだ。

当然私は村で孤立し、常に腹違いの姉上達や、他の村人達と比べられ続けてきた。

学び舎での学力順位でも全学年の中で三位だというだけで、一位と二位だった姉上達に遅れを取る私は親から理不尽な侮蔑の目を向けられていた。


と言っても、生まれた頃からずっとこうした侮蔑を受けていた訳ではない。

実母は私を大事に育ててくれていた。

だが母上はとても病弱で、よく身体を壊しており、私を産んでからはその傾向がさらに強まっていった。

やがて、私が六歳になる頃。

ついに母上は病に倒れ、そのまま帰らぬ人となったのだ。


そして、一番目の姉上は私の事もまだ見捨てずに遠巻きに見守ってくれてはいる様子ではあったが、二番目の姉上は父上と継母に同調して私を袋叩きにして散々虐めてきていた。


当然、村の長である父上に逆らえるような者は誰もおらず、他の村人達も私には白い目を向けて嫌悪しているようで、学び舎でも私に話しかけてくる酔狂な者は一人もいない。

自分に火の粉がかかるかもしれないのに助けるようなお人好しなど、いるはずもない。

そんなこの集落に嫌気が差していたせいもあり、時々監視の目を盗んでは集落を飛び出して近くの森の中を彷徨うのが私の日課になっていた。


そんな境遇にあったからなのだろう。


私はある日、いつものように集落を飛び出して森を放浪していた時に、そのスミレの花を見つけた。


この森は木達が好き勝手に育ち鬱蒼としているせいか、昼間でもかなり薄暗い。

陽の光すらまともに地面に届かない中で、そのスミレは気付かれたくないかのようにひっそりと藍色の花を咲かせていた。

だが、私が目に捉えたのはそんな藍色のスミレ達ではなく。


その中でたった一輪の純白の花を咲かせ、端の方で静かに佇むスミレだった。


一目惚れだった。


その健気さに、その淑やかさに当てられて。


「君は、美しいな……。私には眩し過ぎるくらい綺麗だ」


自分でも気付かないうちに、その花に話しかけていた。


「なぁ、私は……どこがダメだったんだ?何を間違えたんだ?私は何故姉様達と比べられなきゃいけない?……この苦境はいつか終わるのかな……?」


ずっと蔑まれ、疎まれてきた。

どんなに粗末に扱われようと、必死に堪えてきたのだ。


「ねぇ、スミレさん。少しでいいから、私に力をくれないだろうか……」


そう心から願った。


どんなに片隅でも、ひっそりと、しかし美しく咲き誇るそのスミレの花のように。


それから私は、毎日のようにその花の所へ行った。


その年の春が終わっても、スミレはひっそりと、それでも力強く生き続けていた。


「スミレさん。今日は学び舎で薙刀の練習があったよ」

「スミレさん。今朝は姉様達にまたいつもの嫌がらせをされたんだ」

「スミレさん。昨日の夜、父上にまた羽根を虐められたよ」

「スミレさん。今日学び舎で試験があったけど、私はまた三番目だった」


スミレさん……。

スミレさん。


いつしか、私はそのスミレの元にいる時間の方が長くなっていった。

スミレさんは私の話を律儀に聞いてくれている。

私の事を大事に思ってくれていると感じれるからだろうか。


きっと当たらずとも遠からずだろうな、などと考えながらも、私はそんなスミレさんのいる森の中が一番のお気に入りの場所になっていた。


そして、いつの頃からか。

私は、学び舎でも二番目の姉上を抜いて、一番上の姉上に続いて二番目の学力を手に入れていた。

妖術の会得でも、私はかなり適性があったのかあっという間に姉上達に匹敵する程の実力を得て、術によっては凌駕した。

護身術として学ばされていた薙刀に至っては、私は学び舎でも一番強くなり、姉上達にも、果ては教授している先生ですら私にはまともに勝てなくなっていき、やがて村の中でも有数の実力を持つようになっていった。





そんな中。




とある春の夜、空に朧月が微かに光る薄闇の中で20人程の人影が私達の集落に迫っていることに、こっそり屋敷を抜け出してスミレさんの元へ行っていた私は気付いた。


彼らはこの日の本の国では見かけない鋼の鎧を身に纏い、夜闇に紛れて集落へと奇襲を仕掛ける算段を立てている最中のようであり、またその雰囲気は何物も寄せ付けないような鬼気迫る様相を帯びているのだ。


「なに、あいつら……。なんか不気味だし、急いで父上に伝えた方が良さそうか」


そう独りごちると、私は急ぎつつ、それでいて音を立てぬように里へと戻ることにした。


どうやら奴等は里の正面から堂々と進撃しているようで、いつも裏手から里を抜け出している私の方には誰も気付いていないらしく、無事屋敷に帰り着いた。

そして、私は少し苦手な相手ではあるが父上の寝室へと入った。


「父上!起きてください!里の外に得体の知れない鎧を纏った軍勢が迫って来てます!」

「……ん、なんだお前か。こんな夜更けに起こしやがって。もう少し寝させろ」

「いえ、ですから。里の外に軍勢が!」

「……そんなもの、この里を攻めてこれる訳がないだろう?この里の外周には結界が張ってある。通過出来るのは里の民と我等に招待された者だけだ。いい加減お前も寝ろ」


ダメだ。

全然聞いてくれない……。


途方に暮れたその時、見張り櫓の鐘の音が里に響き渡った。


「……まったく、今度はなんだ!!」


そう叫びながら父上は寝間着のまま屋敷の玄関に向かい。


目の前の光景に頭が真っ白に固まった。


奴等は見慣れない無骨な剣を振りかざして有翼の男達を斬り捨て、有翼族の女性は片っ端から縛り付けて拘束し、ぐちゃぐちゃになるまで陵辱の限りを尽くしていたのだ、思わず固まってしまうのもある意味仕方ない反応なのだろう。


だが、それが命取りとなった。

数瞬後、彼の首にこの国では見慣れない杭のような太さの矢が突き刺さっていたのだから。


村の戦士達ですら相手にもならずに斬り殺されていく様に、いくら実力を付けてきていたと言ってもまだまだ未熟な私は目の前で繰り広げられる凄惨な光景に言い様のない恐怖を感じた。


「里人共は皆殺しにしろ!神の敵を許すな!」


そう叫ぶ指揮官らしき人物のもと、次々と虐殺していく奴等を呆然と眺め、私はその場に立ち竦んでいた。


「おい!こっちに少女がいるぞ!ヤっちまおうぜ!」


当然、立ち竦んで呆然としていれば敵にも見つかるというもの。

おそらく声質から男であろう。

いきなり呼び声が近くで聞こえて、私がサッと振り返ろうとした瞬間。

いきなり背後から羽交い締めにされ拘束された。


「へっ!お前なぁ。こいつまだちびっこじゃねーか!こんな尻も青そうな女子に欲情するたあ、お前変態かよ!」


そう勝手な事をのたまいつつ、正面から別の男が現れると背後に立つ男に目配せすると、私に手を伸ばしてきた。


「まあ、とりあえずお嬢さん。おじさん達と一緒に来てもらお……って、痛っ!」


こちらに伸ばしてきた手に力一杯噛み付いてやって、私はその男の顔に唾を吐き捨てると間髪入れずに背後の男に肘鉄を食らわせて距離を取り、そのまま屋敷の中に逃げ込んだ。


「くそッあのアマ!」


後ろで何やら毒付いているようだが、知ったことか。


そもそも私はもう15歳だ!


まだまだ未熟者であることは否定しないが、あそこまでお子様扱いされるのは気に入らないな。


何はともあれ、このまま屋敷の離れにある蔵に行けばいくつか真剣と薙刀があったはず。

薙刀にかけては、この里随一の腕を持ってると自負してるし、実際に薙刀を教授していた師ですら私には勝てなくなっていたのだから。


私は蔵に入ると、壁の奥の方に立て掛けてあった薙刀を手に取った。

その薙刀の柄には母上の名が刻まれ、これが形見の薙刀だと気付いた。


「そうか、母上も薙刀が得意だったと昔言っていたか。母上、この薙刀は私が大切に使わせていただきます。ありがとう」


そう言って、鞘を払うと。

私は蔵を飛び出して屋敷に侵入してきていたさっきの男達に一瞬で肉薄した。


「てめぇっ!さっきはよくも……グハッ」


最後まで聞く必要もない。

一薙ぎで斬り捨てて、私は外に出ると奴等を片っ端から斬りつけつつ、先ほど少しだけ見えた指揮官らしき人物を探した。


「きっと、あいつを倒せばこいつらも撤退するしかなくなるはず……!」


こいつらも所詮は軍隊の一種のはず。

仮にそうでないにしろ、さっきみたいなクズ野郎ばかりなら、指揮官を失えばしばらくは動けなくなるのは目に見えている。


だが、それがただの願望であるということに私はすぐ気付かされる。


すでに彼らは私達の集落に火をつけており、撤収を始めていたのだ。

そして周辺の森にも火を放ちこの地を去っていく奴等を、私一人で止められるはずもなく。

私は早々に追撃を諦めたが、そこで事態に気付いた。


そう、奴等は森にも火を放ったのだ。


このままではスミレさんが燃えてしまう……っ!


その事に気付いた私はすぐに燃え盛る森に分け入った。


「スミレさん!スミレさんっ!!」


必死になりながら走り辿り着いたそこに、彼女はいた。


美しい銀白色に、紺碧が一房だけ織り混じった髪。

薄く青みがかった柔らかな光を帯びる目。

菫色の薄く輝きを放つ着物を纏ったその妙齢の女性は、私の方を振り返り見るとそっと微笑んで言った。


「あぁ、よかった。貴女が生きていて」


そう儚げに話す彼女の足元で、毎年のように綺麗に咲いていたスミレの花は紅蓮の炎に包まれ始めていた。


「貴方は……?まさか……っ!」

「いつもありがとね。貴方が毎日会いに来てくれるようになってから、私は寂しくなかった。ずっと一緒にいたかったけど、それはちょっと難しそうかな」


彼女は、そこまで言うとそっと微笑んで私の頰を撫でてさらに続けた。


「私は消えちゃうかもしれないけど、この地獄を切り抜けた貴女はきっとこれから先も生き延びていける。ここから真っ直ぐに陽の登る方へ向かいなさい。そこに貴女を待つ人がいるから。きっと貴女の事を護ってくれる、貴女もその人を護れるようになる……」

「待って!貴女は!?このスミレの……っ!」


そう呼び止めようとした私の目の前で、彼女はそっと笑って私の方へ手を伸ばすと、いくつかの種を渡してきた。


「いずれその時が来たら、然るべき場所にこの種を蒔いてあげて……。私の、可愛い子供達だから……きっと、貴女の助けに……なれるから……」


そう話して最後に私をそっと抱くと、彼女はうっすらと虚空に滲んでいくように消えていった。


「うぅ、ぐすっ……スミレさん……」


視界が涙で滲むのを、何度か目元を拭って必死に抑えようとするものの、私の意に反して涙は止まらず出続けた。


それでも、周囲の炎は待ってなどくれない。


私は手に握っている数個の種をボロボロの小袖の胸元に入れて、小袖の背中にある切れ目から翼を広げると空に飛び上がった。


「陽の登る方角……あの山の方か」


なんでスミレさんがあんな事を言ったのか。

何故あの先に何があるかを知ってるような口ぶりだったのか。


当時の私には皆目検討も付かず、それは今でも変わらない。

もしかしたら、あるいは彼女には予知能力でもあったのかもしれない。


ともあれ、しばらく陽の登る方へ向かった私は、やがて京の町の北にある山に降り立った。


「……陽の登る方に行くと待ち人あり、か……ん?」


ふと人の気配を感じて、降り立った木から地面を覗くと、そこにいたのは。


「……子供?」

「……お、お……!」

「お?何だ?」

「……お姉ちゃん、かっこいい!」


いや、まあうん。

いきなり翼広げて木に降り立った人っぽい者がいたら、そりゃあ幼心にはかっこよく映るかもしれないが。


「ボクにもそれを教えて!」


そんな事を言いながらキラキラした目で見られても教えられる事はそう多くないのだがな。


そう思いながらも、私はその少年に自分が学び舎で教えてもらった事を教えていった。

簡単な読み書きに始まったそれは、いつの間にか少年の「強くなれる方法を教えて!」という要望に応えるべく、剣術や弓術、果ては妖術にまで及んだ。


その少年は少しずつ成長していき、やがて大事を成すことになる。


彼の名は牛若丸。

元服後は義経と名乗り、様々な事を成し遂げていくこととなるのだが、それはまた別のお話。


そして私は。


京の町、その西の外れにある館を訪れることになる。

それから数百年後、ある方の娘をお護りする役目を負うことは、思えばこの時すでに決まっていたのかもしれない。





もしよかったら本編『Gratia-紅き月の物語-』も読んで頂けると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 薙刀遣いのあのお方のエピソード、楽しく読ませていただきました。スミレさんのこと、ストーリーの起伏、いいと思います。
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