紡がれる歴史
「君を残し逝く私を許して欲しい」
青年は後悔と共に焼け野原を進む。
「願わくば君の一族に繁栄があらんことを」
青年は希望と共に門をくぐる。
「たとえこの身が朽ちようとも、君の為に死ねるのならば」
青年は自分の存在意義を確認し異界の狭間で胡坐をかく。
「これほど嬉しいものはない」
青年の顔は清々しい程に晴れやかで、狂おしい程に美しかった。
「だから、邪魔はしないで頂きたい」
青年は目の前に佇む百鬼に告げる。
そして、同時に両手を鬼の群れに向け小さく呟く。
「雷葬一閃」
青年の言霊に、青年の体内の霊力が彼の両手に集結する。
それと同時に異界の狭間は音と光に支配された。
空気を引き裂く幾条もの赤雷が空間を埋め尽くす。
雷は赤光をまき散らしながら鬼の体を貫き、全てを蒸発させて消滅する。
すべての雷が消滅した後には、両手のない青年しかこの空間には残っていなかった。
「流石は……秘術といったところか……」
青年は両肩口から血を滝のように流しながら、顔を歪める。
「今更腕など必要ないか」
青年は自嘲気味な笑顔を浮かべる。
そして、無くなった両腕を広げるように僅かに残った肩を動かす。
「さあ。我が血に宿る建御雷よ。供物は我。この魔窟と日本を分かたれよ」
言霊は放たれた。
彼の両肩から流れる血は言霊に従い一つの龍となった。
赤龍は青年の体に絡みつく。
そして、青年の首に牙を立てた。
薄れゆく意識の中で青年は愛した彼女の幻影を見る。
例え幻影でも青年には関係なかった。
己の最後を見届けてもらえるならば、幻影でもいい。
自己満足。
わかっていた。
彼女には生きていて欲しいという青年の我儘の結果がこれだ。
「鮮花――」
それを最後に青年の体は朽ち果てて灰になった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
迦具土鮮花は刀を翻して魔族の首を跳ね上げた。
日本を覆える程の感情を小さな体に宿して、力だけでねじ伏せた。
「ドケって言ってんでしょうが!」
後ろから迫ってきた鳥の顔をマネキンにくっつけたような奇怪なソレを胴体から真っ二つにする。
鮮花はソレを浄化することもなく走り出す。
目の前にそびえる門の向こう側へ向かって。
「推……」
鮮花は憂いを帯びた表情のまま人智を超えたスピードで走る。
鮮花は怒ってた。
何に?
全てにだ。
推に門を閉じるように命じた幕府に。
それに相談もなしにホイホイと従った推に。
それを止めようとする鮮花に襲い掛かる魔族に。
鮮花は目の前の魔族を怒りの籠った刀で切り捨てながら最短距離を駆ける。
そんな鮮花の目の前の地面がめくりあがった。
鮮花はめくれた地面を右足で捉えて、バク転の要領で着地する。
「なにやら、生きのいい人間がおるようじゃのう」
「誰よ?」
鮮花は直ぐに目の前の人型の何かを見て言葉を放つと同時に冷や汗を流す。
魔族の雑魚は喋らない。ただ暴力による破壊を振りまくだけだ。
だが、魔族のロードより上の存在は人語を話すと鮮花は知っていた。
「我が名はフラウロス。魔族のロードにして土喰」
その言葉を聞いて鮮花は一瞬で距離を取った。
「逃げなくてもよかろう。相手をしてやろうと言うのに」
「今はあんたの相手をしてる暇なんてないのよ!」
「ならば無視すれば良い。出来るのならの!」
その瞬間鮮花の足元から土の槍が噴出する。鮮花はギリギリでバックステップで回避する。
「ほー。人間風情が避けるか」
「アンタみたいな雑魚に殺される訳がないでしょう?」
鮮花は冷や汗を全身から流しながら強がった。
鮮花にはロードクラスと戦った経験などない。
そもそも、魔族と対峙するのが初めてだ。
霊獣退治なら何度もやったが、人型の相手となるとそれはまた別の話だ。
刀を握る手に力を籠める。
鮮花は自問する。
出来るのか?
出来る。出来なければここで死ぬ。
推を止めることも出来ないで、命を無為に散らす。
それだけは。絶対に嫌だ!!
「狂騒術・舞踏」
その言霊は鮮花の全身の霊力に届いた。
鮮花の霊力が全身の筋肉と神経に融合する。
迦具土一族の固有術を顕現させて、鮮花は赤い光を纏いながら軽くなった体を前に傾ける。
その次の瞬間には鮮花の体はフラウロスの向こう側に合った。
余裕の表情を浮かべるフラウロスには何が起こったのかもわからなかっただろう。
フラウロスは鮮花の気配を辿って、首を後ろへ向ける。
首はぐるりと百八十度回って地面に落ちた。
それを確認した鮮花は地面に膝を付く。
全身が悲鳴を上げていた。
霊力で極限まで強化された筋肉でも、今の動きは限界を遥かに越えていた。
だが、鮮花は止まれない。
推を……愛する人を止めなくてはならない。
だから、鮮花は痛覚を切った。
痛みから解放された鮮花は立ち上がる。
そして、目の前にそびえる門へと進み始めた。
「面白い。面白いぞ人間」
鮮花の後ろでフラウロスの声がした。
鮮花が振り返ると、そこには首が繋がったフラウロスがいた。
「なんで……」
鮮花の胸には軽い絶望が沸き始めていた。
痛覚を切ったことで動きが鈍る事はない。
だが、これ以上続ければやがて肉体が力に耐えられずに崩壊する。
そうなれば、推を止められない。
そんな鮮花を無視してフラウロスは言葉を紡ぐ。
「我はなかなか運が良いようじゃの。まさか噂のベルセルクの一族に出会えるとはの」
フラウロスは恍惚の表情を浮かべながら頬を上気させる。
鮮花は舌打ちしながら、フラウロスを殺す算段を考える。
戦闘狂を相手にするには時間がかかる。
やるなら一撃で……。
そこまで考えた時、鮮花は背後から迫る衝撃に吹き飛ばされた。
「な……にが?」
鮮花は上下左右にもみくちゃに回転しながら地面に叩きつけられた。
そして、顔だけを動かして衝撃の発生元を確認する。
そこには、赤雷の龍が地面を見下していた。
鮮花は直ぐに立ち上がり目を凝らす。
そして、絶望のどん底へ叩き落された。
――間に合わなかった……。
その赤き龍は推が死んだことの証。
命と引き換えに起こす血の暴走。
建御雷家と迦具土家だけに許された最後の秘術。
「止められなかった……」
鮮花は地面に座り込み、涙を流しながらそれを見る。
なんの感情も無く赤龍は外界を見下ろしていた。
鮮花はそれでも愛する者のなれの果てを見続けた。
赤龍もまた鮮花に焦点を合わせた。
一人と一匹は見つめ合った。
何分見つめ合っていたのか鮮花にはわからない。
鮮花には目を反らす事なんて出来なかった。
だが、終わりはやがて訪れる。
赤龍は地面に動くそれを認識した。
鮮花もそれを見る。
フラウロスが赤龍を見て嗤っていた。
その次の瞬間にフラウロスは地面もろとも蒸発した。
赤龍は天へと上る。
その後、日本全土に赤き雷が落ちた。
日本に攻め入った魔族のことごとくを焼き祓う浄化の雷。
その光景を見ながら鮮花は崩れ落ちた。
「ごめんなさい……推。
ありがとう」
その言葉を残して鮮花の意識は闇に飲まれた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
富士山の麓。都会から外れた山奥にその建物はあった。
周囲には富士の樹海が広がり、まるでこの建物を隠すように木が茂っている。
富士の樹海と言えば亡霊がうろつくとか方位磁針が効かなくなるなどの噂話には事かかない。
実はそれは全てこの建物の存在を隠すために流布されている話だったりする。
その建物の名は日本退魔士管理局総本部『隔絶門』
この建物自体は増築や改築を繰り返し時代に沿った様相を呈しているが、退魔士管理局の歴史は長い。
創設者は七百年前の加具土家の当主であった加具土緑香と建御雷霊陽。
初代局長は緑香でその亡き後は霊陽が二代目に就任している。
その後は加具土家と建御雷家で一世代ごとに交代で局長を務めてきたが、四百年程前に魔霊戦争が勃発。
建御雷家は末端に至るまで全ての血が途絶えた。それからは代々加具土家が局長を務めてきている。
この機関は国からも完全に独立しており、独自に退魔の仕事を履行しているのである。
その変わりに国政等への影響を与えないという約束を政府と結んでいるのであった。
この退魔士管理局の仕事は大きく分けて二つある。
一つは霊体の浄化。
日本各地に現れる悪霊や病魔を秘密裏に浄化し正しい空間に戻す。
日本各地で色々と行動しているが情報統制で退魔士の存在は伏せられている。
噂話程度にはなるが、各地に伝わる都市伝説以下の知名度である。
そしてもう一つの仕事が魔界へ繋がる門『魔窟門』の管理である。
四百年程前に魔窟門は日本の富士の麓、現在総本部がある場所から数キロ程離れた場所に顕現した。
その門からは魔族が次々と現れ日本を戦乱の渦に叩きこんだ。
魔族は日本各地の悪霊を呼び覚まし人間を襲わせた。それに対し退魔士が立ち上がり日本全土を巻き込む大戦争――魔霊戦争が起こったのである。
魔霊戦争は建御雷家が門の封印に成功すると共に建御雷家の当主建御雷推の力によって日本全土に散らばった魔族を全て浄化したと言われている。
管理局はこの門のすぐ近くに総本部を建て、魔窟門を封印し続けた。
それは現在も継続しており、毎日二十四時間退魔士が門の近くに常駐している。
そして、今現在。
その魔窟門の目の前には二人の男女が向き合っていた。