■6、招き猫
小鳥のさえずりで目覚める。
まだ薄暗いが、じきに明るくなっていくだろうという時間か…
「はぁーーぁ!…え?」
あおいは目覚めて、横になった体勢のままあくびをする。そして、次の瞬間には違和感を覚えて声を出す…。右側にレンがいて寝ている。かわいい・・。しかし、違和感の元はそっちではなく、左側だった。気が付くと、左手の中に誰かを抱き抱えるような体勢になっている…。その誰かも左側からあおいに抱きついた状態に…。
「なんでこんな状態に?この脇に当たる感触は…胸?、女か?」
ゆっくりと左側をみる。左手は、その女の尻を掴んでいた。いい弾力だ。
金髪のあの顔…クーデリアだった。昨日、しっかりと縄で縛っといたはず…。鎧などが全て外されていて下着姿、その腕は、しっかりとあおいを抱きしめており自由になっている。
「うぉ!なんでこいつが自由になって…。」
ゆっくりと手をどける。縛っていた柱をみる…縄が切られている。
周囲を見回す…。他に誰かがいるわけではなさそうだ。
いや…何かがいる。
「…ねこ?」
そこには、真っ黒な黒猫が座ってこっちを見ていた。目がぎらぎらと光っている。
「目が覚めましたか…。」
どこからか、女の声が聞こえてきた。もう一度辺りを見回す…。
レンは寝ている。クーデリアも…声は、2人のとは違う。はじめて聞く声だった…。
それに日本語…。
「何処にいる!・・姿を見せろ!」
「あら、・・目の前にいると思うのだけれど。…見えてないかしら?」
猫が話しているように聞こえる。・・まさかと思いつつ、猫に向かって話しかける。
「お前が…、話してるのか?」
「ん?…さっきから私が、話していると思うのだけれど?」
「なんで猫が話せる?それと、俺に何の用がある。」
「クーデリアの縄を切ったのはお前か?」
「そうよ…。来てみたらその子、縛られてたし。開放した後、何をするのか見たくて。…面白そうだったし。」
「面白そう?」
「縄を切った後は、自分で服を脱いであなたの横にいって、抱きついてたのだけれど。よかったでしょ?ふふ。」
「意味が分かんねーよ。目的は?」
「騒がしい人ね…。異世界から来たって言うから、どんな人かと来てみたんだけれど。」
「えっ…?今、何て…?」
「うふふ…あなたは今、自分が置かれている状態、よくわかってないみたいね。」
「異世界って…、何だよ?ここはまさか、べ…」
別の世界と言いかけた時、頭をよぎった。
…今まで見てきたこの数日間は、元いた自分の世界と似て非なる物であった事。見た事もない生物、植物、魔法、言葉。…すべてが、この目の前の猫がいった単語『異世界』という言葉を示していた。
「あれ?案外かしこいのかしら…納得したって顔つきになったわね。」
「ああ、俺は数日前に事故にあった。…その時から何もかもが見た事ない物ばっかだった。だからそういう考えがなかったわけじゃない。同じ世界だって信じたかった。否定したかったんだ。」
「……。」
「おい猫!お前は何を知ってる?なんで俺が異世界から来たってわかった?」
「俺と同じ日に、何人かこっちに来ていたはずだ。…他の人はどうなったんだ?」
「元の場所に帰る方法はあるのか?」
矢継ぎ早に質問を繰り返した。猫は黙ってみている。
「何とか言えよ!」
「質問ばかりでつまらないわ…。欲しい欲しいばかり行っているだけじゃ何も得られないわよ。」
「……!?」
「私は、知っている事だけしか知らない。あなたが欲しい情報も知っている、かも知れない。」
「じゃあ…。」
「でも、その情報をただ教えるだけじゃ、私にはメリットがないじゃない…。」
「お前が…俺の知りたい事を知っているなら。それを教えてくれるなら何でもする。…だから頼む。」
「ふーん。…何でも、ね。うふふ。」
猫が目をいっそう輝かせてそう言った。
「そうね…。私は、あなたの聞きたい事の全部を知っているわけじゃない。半分と言った所かしら。」
「その情報を教える対価に、何が欲しい?・・金か?」
「うふふ・・お金なんて何の面白みもない物は必要ないわ。」
「じゃあ何が…。」
「…あなたよ!」
「俺が何?」
「だから情報を教える代わりにあなたを頂くわ。」
「はぁ?」
「つまり…猫のくせに俺の体が目当てだと?」
「…その反応。何か勘違いしてるようね。あなたが欲しいといっても、体が目的ではなくて、ちょっとした手伝いをして欲しいって事よ。」
「な、何だそういう事か…。だが、何でもするといったが、人殺しとか犯罪の片棒を担がせるってんならお断りだからな。」
「安心して。まぁ危険は…ない、といえば嘘になるけど、犯罪のような事ではないわ。」
「まぁ猫の頼みだ、美味しい魚が欲しいとかそんなレベルだろう…。」
「いいぜ。その手伝いっての、言ってみな、すぐに片付けてやるよ。」
「その前にあなた、こっちの言葉が話せないのよね?」
「ああ、…全くわからない。」
「それじゃ手伝いに支障が出るから、あなたにこの首輪を差し上げるわ。」
「ん…?」
猫の首元を見る。何かの金属で出来ている首輪のような物を付けている。
猫がゆっくりと歩いて寄ってくる。
「警戒しなくていいわ。この首輪を外して欲しいの。この体だと自力で外せないから。」
そういって首のあたりを肉球でカリカリしている。実にかわいらしい。
あおいはゆっくりと猫に手を伸ばし。首輪を外す。
「にゃーにゃーにゃ!」
猫が何やら言っているが、普通の猫の鳴き真似か?
「何、今更猫みたいな声だしてんだよ。」
「にゃ、にゃー。にゃ」
「にゃー」
「まさか…。この首輪が?」
半信半疑で首輪をはめてみる。
「よいっしょ。ん…。小さすぎて首に付けられないぞ…どうすんのこれ?」
「にゃー…」
猫が腕をペロペロと舐めてその首輪を腕にはめるように指示する。
「ああ…。腕にはめろって?」
腕にはめてみると、ぴったりとはまった。首輪(腕輪)がつけられる前と同様に違和感が全くない。
「おお!…これならちょっとやそっとじゃ外れないな。ぴったりだ」
「そうそれは良かった。その腕輪はとても貴重なマジックアイテムなの、売ったり無くしたりしないように。」
腕輪をつけたとたん、猫の声が女性の声に聞こえるようになっていた。
「お…やっぱそういう類のもんか。…すげーな。動物と話せるようになるアイテムか。」
「ん…。ちょっと違うけど、まぁいいわ。もう一度言うけど、その腕輪は数少ない国宝級の稀少品。無くせば変わりは用意できないと考えておいてね。」
「ああ、肝に銘じておくよ。」
「それで本題…。と言いたい所なんだけど。まず、私に会いに来てもらおうかしら。」
「ん?私に会いにって?お前は目の前にいるじゃないか?…謎かけか何かか?」
「ふふっ。言葉通りの意味よ。」
「この猫の姿は仮の姿。本体は別の場所にいるのよ。」
「ほう…なるほど。猫を遠隔操作して操っていると?」
「理解が早いわね。好きよ、賢い人は。」
「では、この街から北に、歩いて2日ほど行った場所に塔が立ってるのだけれど、そこまで来ていただけるかしら。」
「塔?って・・・行ってすぐわかるのかよ。」
「近くに来れば嫌でも目に入ると思うわ。」
「う…ううん。」
レンが寝返りを打つ。
「そろそろ彼女たちも目覚めるわね。・・私の事は伝えてもいいけれど。その金髪の子、あなたに取って、今後、役立つ子だと思うわ。出来れば一緒に連れていた方がいいわよ。」
「なんだって?…クーデリアが役に立つ?」
「まぁ、連れて来るにしろ、来ないにしろ、どちらでも構わないのだけど。ふふふっ。ではお待ちしていますわ。」
そう言い残して、猫が扉から出て行った。俺の正体を知っているような口ぶりだった。怪しさ全開だったが、唯一の手がかりをやっと掴む事が出来そうなんだ。
まずは、あの猫の言っていた塔へ行こう。
ふと、後ろで寝ているレンとクーデリアを見る。
「…あっ!…貴様、人の部屋で何をしている!」
クーデリアが目を開けて急に声を上げた。寝ぼけているのか?腕輪の効果か・・。クーデリアの言葉がわかる。しかし、急な事で、そんな事を考えている暇はない。
「おいおい、おまえ寝ぼけてるのか?」
「きゃぁああ!?…き、貴様、私に一体何をした?」
自分の姿を確認したとたん、悲鳴を上げた。下にひいていた布を体に巻きながら警戒している。武器があったら間違いなく斬りかかられていただろう。
「ん…?貴様どこかで…。」
「まだ寝ぼけてんのか・・昨日俺に負けて捕まっただろうが」
「はっ!…そうだ、私は負けて。縛られた後に…。ね、ねこみを…。」
顔を真っ赤っかにしながら口ごもる。
レンも、そのやり取りの最中に目覚め、2人のやり取りにびっくりしている。
「クーデリア、何かあったの?」
「な、何かだと?…この男が、私の寝込みを襲ったのだ。う、ううっ、初めてだったのに…。」
「寝込みを襲う?って?」
レンは、そういった知識は無いようだった。
「おい…。早とちりにも程があるぞ。」
「あれ…?あお、こっちの言葉使えるようになったんだ…。すごいすごい!」
「ん…。ああ、いろいろあってな。」
「ほら…クーデリア泣きやめって…。昨日は、何もなかったんだ。お前の勘違いだって」
「責任…取ってもらうからな。」
「責任ってなんだよ。…お前、騎士団はどうするんだよ。」
「もともとあそこには、いたくていたわけじゃない。強い奴を倒し続けてたら成り行きで団長になっていただけだ。お前に負けた以上、戻るわけにもいかぬ。」
「はぁ…?」
「戻る所も、もう無い。私をキズモノにしたお前に責任を取ってもらうしかないだろう?」
「おいおい、切り替え早すぎだろう・・確かにお前を倒して捕縛したのは俺だ、でも責任ってのは…。」
「あお…、クーデリア倒したよね?じゃあそのセキニンっていうの取るしかないの…。」
「レン、お前意味わかって使ってるよね?」
「もちろん!クーデリアの居場所をあおが奪ったから、あおが面倒をみるって事でしょ?」
「…間違ってはないけど。」
「き、貴様、私じゃ不満だとでも。」
クーデリアは、やけになって何も考えてなさそうだ…。
「お前はいいのかよ。昨日、負けた相手に世話になるなんて…。」
「わ・・私は、自分より強い奴…。貴様になら。いや、貴様に勝つまで離れない。」
「おいおい、話の内容変わってきてるぞ…。」
「とにかく責任は取ってもらう…。」
「まぁ、ついて来たいなら好きにするといい。でも、寝首を掻くような真似だけはするなよ。」
「私を愚弄する気か!!…そんな卑怯な手を使うと思っているのか。やるなら正面から正々堂々とやる!ふんっ。」
昨日、レンが言っていた。クーデリアに黒い感情がないってのがマジなら問題はないか…。見た目は可愛いし、上手く仲良くなれば護衛になってくれそうだし。
「では…、改めて。クーデリア・ウェインズ。17歳。不束者ですが、よろしく頼む。」
「…あおい。霧嶋あおいだ。25歳 まぁ仲良くやろうや。」
「うむ。」
「レンもレンも!」
「俺らは旅の途中だ、次に北にある塔に向かって出発する予定だ。お前はどうする?」
「無論、ついて行く。問題はないだろう?」
「まぁ…来たいなら止めないよ。お前強そうだし、何かの役には立つだろう。」
「ごほん…では準備をしたい、服を着たいから小屋から一旦出てくれないか?」
「はいよ。レン、こいつが急に暴れださないように気をつけてろよ。」
「はーい。」
小屋の外に出る。空はだいぶ明るさをましていた。
そういえば、この世界の北って…元の世界の常識どおりの北で問題ないのだろうか?
「後でクーデリアにでも聞いてみるか?」
小屋の周りは、水田や農耕地として利用されている土地らしく、稲穂や様々な種類の葉っぱが規則正しく並んでいた。昨夜は暗くて見えなかったが、遠くの方には風車のような建物も見える。異世界といっても、元いた世界と大きく異なった世界ではないのだと気づいた。
「あお、クーデリアの着替え、完了したよ。およ・・?」
あおいは、そこにいなかった。
「あお…?」
レンが小屋から出て探す。…少し離れた小高い丘に、あおいは倒れていた。
「あおっ!!」
レンが、走って近寄る。
「ん…レンか、この世界…風が気持ちいいなって思って。」
「急にどうしたの?」
「俺…、この世界の住人じゃなかったみたいなんだ…。」
「…?それで?」
「いや、特に意味はないよ。」
「ふふ…変なあお。あおはあおじゃない?何処にいても何も変わらない、でしょ?」
「…うん、そうだ、俺は俺だ。何処にいても何も変わらないよな。こんな感傷に浸るのは、これでおわり!切り替えて、みんなを探さないと。」
小屋に戻る。昨日のうちに荷物はまとめておいたから、すぐに出発出来そうだ。
「っと、クーデリア、この剣をお前に返しとかないとな…。」
「ああ、いいのか?私がこの剣を持つという事は、いつでも後ろから斬られる可能性があるって事だぞ?」
「まぁ、…その時は、それで受け入れるさ。」
「そうか。…では、遠慮なく返してもらおう。これは大事な私の半身だからな。…あおいが渡したくないと言えば、それはそれでも良かったのだが…。」
「半身…?」
「うむ、私は、この魔剣と契約を結んでいる。」
剣がクーデリアに渡ったとたん、剣がほのかに光だした。
「魔剣?契約?…また大層な言葉が出てきたなぁ。」
「そうでもないさ、力を求めるなら、この世界では必ず何かと契約をするものだ。人とは、単体では本当に無力だからな…。」
この世界には、契約を結ぶだけで絶対的な力をさずけてくれる武具が多数存在しているという。剣だと魔剣、槍だと魔槍など、基本的に魔具と呼ばれている。手に入れたら一方的に契約を結べるというわけではないが、武器を手に入れ、主と認められれば契約の義を執り行う事ができる。儀式を終えれば。昨日までなんてことなかった一般人も、相当な力を得る事が出来るという。
クーデリアは、生まれた時から傍らに魔剣があって、10年かけて魔剣に認められるに至ったという。儀式を終えた後、その絶大な力に溺れ。より強い強者を求めて戦うようになってしまったのだという。
「この魔剣は、私にスピードと防御不可の絶対斬首の力を与えてくれている。だから、今まで私の一撃で死ななかった者はいなかった。あおい、貴様を除いてな。」
「なんだ、そのチート能力は…。」
「魔剣を使うというのはそういう事だ。ただ、契約者以外が持った場合は違う、紙も切れぬ、なまくらになってしまう。」
「あおいも遠くないうちに魔剣の類を手に入れるんじゃないか?貴様にはそれだけの力がある。」
「力ね…いつの間にそんなに評価が上がったのやら…。」
そんなやり取りをしながら、塔に向かって出発した。普通に問題なく辿り着ければ、2日でつける距離、だそうなので余裕を持って準備をした。
クーデリアにこの世界の方角について訪ねてみた。が、案の定、戦いに関係のない知識は、全くと言って知っていなかった。仕方なく街の商人に確認してみると、この世界では、北というのは太陽が昇ってくる方向で、日が沈む方向を南としているそうだ。
道中、獣の類に襲われたが、出てくるや否や、クーデリアに真っ二つに切り裂かれていた。そのため、危険な目には合いそうになりながらも、問題なく歩みを進められた。
「お!…なんか遠くの方に白い建物が見えてきたな。あれが目的の塔かもしれない。」
「ダラティアから北と聞いて、もしやとは思ったが、やはりここだったか。あおいよ、あそこに居るのがどういった人物か知っているのか?」
「いや…。猫にここに来いと言われたから来たけど、どういった奴がいるんだ?」
「ここの主の名は、イレーネス・マキャベリという人物で、かの四賢人の一人だそうだ。私も実際には会った事はないのだが、変わった研究をしているそうだ。」
「あ、その名前なら、レンも聞いた事があるよ。なんでもゆうきゅう?の時を生き続けている生きた歴史書って言われているんだよね?」
「まぁ、単なる噂話の域を出ないが、奴は不老不死の秘密を持っているという噂もある程だ。」
「なんか話を聞く限り、すごい奴が出てきそうだな…。」
塔の真下についた。塔自体は、かなり前からあるんだろうと思わせる。年季がはいっているが、真っ白い立派な建物だった。いたる所にコケや蔦が絡みついており、それがより雰囲気を出していた。
さっそく入口にたって、ドアのノッカーを鳴らす。
[コン、コン]乾いた音が響き渡る。
主人公がやっと異世界であることに気がつきました。
言葉もしっかりと交わせるようになり、すっかり馴染んでしまいましたね。