■3、出会い
翌朝、獣の叫び声のようなものを聞き、目を覚ました。
「グルルルル…。」
「ガルゥウウウウ…。」
湖から少し離れた場所から、複数の獣の唸り声と争うような声が鳴り響く。
「なんだ、なんだ…。怪物鳥の次は、怪物犬か?猫か?」
お手製の武器を握り締め、獣の声が響く方向を警戒する。…心臓が鼓動を早める。遠くにいる気配に気づかれないように、声を押し殺しているが、獣の声は、段々とこちらへ近づいてきている。
(なんでこっちに来るんだよ…。)そう愚痴りながら、だんだんと近づく獣から、咄嗟に木の陰に隠れて、やりすごそうとした。
そっと木の陰から様子を伺うと、さっきまで自分が寝ていた場所にその獣が立っていた。あおいは、その獣を見て唖然とした。
その獣はなんと、人間のように2本足で立っていて、さらに服のような物まで着ている。だが、口からは、ヨダレのような物をだらしなく垂らしており、とても理性がある生物には見えなかった。目は血走っており、口元や爪には、べっとりと血のようなものがついて赤くなっていた。
とても友好的な姿にはみえなかった。
「やばいやばい、見つかったら絶対襲ってくるよなぁ、あれ。」
獣は、その場で匂いを嗅ぎ、何かを探しているような動作をとっている。
…匂いで探されたら見つかるのも時間の問題だった。
「やるしかないのか…。」
相手は、今はまだ1匹。こっちには武器もある。あおいは、覚悟を決めて武器を握る。獣は、少しずつこちらの隠れている所に近づいてきている…。息を殺して身構える。
近づいてきた獣は、匂いで隠れている場所を判断したのか、一定の距離から一気にこちらに向かって飛びかかってきた。もちろん、あおいが視界に入ったわけではない。
そして、獣の鋭い牙が、木に隠れていた影に向かって突き刺さる。
「うわぁあああああああああ!」
声を上げて叫ぶあおい。しかし、その声は、突き刺さった牙の痛さから発せられた叫びではなかった。
あおいは、獣が自分の匂いを探し始めた時、咄嗟に上着を木の生え際に脱ぎ捨てて、木の枝から上へと移動していたのだ。獣がその空っぽの上着に攻撃を行った瞬間、獣に向かって木の上から飛びかかったのだ。
石斧で頭を殴りつけ、木の槍で突き刺す。さらに意識を刈り取るまで追撃を加えた。
「ギャイン!!」
獣が悲痛な鳴き声を響かせた。
上からの急な襲撃であったため、その獣は抵抗もできずにその場に倒れ込んだ。
「はぁはぁ…。な、何なんだよこいつは、犬?じゃないよな…?人でもない。」
そこに倒れている獣は、ウェアウルフとでも言うべき、半獣人だった。今は気を失っているみたいだが、気がついたら、また襲われる可能性がある。急いで荷物を取りに戻って、その場から走り出した。
暫く走ってから気が付いた。さっきの獣人の声と同じ声を上げる存在が、遠くにまだいる。
「嘘だろ!さっきの奴みたいのが、まだいんのかよ。」
1対1でもどうなるかわからない…。あんなのに囲まれたら終わりだ…。
急いで森を抜けようとする。
「ワォオオオオオオオオオオン」
遠くで遠吠えのようなものが聞こえる。仲間を呼んでいるのだろうか?
「ガルウウ…ガウ。」
「ギャウ…ウウウウウ。」
直後、遠吠えの聞こえた方向で、獣同士が争うような鳴き声が鳴り出す。
必死で走るあおい、その争いの声から離れるように、森から早く出ないとと必死に一心不乱で走る中、ふと、森の一角に異様な光景を発見して足を止めた。
10体ほどの獣人達の死体らしきものの中、かすかなうめき声をあげて傷を負った少女が倒れている・・。
「う…うう…ううう。」
今にも息絶えそうな、微かな声で、苦しそうに唸っている少女。
なぜか裸だったので、上着を脱いでかけてやる。
「おいっ!大丈夫か?」
声をかけるが意識がない少女は答えない。
遭難してから初めて見つけた人だった為、迷う事なく助けようと手を伸ばしていた。
「とにかくここにいたら、さっきの獣人どもにやられてしまう…。少し辛いかもしれないけど我慢してくれよ。」
そう言って少女を抱き上げ、崖の方へと駆け出す。
「いったいあいつらは何なんだ。誰があれだけの獣人を殺した?」
そんな独り言を呟きながら、少女を抱き抱え必死に走る。
少女は、先ほどの獣人の爪で付けられたであろう傷跡が、いくつもついていた。
暫く走って、森の出口に近づいた。その先には切り立った崖が見えた。
「うわぁ…。底が見えない。」
とても降りれるような高さではなかった。
必死で走っていたため、予定していた場所から少しずれていたのだ…。それでも崖に沿って進んで、目的としていた幅の狭い箇所から、向こう側へ辿り着いた。
「ここを渡ってしまえば、とりあえずひと安心だろう…。」
森からは、さっきの獣人が出てくる気配はない。ひと安心。
少女の傷が心配だったため、少しだけ崖から離れた場所で応急処置を行う事にした。
「痛そうな傷。…少し染みるかもしれないけど、我慢しろよ。」
そう言って、湖で汲んだ水で、傷口を洗浄する。持ってきた荷物には、もしもの時のため簡単な救急セットが入っていた。ガーゼや包帯などで、傷をくるむ。傷口に水をかける度に、「ううっ」と少女が痛みを訴えてきていたが、洗浄しないと、後で傷口から悪化する可能性もあったので、我慢してもらった。
「さっきは必死で気がつかなかったけど、この子の髪の色、綺麗な色…。染めたのかな?」
少女は、綺麗な透き通るような青色の髪で、ひと目で美人だとわかるほど、整った顔立ちをしていた。髪の色以外は、自分が見知っている普通の人と変わらないようだった。
あおいは、自分で青く染めたのだと勝手に納得していた。
「よし。これでひとまず俺に出来る応急処置は、完了かな。」
医療の知識などなかったため、傷口を洗い幹部に包帯を巻くくらいしかできなかった。しかし、大きな傷はなかったので、それでも問題ないと判断できた。
「12,3歳くらいってところだよな…。あんな、何もない所にどうしてこんな子が?森に迷い込んで、あの化物に襲われたんだろうか?…もしかしたら、この近くに人が住んでる場所があるかもしれないな。この子が起きたら確認してみるか。」
髪を整えてやり、少女のほっぺに触れながら呟く。まだ苦しそうにしているが、さっきまでと比べれば、幾分かましだろう。暫くして、周囲の様子を伺ったが、獣人も危険そうな生き物もいなかった。
少女をお姫様抱っこの形で抱き上げて、再び移動した。
少女は、未だ瞳を閉じたまま意識は戻らない。先ほどの獣人が戻ってくるかもしれないと考え、崖から離れる事を選んだのだが。向かうべき目的の場所がない…。とりあえず適当な方向に進むしかなかった。
「この子を抱えて、あの山を登るのはちょっと無理そうだし…。迂回して安全なそうな所を探すしかないか。」
少し歩いた所で、前方に大きな影がいるのに気づいた。大きさはあおいの2倍程、猪とアルマジロを合体させたような見た目。コイツも見た事がない生物だった。
こっちには気づいてないが、気性は荒らそう。岩に体をこすりつけて、縄張りだという事を示している。
「……。相手にしない方が懸命だな。」
今来た道をゆっくりと戻る。崖まで戻ると、次は、崖沿いに沿って移動をする事にした。少女は、軽いとはいっても、長時間抱きかかえたままいられる程の体力はない。早めに落ち着ける場所を探したかった。
崖沿いを歩いていると、「ズザーッ]と大量の水が落ちる音が聞こえてきた、少し先に滝でもあるのだろうか?音がする方へ進んで行くと、崖下に向かって流れ落ちる滝が出現した。流れ落ちる水の量から、谷底は河にでもなっているであろうと予想できた。
滝に続く川の近くには、洞窟のような穴があった。少女をそこで一旦、地面に下ろし、その洞窟の中を確認しに行く。何かの巣の可能性があったので慎重に…最大限に注意を払い、覗き込む。中は、仄かに香るコケの匂いが漂っていた。獣がいそうな気配はなかった。人2人が並んで一緒に入れる程の幅の洞窟は、入ってすぐに行き止まりになっていた。
「少し湿気はあるが、中で一度、火を起こせば、いい感じのスペースになるかもしれない…。」
早速、枯れ木などを集めて、焚き火の準備をした。
洞窟内の湿気を飛ばすため、一度大きめの火をつけて、洞窟内を燻した。近くには川もあり、いい感じの洞窟がある。ここに来て、やっと一息つけそうな場所に辿り着いた感じがした。
洞窟内を燻し終わった後、空気を入れ替え、地面にあるゴツゴツした岩をすべて取り除いて平らにならした。洞窟内部は、畳2畳分程の広さがあり、人が寝転んでも問題がない程にはスペースがあった。
「ここで暫くこの子を休ませられるけれど。流石に地面に寝かせるのは忍びないな…。」
「よしっ!そこらの木で簡易のベッドでも作るか。」
石斧を使い、手頃な木を何本も切り倒す。石のナイフで枝を切ってから削り、それを重ね合わせて簡易ベッドを作成した。加工した木は、蔓状の植物を使ってつなぎ合わせる。後は、クッションとして、燻した葉っぱを敷き詰めて完成。
時間はかかったが、どう見てもベッドと言える代物が完成した。
ベッドを洞窟内に設置した後、余った材料を洞窟内に配置し、椅子などに利用した。洞窟の入り口の上には、煙を出すための穴も作成した。これで問題ないだろう。
「よいしょっと!やっとこの子もゆっくり休ませられるな。」
「…う…ううん。」
「…飲み物は前の川があるから問題ないけど、食べ物がないな。少し探してきた方がいいよな。入口も何が入ってくるかわからないし、塞いでおくか…。」
そう考えた後、洞窟の入口に扉のようなものを設置して洞窟を離れた。
「食べられそうな物…。食べられそうな物…。さっき木を切りに来た時に確か…。あった!この甘い香りのする果実なら…。」
一つもぎ取って割ってみる。中身は緑色、…匂いは悪くない。
「どれ一口。あむ…ん?…いける。」
見た目は、あまりいいとは言えないが、柿のような味をしたシャリっとした果実だった。それをいくつか選んでもぎ取って荷物の中へいれた。
「とりあえず一旦戻るか。」
意識のない少女を一人で残してきたので、あまり長い時間離れているのはよくないと考え、洞窟に戻った。そんなに離れた場所でもなかったので、すぐに戻ってこれた。
「スー、スー。」
少女は、落ち着いた様子で寝息を立てていた。
「ただいま。」
少女の額に手を当てて体温を確認する。少し体温が高めなのが気になったが、気持ちよさそうに寝ているので問題はないだろう。荷物をベッドの脇に置いて少女を見る。
暗めの洞窟ではあったが、入口を開けておけば幾分か明るさを保てていた。
少女は、あおいが着ていた大きめの服を着ているので、少しダボっとしているが、動くのには問題はなさそう。
まだ、太陽が高い位置にある為、少女が目覚めるまで手持ち無沙汰だった。あおいは、他の食料も集めようと試みる。洞窟から離れた位置に行くのは気が引けたため、目の前にある川で魚でもを捕まえる事にした。最初は、木の槍を片手に持って泳ぎ回る魚を狙った。
「えいッ」
「うりゃっ」
狙いを定めて放たれる槍の先は、水以外の物にあたる気配がない。思ったより魚の動きが早かった。普通にやったのでは魚を捕るのは難しそうだ。
「少し工夫しないとダメか…。」
そう言って、一箇所に石を組み上げていった。
深い場所から浅い場所に向かって、細い一本道のような形で石垣を作っていく。その先に足首くらいまでの深さの囲いを作り、そこに魚を追い立てるように動いていく。すると…。
「やったー!ここまで追い詰めればあとは素手でも掴めそうだ。」
魚が2匹、逃げ場のない石の囲いの中に飛び込んだ。浅い水たまりの中を必死で泳ぎまわっている。それを槍で突き刺して捕まえる。お手製の石のナイフで頭を切り落とし、慎重に捌く。生き物の中には内蔵に毒を持つ物が多いと聞いていたので、内蔵などはきれいに洗い落とす。
生き物を捌くなんて今までした事もなかった為、気持ち悪くなりながらも適当に捌く事になる。それなりには出来ていたはず…。
洞窟内で火を使用しても問題ないようにしておいたが、魚を焼いた匂いが内部に充満するだろうと考えて、外で調理(丸焼き)をする事にした。
手際よく焚き火を準備して、細めの木の枝に魚を突き刺す。
焚き火の周りに、それらを突き刺して並べる。暫くすると、周囲には、魚の焼けた香ばしい匂いが漂っていた。
「もう少し焼けば食べられるだろうか。」
魚を2匹とも焼き終え、葉っぱにくるみ、洞窟内に持ち込んだ。
甘い果物と焼き魚で、今晩のご飯は十分だろう…。
寝ている少女の近くに食料を置いて様子を伺ってみる。
「あっ…!」
少女の目がうっすらと開いた…。
瞳の色も澄んだ青色をしていて、引き込まれそうなほど美人だった。
まだ少女は、ボーっとしており、目はうつろ。
「おほん!…よお。…気分はどう?」
「………。」
少女は答えない。
だんだんと意識が戻ってきたのだろうか、自分の体をみたり周囲を見回したりしている。
「えと…、俺の言葉はわかる?」
「君の名前は?何処から来たのかな?」
「………。」
言葉が伝わっていないのか、怯えているのか、何も話そうとしない少女。
仰向けの状態のままで、あおいを見ている。
「とりあえず、飲み物と食べ物あるし、食べるか?」
少女は、鼻をピクンと動かした後、状態を起こそうとする。
「ちょっと待って、手伝うよ。」
そういって少女の背中をささえて、上体を起こしてやる。
「ごく、ごくっ。」
よっぽど喉が渇いていたのか、ペットボトルにかじりつきながら水を飲み込んでいる。ひとしきり水を飲んだ後、怯えた目でゆっくりと言葉を話した。
「おのみ ななはたな」
「えっ…?」
「あくせどなの こだほこく」
少女から発せられた澄んだ声色の言葉は、意味のわからない言葉だった…。
「まいったな…。言葉が通じないのか…。」
とりあえず、身振り手振りで名前だけは伝えようとした。自分に指をさして…。
「あ・お・い。…俺の名前は、あおい。」
ゆっくりとファーストネームを伝える。
「あ…お…い…?」
すると彼女も理解したのか、ゆっくりと言葉を続けた。
「うん。…あおい。」
次に少女を指さして聞く。
「俺は、あおい。…君は?」
少女は、あおいの指を見つめて少し考える。そして…ゆっくりと話す。
「レンヴィーリアヴァルハノティス」
少女は、名前らしきものを言い放ったが、長くて覚えられなかった。
「れん…なんだって!?」
少女は再び、あおいを指さして言う。
「あお…。」
彼女は、自分を指さし。
「レン…。」
そこでニコっと笑った。
「レン…でいいのか?へへっ」
再度確認する。彼女の可愛らしい笑顔に、頬が緩む。それなら覚えやすい。
「あお、うおたぎらお だてるけてくさとうぃしゃたわがたな」
体の包帯を見ながらレンが、何かを話した後、ペコリとお辞儀をした。お辞儀をしてきたので感謝をしているのだと、意味を汲み取って、手を前に出した。
「ああ…気にしなくていい。俺も一人で寂しかったし。怪我した子を見捨てるような、酷い奴にはなれない。」
そう言って笑顔で笑いかけた。
「それより怪我は…、大丈夫?」
彼女の傷を指さして、そう伝える。
レンも傷を抑えながら言葉を話す。
「あちけてられかきおおっつじにちゃとちほな。」
言葉の意味は、あおいには理解できなかったが、辛い事を思い出したのだろうと察した。
「そうだ、レンに聞いておかなければならない事が。」
そう言ってレンの肩に手を乗せる。
「…ん?」
「レンの他にも人はいるの?お父さんか、お母さんか?」
と言って、レンの形をジェスチャーで作って、別の場所にもう一度同じ形を作って見せた
彼女は少し考えた後…、首を横に振った。
「いろち ほむちあひしゃた」
そう言って寂しそうな顔をする。
「わからないか。…じゃあ仕方ない。でも久しぶりに話を聞いてくれる人がいるんだし、すこし愚痴でも聞いてもらおうかな。」
暗い雰囲気になりそうだったので、ここは会話ができなくても、明るい話題をと、伝わらないであろう話をするあおいだった。
3日前まで自分がいた世界の話。先輩や同僚の話、仕事の失敗談や成功談の後に自分の元彼女の話をして、少し泣き。こっちに来てから苦労した話を聞かせた。意味は通じていないが、レンはニコニコ笑いながら、あおいの話を聞いていた。
やっと一人目の出会いです。なんかサバイバル感がでなくて悔しい。