手紙の書き損じはきちんと廃棄しないと後でえらい目に合う場合がある
「アナウンス作戦、いい感じですね!」
「ああ、聞いたのが一人じゃない、っていうのがやっぱり大きいな」
僕とヴィートは屋根の上から、始まりの街の広場に集まったプレイヤーの反応を見ながらこそこそ話し合う。あれからひたすら幻聴の練習をした結果。視界に入った全員に、とはいかないけど……運営を装って、ゲーム内での死の危険性と街の外に出ないよう複数に対して注意を呼びかける、ということはおおむね成功していた。
これを全ての街で行い、掲示板で反応を確認したところ「なんだかヤバそうだ」程度の危機感は全体的に植え付けることができたようで。たぶん、尋ね人スレが既にあった、っていうのも大きかったんだと思う。ちょっとだけでも、それがブレーキになれば。
そして、上級魔族に対しては、僕が出ればいい。死なないし。……うん、理論上は、だけど。ただ、一つ問題と言うかなんというか。僕はちらっと、隣にいるヴィートの方を見やる。
……僕が一人で戦いに出る、って言ったら納得しなさそう……。他のみんなも、そうだろうけど。もうこれからは困ったらちゃんと話してほしい、と言われたのはもちろん覚えてるよ。さすがにあれを忘れるほど薄情ではないけど。言ってもらったのは嬉しかったし。
……でも、言うとするでしょ。じゃあ頑張れ応援してるぜ、とは言われない気がする。僕はこれから先、特にパーティーのみんなは危険な場所に一人も連れていくつもりはなかった。死んでほしくないし。それにきっと、この世界を無くしたくない、という気持ちは共感されないだろうな、という確信もあった。そして、僕は前を行くヴィートの背中を見ながら、決意を固める。
「……それで、これからどうするんだ?」
みんなが集まるいつもの宿の部屋に戻り、僕たちは今後の方針についてあらためて話し合っていた。これから僕は方位磁石片手に上級魔族に片っ端から喧嘩を売りに行く予定、ではある。その前に一人、僕自身を説得しないと始まらないけど。それで、みんなは……街に隠れてて、外に出たら危ないぞ、っていう注意喚起をしてもらう、くらい?うーん、と僕が考え込んでいると、ナズナが優しく尋ねてくる。
「サロナちゃんは、何を悩んでるの?」
「ここからどうしたものかと思いまして……」
「そういえばさ、クリアしたらどうなるんだ?」
「えーっと、一応このログアウト不可が解除される、ということではあるそうです。製作者曰くですが」
「十分ね」
「そりゃあ、クリアするのが一番です……。でもですね、クリアしようとすると、その分危険な場面が増えるんです。それだと意味がないんですよ。……なのでこれからは、街の外がどんなに危険ゾーンかをプレイヤーに説いて回る、というのがベストでしょうね。今外に出るのは、サメ映画の開幕直後に沖でゴムボートに乗りゆらゆら揺れる並の危険度であると。知らしめないといけません。これは重責ですよ、皆さんにしかできません」
「……それで、お前はどうするんだ?なんでその方針なのに、自分はそんな不死みたいなスキル構成にしたんだよ。戦うこと前提だろ」
「そりゃあ、もし敵が街に襲ってきたら迎撃しないといけないですから。その時に私、死にたくありませんし。……でもそれと同じくらい、皆さんには死んでほしくないので、街の外に出ない、ということは絶対守りましょう。他人に呼び掛けるなら、自分がそれを守らないと、誰も耳を貸しませんものね。約束です」
「サロナちゃんも、約束してね」
「ええ、もちろん」
えへへ、と笑ってごまかす。もちろん破ってしまうに決まっていた。約束を守るのは大事だ。でも、今の僕にはそれ以上に大事なことがあった。
「うーん、思いつかん」
僕は眠いので自室で着替えをしてくる、と言い残して、久しぶりに一人になり。机に向かって自分がいなくなる理由を考えた。やはり職場が安全だからそっちに戻る、というのでいいか。そして、面と向かって言うと、きっとバレる。何となくそんな予感がする。
今は正直時間が惜しいので、分かるまで話し合う、というのはできたら避けたい……。さすがに今の話の流れで即いなくなるとまでは疑われてないようだったけど、次いつ一人になるかわかんないしね。それと、磁石のせいで襲撃される可能性が今この瞬間もあるし。
なので手紙を残して、勝手に出た、ということにしよう。僕は机に備え付けてあった鉛筆でメモ用紙にさらさらと書き残す。安全な場所である職場に戻ります……と。あとは、どうしよう。勝手に街の外に出ないように、と。さらさら。……でもこれさっきも言ったな。いかん、これではフリみたいだ。絶対出るなよ!絶対だぞ!みたいな。ボツ。
僕はくしゃくしゃっとメモ用紙を丸めてゴミ箱に放り込み、次を執筆する。……体に気をつけてください。いやいや違う。ボツ。約束破って、相談せずに黙って行ってすみません。そう書くくらいなら一言言えよ。ボツ。……お元気で。……たぶん、こういう別れ方をしたらもう一度会える可能性の方が低いだろうけど……手紙の時点で次会う気全くなしみたいなそういうのはアカンだろう。ボツ。皆さんと知り合えて本当に楽しかったです。ずっと忘れません。ありがとうございました。ボツ。理由は同上。
そうして、そろそろ誰かが呼びに来るのではないか、と思うくらいに時間が経ち。1つのことに気づいた。……そういえば、僕って一度も嘘ついてたこと、謝ってないよね。本当は、ちゃんと面と向かって、というのが当然だろう。でも、結局最後まで言わずに、っていうのは、……。せめて。
そして、何度も書き直し。結局一言だけしか書けなかった、その手紙を机の上に置き、廊下をこちらに近づく足跡を聞きながら、僕は窓から外に飛び出す。職場に戻る、と書いたその紙の端に小さく書いた、一言だけの謝罪文。「ごめんなさい」とだけしか、結局書けなかったけど。もし、全部が終わってちゃんと謝る機会が持てたなら。今度こそ、全部話そうと、走りながらそう僕は何度も呟く。……そんな機会が来るわけなんてない、と分かっていながら。
「こんにちはー」
「あの……え、なんで私の所に来たんですか……?いえ、仲間と別れた経緯は見えますから、理解できますけど。あなた、置いていかれる側の気持ちっていうの、そろそろ理解した方が……」
「後半はもう何も言う資格ありませんけど、前半部分。……だって、私の跡継ぎに来ませんか、って以前誘ってくれたじゃないですか」
「え?あれって……魔王軍、クビになったらって話じゃ……?まさかあなた、もう……?」
「いえ、近い将来そうなるんです。……あの方位磁石をばらまいたことを少しでも悪いと思っているなら、これから私の方位磁石になっていただきたく、お願いに上がりました。あと、できれば泊めてください。宿に泊まると足がつきそうなので……どうか、この世界を救うために、協力してください」
と言って、僕は頭を下げる。と、すぐに頭が上がり、きょろきょろと左右を見渡す。え、誰?誰がクビになるの?という疑問の雰囲気を、ふわっと感じた。
「……えぇー……いきなり来て泊めろ?まあ弟子入りするなら住み込みさせるつもりでしたけど……せめて明日からとか……あと、世界って……」
僕の来訪をあまり歓迎していない、という気持ちを隠そうともせず、魔法都市の予言者は、帰って欲しそうに出口をちらちら見る。なんて正直者なんだ。でも、今回はこの子の力が必要だった。いろんな意味で。
だんだんと、この人は手錠をかけられてもしょうがないな、と思い始めた
すみません、明日お休みです!書くのに時間がかかるではなく、用事の方でm(__)m今回のお休み以降は多分最後まで休みません。たぶん……




