年貢とは納め時があるもの
戦闘開始から既にいくらか時間は経過したが、今のところあまり戦況は良くなかった。どうも向こうにダメージがあんまり通ってない。
まず開幕一番、誰よりも早く竜に走り寄り、大きく振りかぶられた戦士のおじさんの斧は見事に直撃し、ビキッ!という音を立てて相手の肌にちょっと傷をつけた。戦士のおじさんはその後に斧を抱えてショックを受けた顔をし、いったん後ろに下がってしまったので、きっと欠けたりしちゃったんだと思う。どんだけ硬いんだよ。
今も前衛の皆さんがガキンガキンと斬りつけるたびに金属音が鳴ってるところを見ると、あんまり物理攻撃は良くないような……。見てる感じひっかき傷みたいなのしかできてないし。竜は大きな足音を立てながら二本足でどしんどしんと走り回り、その巨体による体当たりや蹴りで壁際まで吹っ飛ぶプレイヤー達。後ろから絶え間なく聞こえるヒーラー達の声の焦りが、対処が間に合っていないことを知らせていた。何とか、しないと。
少しでも、機動力が削げれば……。僕は杖から持ち替えた、海鳥をじっと見た。『この子、私の主武器と同格です』というフードの言葉が耳に蘇る。……さすがに僕が使ったら同格では絶対ないだろうけど。……一度だけなら呪いのローブが障壁を張ってくれるはずだし、試す価値はある。
でも、どうする……?認識阻害さえかかれば相手から見えないので思いっきり無防備なところに攻撃できるけど。まず僕より向こうの方が素早いし。
まあ当てるまでは何とかなるにしても……、攻撃が当たった後、向こうは正気に戻るな。あの硬そうなごつごつした足で蹴り飛ばされたりしたら、障壁とか関係なく、ティウンティウンしてしまう気がする。そう考えていると、呪いのローブがぎゅっと僕の首のあたりを絞めた。……いいから信じろ、と言われた気がした。
とりあえず、僕は前衛の一人として戦っているギャレスの後ろに行き、こちらに呼び戻した。
「何だよ、今いいところなんだ。こいつはやりがいがある」
「あの、ちょっと手伝ってもらえませんか……?」
皆に攻撃を待ってもらい(ヴィートに丸投げで説得を任せた)、僕とギャレスは認識阻害で相手から見えないようになったあと、ギャレスが僕を抱えて、歩き回る竜の後ろをついて走っていく。そして、うろうろしながらプレイヤーを追いかける竜が立ち止まった瞬間ギャレスが僕を至近距離で下ろし。僕が大剣を力いっぱい相手のすね(?)に水平に叩きつけると、ぐしゃっ、という初めて感じる手ごたえがあった。今までは綺麗になんでも切れたけど、さすがにそうはいかなかったか。
見ると、相手の岩のような皮膚に大剣の刀身のほとんどがめり込んで、そこから色んな方向に向かって大きなひびが入ってる。……やった!そのままこちらに気づいた相手の攻撃が来る前に、ギャレスは僕を小脇に抱え、ひたすらダッシュし一目散に退却した。どうだ、これが三位一体の力よ。
「なんかお前、小型犬みたいな運ばれ方してんな」
みんなの集まる安全地帯について下ろされた僕を見て、ヴィートはありがたい一言をくれたが、それに構っている暇はなかった。
振り返ると、相手は足をやられたせいかちょっと動きがぎこちなくなってて。そして再び、同じ戦法で逆も攻撃したがなぜか一度目ほどダメージが出ず、撤退の際、相手の追撃の方が先に来る。ギャレスの小脇に抱えられたまま固まる僕の目の前で、こちらに振り抜きかけた竜の足が、ドドメ色に薄く光る障壁に遮られ。その隙に僕たちは離脱に成功する。離脱しながらオオォォ、と自慢気に鳴くローブを僕はよしよしと撫でた。
それから先は武器を持ち替え、濃い血の色をした毒の斬撃を飛ばしたりしてみるも、あまりダメージを与えることはできなかった。もう幻覚しかできることない。ナズナが操る火球と稲妻の混合体のような魔法が相手に直撃するのを応援しながら見るくらいしかできず。でも、ユウさんもギャレスも動きが、なんというか本当に滑らか。ヴィートとナズナも魔法は早いし、フォローは素早く、的確。全員が以前とは別人のように見える。速さだけじゃなくて、まるで、お互いの動きが分かっているかのようで。
そんな中、攻撃に集中し過ぎた騎士のプレイヤーが突然隙を突かれ、竜の体当たりで壁まで飛ばされた後、激しく何度も踏みつけられて、……光に変わった。その後も、しばらくして魔法剣士が一人。それを僕はただ、後ろで見るしかできなかった。きゅっと心臓が苦しくなる。
いてもたってもいられず、僕は相手を鑑定してみる。
HP:2612/4520
MP:821/1250
……これは、駄目だ。相手を倒すまでに、もっと死ぬ。僕はヴィートの所に行き、進言する。
「撤退しましょう」
「いや、でもまだ何とかなるんじゃないか」
「……お願いします……立て直しましょう……。死んでほしくないんです……」
「……わかった、わかった、そんな顔して頭を下げるな。お前が与えたダメージが大きいもんな。お前にはそれを言う資格があるよ」
合流したパーティーの残りの人間は、ちょっと不服そうだったけど、自分のパーティーが半分になっている状態でこちらに撤退されたらどうなるか、というのを理解していたのだろう、渋々撤退に同意してくれた。その足で、僕たちはそのパーティーと一緒に、始まりの街へ急いだ。
始まりの街。広場の真ん中にある噴水は、まだ日中の明るい陽射しの中で、いつも通りそこにあり。その近くで、騎士と魔法剣士がパーティーの仲間と合流するのを離れたところから見届けて、僕はいつの間にかぺたんと地面に座り込んでいた。胸に手を当てて、とりあえずはほっとする。
「よかったぁ……」
「……どういうことか、説明してくれるよな?いろいろ、聞きたいことがあるんだ」
僕が見上げると、みんなは真剣な顔をして周りを囲み、こちらを覗きこんでいた。……オオォォ、と着たままのローブが怯えたように鳴き、僕はそれをよしよしと撫でて現実逃避をする。これが、年貢の納め時ってやつなのかなぁ。確かに、みんなにはもっと早く伝えておくべきことだった気がする。……少なくとも死んだ場合の、可能性について。




