監督は舞台から早めに下りる
「あの、異世界って……」
「私がどこから来たというのはどうでも良いでしょう。それで質問は終わりですかな?」
「あの、異世界って……」
「私がどこから来たというのはどうでも良いでしょう。それで質問は終わりですかな?」
「……もう!」
なんか早くも根負けしてしまった。こいつ依頼を断られた時のドラクエの王様か何か?まばたきくらいしろ!
「……というか、昏睡とかしてるならすぐ止めるべきなんじゃないですか?テストプレイとか言ってる暇ないでしょう。逮捕とか怖くないんですかね」
「まだゲームの外では昏睡は3日程度しか続いていないので、大したことではありません」
「え、だってあれもう……あ、そっか。そうでしたね。時間速度10倍でしたね。よく考えたらそれも技術的にあり得なさそうですけど。それってひょっとして魔法ですか?」
「魔法……?もっと現実的な話をしていただきたいですな。もうそんな年齢でもないでしょうに」
「もう何なんですか!さっきから!あと、3日間起きないって十分異常!ですからね!あなたの故郷では当たり前だったのかもしれませんけど!それがどこか知りませんけど!」
「……来客の時間ですので、そろそろこれで」
僕が一人で両手を振り回し、ソファをぽふぽふ叩いてエキサイトしていたら、副町長はゆっくりとソファから立ち上がり、帰るように促してきた。結局最後まで煙に巻かれたままだった気がする。……何なの?
「……次はもっと追及させてもらいますからね」
と僕が立ち上がり、腰に手をあてて相手を見据えて宣言すると、副町長は残念そうな顔をして、首を振った。
「次があるかどうか……確かにあなたの言う通り、私の立場はあまりよろしくない状態なのでね。拘束される前にそろそろお暇を頂かなくてはいけません。こんなに早く、こんな形で脱落者が出るとは、予想外でした、残念です。……個人的には、あなたの最期をしっかりと見届けられないこともね。引き続き画面越しに見てはいますが」
「……最期、ですか?」
「ログアウトするための解析が終わるまで、逃げ切れますか?あとは私からのゴール設定として、クリアしてもこの強制ログインの状態が解除されるようにはしてありますけれど、あなたには意味がありませんしね。……そしてもし死んだ場合、あなたはこの世界の結果の影響を、非常に受けやすそうです。私見ですがね」
「……異世界から来たなら、捕まるなんて現実的なことも、気にしなかったらいいのに。それこそ、魔法、とか」
「この世界に魔法はありません、少なくとも私は今は使えませんな。それを残念とは思ったことはありませんが。…………それでは、さようなら」
そう言って僕の方を感情の読めない大きな目で覗き込んだ後、副町長はこちらに背を向けて、窓の傍に歩いていき、彼が作ったというこの世界の街並みを何も言わず眺め始めた。話しかけようとして、その後ろ姿に「これ以上話をするつもりはない」という意思を感じた僕は、とぼとぼと部屋を後にする。……結局、扉を閉める最後の瞬間まで、副町長はこちらを振り向かなかった。
「はあ……」
歩きながら僕はため息をつく。分からないことだらけ。あの副町長がゲームを作った人間だってのは何となくさっきの話で伝わってきたけど。それで、なんだっけ。人格のコピーがどうとか。まぁ、それはいい。できるのか知らないけど。ただ、あの人の動機が分からない。
精神の研究したいから人格のコピーする←まあわかる
集めるだけじゃつまらないから動かして見てみたい←よくわかる
だからゲーム作って人格をAIに乗せる←方法は分からないがまあわかる
それを敵やNPCにしてプレイヤーにいっぱい退治させるンゴ!←わからない
あれ、でも僕もパワプロで微妙なオリジナルキャラでチームを作ってコンピュータと試合させたりって良くするな……?わかる、のか……?観戦モードとかも超する。勝ち負けより、実際にどう動くかが見たいっていう時も、多い。うーん……あと、作成者らしき人にもあっさりと死の予言を貰った気がする。……うん、これは忘れよう。あいつ、虚言癖。僕の中でそう決まった。
……そうして考え事をしながら歩いていると、いつの間にかみんなで泊まっている宿に着いていた。二階への階段を上がるトントントン、という自分の足音が空洞の中に響いているように聞こえて。なんだか現実味がないまま僕は部屋の扉を開いた。……すると、部屋の中のみんなが驚いたような目でこちらを見ている。……なんだろ?え、僕、まさかもう死んでる?
「お前、その格好……?」
「……!!!」
僕は自分の服を見下ろすと、丈の短いナース服がひらひらしているのが見え、そのまま頭を下に向けていると被っていたキャップがぽとっと床に落ちた。……服装、忘れてた。衝撃で手に持ったままのカルテがパサリと落ちる。
「ねえサロナちゃん、ちょっとそのままこっちに来てくれない?大丈夫、何もしないから」
なんだか今まで聞いたことのないくらい優しい声でナズナが笑顔のまま、自分の座ってるベッドの方に手招きをする。僕にはそれが死神がおいでおいでをしているようにしか見えなかった。「……逃げ切れますか?」という副町長の声がどこからか聞こえた気がする。……え、これのこと?絶対違うよね。
「すみません、間違えました」
と僕は言って素早くドアを閉め、呪いのローブ(ブローチ付き)を羽織りながら扉に背を向けて走り出した。階段を3段飛ばしで走り下りる僕の背後で、扉がバタン!と大きく開いた音が聞こえる。僕は振り向かずに階段を降りた後そのまま外に向かって飛び出し、全速力でその場を離れ、何度も細い路地の角を曲がった。だんだん後ろから聞こえる声が遠ざかる。
「待って!何もしないから!信じて!」
「とりあえずまたどこか行ったら困るから早めに追いつい……あいつやたら素早くなってないか!?おい!」
とりあえず手近な塀をよじ登り、屋根の上を隠れて走りながら僕は自分の胸に誓った。……絶対に逃げ切ってやる。




