スパイ、当たり屋から脅迫者へと順調に階段を登る
翌日。久しぶりに全員で狩りに行こうということになり、僕はみんなに連れられて、来たことのない街を訪れた。魔法都市から北に街道を上がったところにある小さな町。なんと僕が不在の間に、みんなは4つの街を新しく訪れ、3体の上級魔族を討伐したらしい。ちなみに全体では既に15体以上魔族が撃破されてるらしいから、そろそろやばいんじゃないだろうか。この場合のやばい、とはもちろん上位陣が出てくる、ということを指す。
「この近くでは、機械みたいな魔物が特によく出る」
「機械ですか……」
なんでまた精神なさそうな奴なんだ。だが、今の僕はかつてとは違う。直接攻撃を身につけたのだから。うんうん、と激しくうなずく僕に対してすまなさそうな顔をするヴィート。
「だからお前の出番はあまりないかもしれないな。……もしお前の催眠術が効かなかったら、他のところに行こう」
「その必要はありません」
自信満々に言い放つ僕に対して、みんなは互いの顔を見合って頷いた。……これは期待されている!まかせろー。
街の周りの原っぱをしばらく歩いていると、ガシャン、ガシャン、とこちらに向かって歩いてくるロボっぽい3体の魔物に相対した。おっ、いるじゃーん。手に剣と盾持って、背中のあたりからボウガンっぽいのがのぞいている。そいつらと、30メートルくらいの距離を開けて、僕らは睨みあった。
「あいつら防御がやたら硬くてな。それなのに素早くて、結構面倒な相手だ」
さすがにラストダンジョンの魔物より硬いってことはないだろう。でも一応認識阻害からかけてみよう。……あれ、普通にかかった。ロボの一体に、ホームランを打たれた後にマウンド上でがっくりうなだれるピッチャーの真似をさせたり、剣をバットに見立ててがに股で素振りさせたりというのを試してみた後に、僕はみんなの方へ報告する。
「普通にかかるみたいです」
「お、おう。それは見て分かったけど。そんなに万能だったか?お前の催眠術……」
サロナだったらきっと3体同時にかけられただろう。まだなかなか複数にかけられないのが玉に瑕。たぶん僕の慣れの問題なんだろうけど……。あと確かに洗脳の域に入ってきた気がする。UFO先輩ありがとう。
その後みんなの戦いを見ていると、全員が特殊効果のあるっぽい武器を使っていた。ユウさんの大剣とか攻撃するとき光ってるし。なんだあれ。ギャレスですら怪しげな手甲を使っている。相手を普通に殴ってぶっ壊してるので、相手が硬いっていうのが胡散臭く見えるけどそうじゃなく、たぶんみんな相当強くなってそう。ちなみに割り込むタイミングが計れず、僕の直接攻撃は日の目を見ずに終わった。
「あの、皆さんの武器ってなんだか前と違ってません?」
「ああ、これはね……あの、海辺の街のクエストあったでしょう……?あの報酬で強化した……あ」
「そういえば私報酬、もらってません!」
……ちょうどよかった、殴り込みのいいついでだ。忘れ物を取りに行こうじゃないか。
海辺の街に着いた後、おそらくみんなに聞かれたくない話にもなるので、「副町長に一対一で話をつけに行くのでみんなは先に帰って欲しい」と言っておいた。ヴィートが何も聞かず、みんなを引っ張って帰ってくれたけど、以心伝心ってやつかな。いいね!……さて。
「たのもう!」
僕はバーン!と扉を開けて、エプロン姿のまま、副町長の部屋に飛び込む(一応部下っぽい人にアポは取った)。副町長は僕の顔を見て心底嫌そうな顔をした。なんだ失礼な。
「どうしてそんなに嫌そうな顔をするんですか?私、傷つきます」
「あなたのせいで、私に悪評が立っているのですよ。副町長は女性を部屋に呼んでは衣服を売れと要求する、と。その餌食になりそうだったのがあなただと!事実無根も甚だしい!!」
「そうなんですか……かわいそう……」
「他人事のような反応をしていますが、完全にあなたのせいです!なので、もうしばらく話したくありませんな。帰っていただきたい。あのクエストの報酬ならギルドで貰えるはずです」
「そんなぁ……運営の方に聞きたいことがいろいろあるんですけど……」
「その格好でここに来ること自体がまた新たな悪評を呼びかねないんです。なんですかそのひらひらのエプロンは……。まるで私がそういう服装で来るようにと要求してるように見えるではないですか。……?……なぜ、あなたはそんなに嬉しそうなんです……?」
……つまり、今の話を総合すると。僕がここにそういう系の服装で来れば来るほど。こいつの人望は下がるってことだよね。しかも怪しい服装であればあるほどいい。その結果、もうそれはやめてくれとなったらその代わりにと話が聞けるし。そうでなくてもこいつの人望は下がっちゃう。僕からまっとうなプレイヤー生活を奪ったことへのささやかな嫌がらせも兼ねて。いかん、思わぬ機会に、思わず満面の笑みになってしまった。僕はとりあえず手を上げて、今日の撤退を宣言する。
「今日は帰ります!また明日も来ますね!」
「今の話を聞いてなかったんですか!?もう取り次がないよう、部下にも言っておきますよ!」
「じゃあ庁舎の総合受付の前で毎日いろんな服装で並びます。副町長が呼んでくれるまで待ちます、って」
「……そんなことができるなら、やってみなさい」
副町長はベルを押して、部下を呼び、お客様がお帰りだ、と告げた。
たくさんの客で混雑している中お行儀よく受付に並んでいる僕に、話を聞くから止めてくれ、と副町長が頼みに来たのは次の日の午後だった。ちなみにその時の僕の服装は手始めにとナース服(なぜか街に普通に売っていた)だった。カルテを持ったその格好のまま副町長の部屋に連れていかれる僕を見る周りの観衆の視線は、確かに気の毒な犠牲者を見る目だったと、そう思う。やったぜ。ただ、何となくこれは引き分けのような気がする。
あと、出かけるのをヴィートに悲壮な顔で止められたけど、なんだろう。「あいつに脅されてるのか?」と何度も聞かれた。完全に逆だね、僕、脅してる方。違うから大丈夫、と首を振って笑いながら伝えたら、なんだかとても複雑そうな顔をされた。そういうお年頃なのかな。




