誰かが止めないと温度差は広がる一方
ずっと、最後に見たあいつの姿が頭から離れない。崩れる洞窟の中、笑顔で手を振るあいつ。最後に何を考えて、笑ったんだろう。ヴィートはそう、今日も思う。
「おい、もう夜だ、帰るぞ」
というヴィートの声にナズナはのろのろ顔を上げて、広場の噴水のふちから腰を上げた。……今日も、彼女は、始まりの街に、帰ってこなかった。
歩きながらヴィートは思い出す。あの日のことを。
洞窟から転送された後、すぐにヴィート達は採掘現場へと急いだ。崩れてしまった通路をみんなで何とか開通させたあと。時間が経っていたにもかかわらずまだその場は毒が濃く漂っていて、誰も最初は入れないくらいだった。……ようやく入れたその場所、討伐隊が魔物と戦っていたその場所には誰もいなくて、……ただ崩れた洞窟の残骸と、浜辺だけが静かにそこに広がっていた。落ちてきた岩が何度も衝突したのか、最後に見た時よりもっとボロボロになった転送の台座を見て、ナズナとユウはずっと泣いていた。
街の人間の話を総合すると、あの日の朝、サロナはどうやら毒消しをそれはもう大量に買っていったらしい。50個近く買ったからよく覚えている、と店の人間が言っていた。店内を、クッキーを両手に抱えて長時間うろうろしていたという話も同時に聞いたが、最後にはギリギリ毒消しを選べたようだ。そして、クッキーを5袋。パーティーの人数と同じ数なのは、偶然だろうか。食べものへの未練を断ち切れなかったであろうその妥協の跡が、なんだか、らしいと、そう思う。
そして、その毒消しをサロナは1つも自分に使わなかったという。きっと、これでも数が足りないと思っていたんだろう。だから、毒消しを購入後、副町長のところに行って援助を求めたが、それも断られて。……その時、自分の服を売るように要求されて、売ろうとしたという話もあるんだが、これは正直ナズナには怖くて言っていない。聞いた後、どういう行動に出るかが分かる故に。
そこまで思い出して、ヴィートは後悔で胸が締め付けられるのを感じた。あの時、集合場所に現れたサロナはエプロン姿で、普段の服を着ていなかった。結局、売ったんだろう。……誰にか、がなぜか無性に気になった。……その後、望まないであろうエプロン姿でいるあいつに対して、自分は何と言ったか。TPOをわきまえろ、とかそういうことを言った気がする。それを聞いて申し訳なさそうにうつむくあいつは、結局最後まで、一言も文句を言わなかった。
そして、あの時。最後に、脱出方法があるとサロナはそう言っていたが、そんなものがあるとは到底思えなかった。なら、始まりの街に戻っているはずだと、ヴィートたちは一目散に最初の街の広場へ急いだ。……しかしそこにはサロナはいなくて。きっと死に戻りしているならここで待っていると思ったが、メッセージでも連絡をとってみようと。脱出してどこかで無事でいるなら、返事が来るはずだとそう考えたから。……しかし、何度送っても。
「メッセージの送信に失敗しました」
という言葉が返ってくるだけだった。そのメッセージには、聞き覚えがあった。……ゲームで死んだプレイヤーが現実でも死んだんじゃないか、という話をサロナがしていた時に、出てきたはずだ。もういないプレイヤーに対する、メッセージとして。
……あの戦いで、討伐隊の死亡者は6名。そのうち5名は始まりの街に帰ってきたが、残りの1名は、同じく死に戻りせず帰ってきていない、らしい。その1名に対してメッセージを送っても、同じように送信に失敗したと、そう返ってくるだけだという。……あのゲームと現実の死のリンクの話も、なぜもっと真面目に聞いてやれなかったのかとヴィートは悔やんだ。サロナは興奮気味に話していたが、あれは不安の裏返しではなかったのか。
結局、サロナを見かけたら教えてほしいと各自それぞれで知り合い全員に頼んだ。皆は、おおむね快く協力を約束してくれ、特に一緒に行った討伐隊のメンバーは、ぜひ協力させてくれと熱心に答えてくれた。あの場所にいた人間は、彼女が自分以外を少しでもフォローしようとひたすら走り回っていたことを、よく知っていたから。最初はエプロン姿の格好を見て、戦闘を舐めているのではと思われていたようだが、その後その評価は一変していた。そこまで狙ってやったなら大したものだと思うが、あいつはきっと何も考えていなかったんだろうなと、ヴィートは何となく確信できた。
ヴィートとナズナが宿に着くと、部屋の隅に体育座りしているユウと、中央でひたすら型稽古をしているギャレスが、二人を迎える。ギャレスはどうも、最後に麻痺してサロナに台車で回収されたとき、サロナがいったんギャレスの体を持ち上げようとしても無理でサロナがドーピングしなおしたことを、気にしているらしかった。自分が動けないせいで誰かに余計な負担をかけた、というのは彼にとって強さを揺るがす一大事件だったようで、それからは、一人で魔物をひたすら狩りに行っては帰ってきてもこうやって稽古に励んでいる。一方でユウはずっとこんな感じで落ち込んでいる。
こういうのは、駄目だ、とヴィートは思った。何とかしないといけない。
「おい、ちょっといいか!」
と呼びかけると、一応みんな顔だけはヴィートの方へ向けてくれた。
「あいつのことが気にかかるのは、わかる。俺だってそうだ。でもこのままじゃいけないと思う。あいつが『合流する』って言ってたのを信じてやるべきなんじゃないか?それまで俺達は俺達でちゃんとやっていかないと、あいつもがっかりするだろう」
「そんなにすぐ切り替えられません!もう少し私が強かったらああならなかったのかもしれないのに……あんなに無理させることなかった、のに」
ナズナが言った、それはみんなの心境を代弁したものだった。ただ、このままここで待っていて好転するとはヴィートには思えなかった。
「お前はあいつが帰ってこないと思うか?」
「帰ってくるに決まってるじゃないですか!」
「帰ってきて、俺たちがそれまでずっと何もせず待ってた、って聞いたら、あいつはどう思うだろうな。気にするんじゃないか?もし帰ってくると本気で思ってるなら、向こうに気遣わせないような形でちゃんと迎えてやろうぜ」
今度は勝手にどこかに行かないように首輪か手錠でも嵌めとけと、冗談半分でヴィートは口にした。……きっとその場にいる全員とも、思っていることは同じだった。
もうこんなことが二度と起きないよう、今よりも強くなりたい。あの子に無理をさせなくてもいいような、力が欲しいと。
(クッキーが5袋だったのは)偶然です。




