表情が読めない相手、二人
「まあそんな気にしなくていいんじゃない?所詮は噂だし」
とお姉さんに慰められる。そういえば、名前、まだ聞いてないな。
「あの、すみません、遅れましたがお名前を伺っても……?」
「……さっきから思ってたんだけど……意外に普通に話せるのよね……。噂って怖いわー。あ、申し遅れました。アレットとお呼びください。申し訳ありません、幹部の方に失礼な口をお利きしてしまって……」
「あ、さっきまでの感じで結構です。でももう少しいろいろ教えてください」
「……あ、そう?それなら……何話そっか?」
「なんでこの食堂は他人に害を与えられないようになってるんですか?」
「ああ、それはねー……ここがご飯を食べる場所、って理解しかしてない幹部の方が何人もいて、従業員をおやつ代わりに食べちゃうってことがよくあったから、らしいわよ……」
アレットさんが遠い目をしながら教えてくれる。……おい、問題児、いっぱいおるやんけ。そいつらをまず出向させんかい。僕の思考が伝わったのか、僕の足のばたばたがまた再び激しくなった。
「あ、なるほど、安全地帯ってそういうことね。でもあなた、幹部だったら自分の部屋があるんじゃないの?確か中堅なら真ん中くらいのところにあったはず……」
納得したような顔で、アレットさんが続ける。部屋……僕が助けを求めるような顔をして相手を見ると、彼女は理解したようだったが、理解したくない、という表情をした。
「え、まさか自分の部屋、分かんないの?嘘でしょ……?ああ、そういえば迷子だったね、あなた。……やっぱりそういうところは評判通りなのか。でもあれでしょ、大好きなアルテア様の隣じゃない、さすがに忘れちゃ駄目でしょそういうの」
「あれ、アルテアさんって№7ですよね。なんで中堅の場所に?」
「えー、知らないけどさ。あなたのこと可愛がってたらしいから、それでじゃない?でも、上位の方にあなたの部屋を持って来ず、自分が中堅に移るあたりがあの方らしいよねー」
「アルテアさんを知ってるんですか?」
「知ってるわよー、当然でしょ。しっかりしてるし、みんなに慕われてるし、私も尊敬してる。でも最近仕事が多すぎて、お疲れみたい……ここにもいつ来るか……」
「そうですか……」
しょぼん、と僕の目線が下がるのが分かった。ちなみに僕の部屋の場所は知っているけど、アレットさんにはその区画に入る権限がないとかで、案内はしてもらえないらしい。残念。
朝、開店してからしばらく他のスタッフと一緒に食堂内を走り回る。と、電子音がどこかから聞こえた。これは……。
僕の予想通り、UFO人間がピロピロ言いながら入店し、椅子に座る。……うわー、すごいシュール。でもアレットさん情報によるといい人(?)らしいので、気にせず行こう。とりあえず水を運ぶと、UFO人間はこちらを見て、ピカピカと円盤の窓部分を光らせた。……なるほど、まったくわからん。でもたぶん、ご苦労、みたいな意味かな。
その後メニューを真剣に眺めるUFOの傍で、僕はお盆を持って待機する。偉い人らしいし。……しばらくして注文が決まったらしく、こちらを見てピロピロ、と言うUFO。日本語でおk。……んー?でも、なんとなく……ぼやぼやっと何かが伝わってきてる気がする。でも抽象的過ぎてようわからん。そうして僕が迷ってると勝手に僕の口が結論を喋った。
「日替わりモーニングAセット……ですか?」
ピカピカ、と光ったので、たぶん、そうだ、と言っている。気がする。そのまま厨房へ走る僕の胸に、新たな疑問が芽生えるのを感じた。……どうやって、食べるんだろう。
「日替わりAお願いします!」
「お前、アーディティテクトリ様の言ってること、分かるのか?……凄えな」
長いよ名前。言いにくい。とりあえず僕の中ではUFOさんと呼ぼう。あと今まではどうやって注文を読み取ってたんだ。
結局、その日はアルテアさんは、来なかった。
次の日。やっぱり朝に来たUFOさんの係になった僕は、昨日と同じようにメニューを渡し、傍で待機する。……メニューが決まったのだろう、こちらを見て、ピロピロ、と言うUFOさん。音が一種類しかないからそこから判別はできそうにない。でも何か言いたいことのイメージは……伝わってくるんだけど……何これ……。今日は洋風じゃなく、和風の何か……?
「あ、卵かけごはんセットですね!!」
また勝手に話す口に先を越される。ピカピカ、と光る相手がそれを正解だと認めている、ような気がする。注文を伝えに行く際、僕の右手が誇らしげにガッツポーズをしているのが見えて……なんだかクイズの早押しに負けたような気がして悔しい。これも精神系のスキルの範囲なのかな?でもさすが、オリジナルのサロナの方が上手いこと読み取れる、らしい。くそう。
その日の、客足が一段落した後の午後2時過ぎに、思わぬ来客が現れた。フードを被った正体不明の誰かが入口をくぐって現れ、普通に歩いてテーブルにつく。以前一度だけ、広場の噴水で話したあいつ。それを見た瞬間、トカゲの給仕長がすっ飛んでいってテーブルで何かを話し、その後、僕の方へ歩いてきた。なになに?
「ご指名だ。……頼むから、くれぐれも、くれぐれも!失礼のないように頼むぞ!!……ほんと、頼むぞ!!」
肩に手を置かれて何度も念を押されるとフリみたいに聞こえるけど、たぶんそうじゃないよね。「私に任せてください!」と勝手に上がる右手とともに自信たっぷりに向かう僕に、給仕長はなぜかはらはらしたような視線を送るだけだった。
「いらっしゃいませ!メニューをどうぞ」
フードの前に来ると、なぜか勝手に姿勢が良くなる。フードはメニューを受け取った後、僕に話しかけてきた。
「ちょっと座ってお話しませんか?」
その台詞、なんだか最近も聞いた気がする。
「すみません、ここ、そういうお店ではないので……」
接客中のウェイトレスにそんな口を利くとは常識のない奴だぜ。僕が失礼のないよう笑顔で優しくお断りすると、後ろから気配を感じた。振り返ると、給仕長が向こうの方から必死にブロックサインを送ってきているのがちらっと眼に入る。……?す・わ・れ。はい。
「すみません、来るのが遅くなりました。まさかここで働いているとは、思わなかったもので」
「いえいえ、お久しぶりです。それで、今日はどういったご用件でしょう」
こういうのは早めに終わらせるに限る。ということで座った僕はいきなり本題に入った。夕方から忙しくなるしね。……すると、座っているフードの後方に給仕長がさささ、と移動し、両手でカンペを出してくる。んん?
『お前 今日もう仕事しなくていい ゆっくり話せ』
……ええー。
座っていると、フードがじーっと僕の方を覗きこんできた。相変わらずフードの内部は暗くて何も見えない。室内なんだから脱いだらいいのに。その後、独り言のように相手が呟く。
「前よりも違和感がなくなってきてますね」
「何となく、言われていることの意味は、わかります。……以前よりは」
「アーディティテクトリがあなたのことを褒めていました。彼はあなたと同じく精神感応系の能力者ですから、話せば益もあるでしょう」
「ありがとうございます。それを教えに、来てくださったんですか?」
「それもあります。あなたはちゃんと私の部下でもある、みたいですし。部下が強くなるのであればそれを助けるくらいはします」
……お、なんだかいい流れじゃない?さすがに今のままだと、みんなにいつか付いていけなくなるだろうし。……ごめん、見栄張った。もう結構付いていけてないです。見てるだけはそろそろお腹いっぱい。
「……私、もっと強くなりたいんです。……例えば、上級職になったりというのは、できないんでしょうか?破壊工作員とか、どうでしょう。名前的にはすぐに壁に当たって自爆しそうですけど」
「魔族には上級職というものがないんです。なので、強くなるためには単純にレベルを上げるか、それ以外の方法を探すしかありません。城の中を回ってみては?」
破壊工作員はスルーされた。でも、フードのはいい提案だ。不可能だという点に目をつぶれば、だけど。
「あの……実はちょっとこの城の中が危なすぎて、食堂から出られないんですけど……」
フードはそれを聞いて、ちょっと首をかしげる。
「……よっぽどでないと、上級魔族は襲われないと思いますよ?これまでもずっとそうだったでしょう?……ああ、そのあたりが分からないんですね。あなたには」
城の者には通達しておきますからご自由にどうぞ、と言い残してフードは去っていった。帰り際に給仕長に何かを伝え、それを直立不動で聞く給仕長。おお、僕もさっき立ってるとき、ああなってたんだろうね。……あ、結局あいつ、何しに来たんだろう。メインの目的が他にありそうだったけど、聞くの忘れた。




