永久欠番なら名誉なのに、そこから永久が消えるだけで響きがなんだか怪しい
うーむ。やっぱりゲームでもないと食堂の床に寝るって結構難しいよね。ここもお陰で全然汚れてない。
僕は布団に入り、明かりの消えた広い食堂の天井を見上げながら考える。……ちなみに布団は給仕長がどこからか調達してきてくれた。すごい親切。最初は床にそのままごろん、と寝てたんだけど、床が冷たいし硬くて寝にくそうだったので、給仕長に「段ボールか新聞紙、余ってませんか?」と尋ねたら布団を持ってきてくれたんだよ。あの時のかわいそうな人を見る給仕長の目がなんだか引っかかったけど。爬虫類でも表情ってあるんだね。
テーブルをちょっとどかして、食堂の真ん中に布団を引いて、今日はもうお休み。この食堂、扉がなく直接廊下につながってるから、それがちょっぴり不安。最初は廊下に背を向けて寝てたんだけど、後ろから何かが突然襲い掛かってきそうで怖かったので、入口の方を向いて寝ることにする。一応、安全地帯の中央にいるわけだから、大丈夫だと思うんだけど。
……あ、そういえば、みんなに「生きてるよ」ってメッセージくらい送っておくべきだよね。さすがにあのタイミングでいなくなったら心配かけるってことは僕にもわかるし。時間がなかったから説明不足だったし。僕はとりあえずメニューを開いて、メッセージを作成する。
「私は元気でやっています。2、3日経ったら戻るので、心配しないでください サロナ」
今の状況を詳しく描写するのはやめた。大バサミ持った男から隠れて脱出ルートを探しています、だと他のゲームになってしまう。ジャンルも違うし。とりあえず送信!
「メッセージの送信に失敗しました」
……あれ?その後も何度かチャレンジするも、僕のメニュー画面には、変わらず同じ1行の文章が表示されるだけだった。
ざわざわ、ざわざわ。僕はふと周りが騒がしいのに気づいて目を覚ました。ぱちりと目を開けると、なんだか廊下から何人も人(?)や魔物がこちらを覗いて、何かを話している。僕はとりあえず素早く布団をたたみ、テーブルを元に戻して、入口のお客を迎えた。布団はいったん部屋の端に置いておく。
「いらっしゃいませー。おはようございます!」
……あれ、でも開店時間って何時だっけ?僕が入口の案内板を見たら、そこには9:00~と書いてあった。今は7:00くらいだから、まだ開かないよ。
「すみません、まだお店開く時間ではないので、もう少しお待ちください」
「なんか騒がしいと思って覗いてみたらさ……あんたは一体ここで何をしてるの……?」
……一瞬アルテアさんかな?と思ったらそうではなく、昨日の案内してくれた女性がギャラリーの一人に混じって立っていた。
「昨日はありがとうございました!」
と僕がお辞儀をしながらお礼を言うと、なんだかギャラリーがささっとその人から距離をとったような気がする。気のせいかな。僕の恩人は、腰に手をあててため息をつきながら話し出した。
「いや、私確かに言ったよ。厨房で頑張って来いって。……でもだからって、何も食堂の真ん中に堂々と布団敷いて寝ることないでしょ……廊下から丸見えだから、一瞬目を疑ったわよ。あんた、やる気の表現の仕方、絶対間違ってるわ」
「いえ、これには深い訳がありまして……」
「どんな事情よ!?」
ああ、でも理解できた。変なのが寝てるのが見えたから、みんな寄ってきてたのか。てっきり時間も守れないくらいお腹が減っているとかそういうのかと思ってしまった。僕が笑顔でうんうん、と頷いていると、相手は不審そうな顔でこちらを見てきた。
「何よ、どうしたの?」
「いえ、実は私、周りの皆さんが開店時間もわからないのかなぁって心配してたので、そんな非常識な方々でないことが分かって、ああよかった、と」
「あんた、どの口で常識がとか話してんの!?」
なんだかギャラリーも一様に傷ついたような表情をしている気がする。……これって失礼じゃないかなぁ。そうこうしていると、給仕長がひょっこり観衆の間から顔を出した。
「おっ!もう起きてるな!今日もよろしく頼むわ。まあ、もう少しゆっくりしてていいぞ。……ああ、この子、ありがとな。手が足りてなかったんで、新しいのを紹介してくれて助かったわ」
「えっ……この子、ここの子じゃ……なかったんですか……?」
お姉さんがギギギ、と給仕長の方を見て、恐る恐る尋ねる。
「知らない奴だったぞ。でも助かった」
「……すみません!!」
給仕長に真っ赤になって謝るお姉さんを見て、なんだかとても悪いことをしているような気がした。
「あああー、もう、迷子を勘違いで押し付けるとか……しかもこんなめんどくさそうなのを。私も実は常識がなかったなんて……」
テーブルと飲み物くらいなら使ってよろしい(ただし金はお前の給料から引く)と給仕長からお許しが出たので、とりあえず僕はお姉さんにお礼をするために座ってもらい、飲み物をすすめる。
「あの、ありがとうございました。おかげで無事、安全地帯に辿りつけました」
「こっちこそごめんね、もっとよく聞くべきだったわ。そんな格好してるから、つい間違えちゃって……ん、安全地帯ってなに?」
「ここ、なんでこんなに殺伐としてるんですか?私もっとのんびりしたところを想像してたんですけど……珍しい動物とのふれあい広場みたいな感じの。でもここはどちらかと言えば、フェンスの崩壊した後のジュラシックパークと言った方が……」
「??……まあ、なんとなく言わんとしてることは分かったわ。でも、この辺で危ないのって、……あれでしょ?ハサミのあの方と、チーロ様くらいじゃない?ここなんだかんだで中心部から遠いから、上の目も届きにくいのよね……」
「ハサミは分かりますけど、チーロ様って誰ですか?」
「会ってないなら運がいいわ。ちっちゃな男の子なんだけどね、男女問わず下級魔族で遊ぶのが大好きなんですって。あんまり生きて帰ってきたのがいないから、詳しいことはわかんないけど」
うわぁ……。でもあれは?あのUFO人間はどうなんだろう。この流れで言ったらあいつも相当危険人物っぽい。
「私、頭の代わりに円盤を浮かべた不審者も見ました!」
「こら!あの方は、いい方よ。ここでもよく見るし。言ってることはピロピロ音で全然分かんないけど、たぶん紳士なんだと思う。№12だったかな……でも全然鼻にかけないし。鼻どこかわかんないけど。……そういえば、ここの子じゃないなら、あんた、所属は?今度はちゃんと聞いてあげるから」
UFO、いい人だったのか。ただあの外見に初見で声をかける勇気は僕にはなかった。……とりあえずこの人には、僕の正体をそろそろ教えておこう。僕はちょっと胸をそらして自慢げに名乗る。
「魔王軍の幹部、サロナといいます。№38です」
「ブブー。残念でした。№38は欠番扱いだって、私聞いてるよ」
この場合の欠番って、絶対名誉じゃない方だろ。え、そんな扱い?
「ちょっともう!!なんでですか!!!」
ばーん!と僕の手がテーブルを叩いて憤慨し、文句が勝手に飛び出す。おお、怒ってる。
「あ、でも正確には欠番扱いっていうか……なんだっけ。確かいろいろやらかして地方に飛ばされちゃったって。え、あんた……まさか」
「おかしいじゃないですか!なんでハサミ男とか大量殺人鬼が許されて、私は駄目なんですか!?あんなふうに仲間に手を出すようなのの方がよっぽどいけないと思います!!」
おお、エキサイトし始めた。一理ある。でもサロナ、過去にいったい何やったんだよ。
「え……ほんとに……?いや、その、ごめんね……あの、そう、ほら!あんた、有名よ。その突飛な行動で、いつも敵と味方を惑わせてきた、って聞いてるから!」
「普通に惑わせちゃ駄目なのが混じってますけど……」
素直に僕が感想を述べると、お姉さんは苦笑いで、そうね、と返してくれた。……テーブルの下で僕の足が不満げにばたばた揺れているのは、なかなか止まりそうになかった。




