スパイ、おうちに帰る
出発まで時間が空いたので、昨晩の話を思い出し、僕は自分のスキルを把握すべく、もう一度見直した。久々に見たな、この画面。
(スキル)
認識阻害……相手に幻覚を見せることができる。ステータス表示を改ざんできる。
ボス特性……全状態異常無効。
兎殺し……兎の姿をした魔物に大ダメージを与える。
初手必殺……最初の一撃が必ずクリティカルになる。
曲芸師……高所での機動性が上がる。
地魔法(下級)……「アースウォール」を使用可能。
帰還呪文……魔王城へ戻ることができる。
うーん、スキルはすごくいいんだよね、さすが魔王軍の幹部だけあって。少ないけど。その少ない中でも、僕のステータスで直接攻撃がクリティカルになってもなぁ、正直嬉しくない。……でも兎殺し、お前は許す。
昼過ぎとなり、予定通り討伐隊が出発した。みんなと一緒に僕たちも並んで海辺にあるという採掘現場まで進む。討伐隊は全部で30人ほど。その全員が僕の格好にちらちらと不審気な視線を送ってきていた。何も言ってこないのがかえってすごく気を遣われている気がする……僕はこの空気に耐えられず、とりあえずエプロンをひらひらさせて歩きながら、隣のヴィートに話しかけてみた。
「やっぱりこの格好、不評みたいですね」
「いや、不評っていうか、すげえ似合ってるんだけど、問題はアレかな、TPOってやつかな?……いや、お前って自分でも『店でもないのにウェイトレスの格好で道歩いてたらおかしいですよ』とか言ってなかった?俺はあれを聞いて、ああこいつも常識を身につけつつあるんだ、人って成長するんだ、と感動してたんだ。それで今日だよ。集合場所にエプロン姿で現れたお前の姿を見た時の俺の気持ち、分かる……?」
……なんか悪いことした気になってくる。やっぱりどこかで服、買おうかなぁ……
そうして着いた採掘現場。海辺の洞窟を下り、曲がりくねった狭い通路を抜けた先。そこは洞窟内なのにひらけた空間になっていて、海と砂浜が広がっていた。あ、ウツボがいる。……5メートルくらいある。クラゲは宙にふよふよ浮いてて、そっちも3メートルくらい。動物シリーズ、全体的にでかいよね。
そのまま討伐隊はそれぞれが各自散会し、各々で戦闘態勢を取る。後衛、魔法組の遠距離攻撃がクラゲとウツボに着弾し、それが開戦の合図となった。
しばらくの間前衛に対して、胴体を使って体当たりみたいな攻撃をしていたウツボの口が開き、そこから突如閃光がほとばしった。口からビーム打ってくるとか、怪獣やん。それを受けて2人の前衛が吹き飛ぶ。一方でクラゲはふよふよ浮きながらたまにぽっぽっ、と毒の霧らしきものをまき散らせてる。
ウツボは見てる感じ、攻撃してくる相手を優先的に襲ってる感じかな。クラゲは……意思があるかそもそも不明。しばらく後ろで観察していたけど、クラゲが浮いてるから魔法や飛び道具で攻撃するしかなくなかなか削れていないみたい。このままだとどんどん毒に侵される人が出る一方。あっちを先に倒すべきだろう。
僕はウツボを操ってみようとそろそろと目立たないように認識阻害の範囲内まで動き、集中する。うわ、光線でまた何人か吹き飛んだ。ゴジラと自衛隊みたい。ただその通りだとこっちが負けるので、なんとかしないと。
しばらくして、無事ウツボに認識阻害をかけることができ、光線をうまいことクラゲにぶつけることに成功する。光線はクラゲの真ん中ちょっと右を貫通し、大穴の空いたクラゲがぽとりと浜辺に落ちた。そこに殺到する前衛の皆さん。あれはもう大丈夫かも。
それを見ていると、ふとウツボがじーっとこっちを見ているのに気づいた。とりあえず、呪文を唱えて土壁を出現させたあと、踵を返して全速力で走る。視界の端で後ろを光が走り、何かが破壊される音が聞こえてきたが、今は振り向いている暇はなかった。何か隠れるもの!
ジグザグに走っていると、僕らが入ってきた入り口横にある、副町長が設置したらしいワープの台座がちらりと目に入る。あれって多分めっちゃ頑丈だよね。その後ろに滑り込む。これで駄目だったらもう諦めよう。僕はその台座に背中をつけてしゃがみ、小さくなってしばらくやり過ごす。
ウツボはよっぽどクラゲ撃墜が頭に来たのか、こっちにばっかり光線を吐いてるみたいで、それが台座に轟音とともに何回も命中し、僕の左右に光線の余波が何度も通り過ぎた。……でも、台座は完全に光線を防いでくれているよう。どうだ、これが運営の力よ。
後ろ向きになって隠れたまま見ていると、正面の壁や僕たちが通って来た通路も光線でばしばし破壊されている。あ、通路が崩れた。しばらくして光線が来なくなったので、僕がそーっと台座から顔をのぞかせると、さすがにウツボはこちらを諦め、他の相手に照準を定めているようだった。
それにしてもこれ、壁破壊する光線も防ぐなんてすごい。僕は表側に回って、守ってくれた台座を拝むと、なんだかちょっとひしゃげてへこんでる。……あれ、これ、まさか壊れたとかないよね……?
音がして振り返ると、ウツボは全員から集中攻撃を受けて、だいぶ弱っているようだった。体をくねらせながら苦し紛れに口からビームをひたすら打ってるけど、まったく狙いが定まってなく、広場の天井に光線が何度も当たったりしてる。というか天井が結構もろかったみたいでこのままだと崩れそう。……しばらくして、いくつか天井から岩が落下し、ドボンドボンと水面に水しぶきを上げ始めた。
ウツボも死にかけだけど、クラゲが死んでからも毒の霧をぽっぽっと空中に散布しているせいか、みんなの動きも鈍くなってる。広間内の視界もだいぶけむってきてるし。これ何の効果なんだろう、正直僕全部無効だからなあ、ととりあえず近くの人を鑑定してみると、「状態異常:毒・麻痺(強)」と出た。これは何とか解毒した方がいい気がする。
ウツボが自分に攻撃されたものを優先的に襲うので、僕はドーピングした後、何とかこそこそ走り回って前衛組に毒消しを投与することができた。後衛もすぐ毒状態に戻るので自分たちの解毒も追い付いてなく、じり貧だったみたい。その後で後衛組にも投与しに行く。そこにいたヴィートが信じられないものを見るような顔で、こちらを見てきた。
「なんでお前この毒霧の中、平気なんだよ……」
「私鈍いので、毒も効きにくいみたいです」
「……うわ、一瞬、そうかも、って思った自分を殴りたい」
……ウツボが撃破されたのは、それから15分が経った頃だった。
とりあえず重傷者から街の中心に運ぼう、とまだ元気な何人かがばたばたとこっちに走ってくる。その人たちが台座を作動させようとするも、手を置いても動かない。やばい。
「あれ、これ、動かない……!」
「大変!なんでこんなことになったんでしょうね!」
知らないアピールをしながら僕も手伝い、台座を必死でバンバン叩いていると、いきなり作動する。なんだ、やればできるじゃないか。何人かを転送したあたりで、コツが掴めてきた。横から45度の角度で3回蹴り、その後で台座の後ろ部分を何回か強めにはたくと作動する。OK。
毒の霧がどんどん濃くなってきてみんなあんまり動けないみたいなので、僕一人で、おそらく採掘用だろうその辺にあった台車で人を拾ってきて片っ端から転移させる。もはや台座を叩くのも熟練の域に達してきたね。後半になればなるほど毒状態がひどく、1人に2つ毒消しを使わないといけないくらいになってくる。あのクラゲ、死んでからどんだけ効果続くの、早めに撃墜してよかった。
仲間が比較的軽傷だったので、最後に回す。こういうのは後で贔屓した、と文句をつけられたら嫌だし。……これが複数チーム協力の難しいところかなぁ。
「おい、お前も毒消し……」
「あ、私いらないです」
僕はあれこれ言われないように、持ってた毒消しをせっかくだからと全部みんなに使いきる。持ってないものは、使えないし。……さて。僕は振り返って、天井から岩が落ちる頻度がさっきよりも増えてきている広場をちらりと見た。時間なさそう。
台座を叩かないといけないから、一人は残らないといけない。また毒状態になってるみんなをここに置いておくのは却下。僕が何を考えてるのか伝わったみたいで、ナズナが元気のない声でこちらを静止してくる。
「待って!」
「待ちません。私、別で脱出方法にあてがあるので、気にしないでください。時間はかかるかもしれませんが、合流しますので」
もうすっかり熟練の手つきで僕はみんなを転送する。最後にナズナがこっちを見て何か言っているようだったので、笑顔でひらひら手を振って安心させておいた。
そして、誰もいなくなった広間で。天井が崩れて岩が何個も落ちてくるのを台座のそばで眺めながら、僕は、習得してから唯一、今まで一度も使わなかったスキルを発動させる。……魔王城って、どんなところなんだろう。いきなり魔王軍動物シリーズに鉢合わせだけは、しないことを祈って。
「帰還呪文、発動」
次の瞬間、足元が光って、僕の周りから音と景色がふっと消えた。




