変わった人ほど常識人を名乗りたがる気がする
翌日。朝早く起きて、僕は街に買い物に一人で出かけた。歩きながら昨晩のことを思い出す。この世界が副町長にとって懐かしい場所、ねえ?あいつどれだけファンタジーなところで育ったんだよ。でも単純に海辺育ち、をかっこよく言い換えてみただけかもしれない。そういうお年頃なのかも。
そんなことを考えながら、いろんな店の棚を眺めて、ふらふらしていると、やけに毒消しが売っているのに気づく。あれこれ、イベント用のアイテム的なやつ?そうすると買っておいた方がいいんだろうか。そう思いながらお菓子のコーナーを見ていると、ふと、小さな袋詰めにされたおいしそうなクッキーが置いてあるのが目に入った。今、ちまたで大人気!と小さくポップが貼ってある。この場合のちまたってどこだろう。
……これ、アルテアさんのおやつに買っていこうか。そろそろ来るらしいし。と一瞬思うと、すごい勢いで勝手に手が動いて、棚にある全部を両手で抱え、そのままレジに歩いていく。いやいや、これ多すぎるだろ。口の中パッサパサになっちゃうよ。せめて3袋くらいにしとこう。と思う僕と勝手に動く体の間で攻防が行われ、僕はクッキーを大量に抱えたまま店内を何度も往復することになった。そんな僕を、最初は微笑ましいものを見る目で見てたけど、次第になぜか距離をとる店内の客たち。しばらくすると店内は完全に人がいなくなった。
結局、5袋買う、ということで何とか話(?)はついた。でも結構食堂の手当てが残ってるから……クッキー別にしてもあと2000ゴールドくらいはあるんだよね。毒消し買ってく?毒消しは1個50ゴールドで、10個まとめ買いすると2個ついてくる。あらお安い。……イベントアイテムで10個単位で売っているということは、結構必要なのでは?うーん……え、このまとめ買い制度、今だけ?普段はもっと毒消しは高い?今は半額?ふーん……
店を出て気がつくと、僕は2000ゴールドと引き換えに48個の毒消しを手に入れていた。どうも心の中に怒っている気配を感じる。クッキーは5袋なのに、毒消しはなぜ沢山買ったんだずるい、という感じの雰囲気。……いや、だって、10個で2個お得なんだよ。40個買ったら8個お得。10000個買ったら2000個得だ。買えば買うほど得。余ったら値崩れする前に誰かに売りつけたらいいし。そう、これは必要な出費。
しかし相手は算数ができないのか納得できないらしく、お前おかしいぞと言わんばかりに僕の足が何度も大きく地団駄を踏む。それを見て向こうから歩いてくる通行人がさりげなく僕を大きく迂回するようなルートを取るのが見えた。……今日、なんか街の人に避けられてない……?
結局仲直りの印として、残った小銭でアイスを買ったらその機嫌も直ったみたい。ちょろい。近くのベンチに座ってアイスを食べていると、足がなんだかぷらぷら揺れる。完全にご機嫌。代わりに財布は空っぽ。……空っぽ?……あ、宿代……
そのまま僕はバーン!と扉を開けて副町長の部屋に飛び込む(一応部下っぽい人にアポは取った)。知り合いの中で一番お金持ってそうだったから、ほいほい貸してくれそうという理由だけでここまで来た。あと一番借りても罪悪感がない。
「副町長、私をこの役割に無理やりあてはめたことを運営として少しでも申し訳ないと思っているのなら、誠意を見せてください」
「いきなり訪ねてきてなんですかな。見た目と裏腹に言い分がまるでヤクザのようですが、誠意とは具体的に何ですか?もっとわかりやすく言ってもらいたい」
誠意とは言葉ではなくて金額。まるで契約更改の時みたいなことを僕は思い浮かべるが、なんだかこの場面ではただの脅迫である。正直に白状してみる。
「いえ、その……宿代が出せないので、お金が欲しいなあと」
「私が出す理由がありませんな」
正論だった。
「……はい……」
副町長はベルを押して、部下を呼び、お客様がお帰りだ、と告げた。最後に副町長は僕にアドバイスをくれる。
「いらない装備を売ってみるという選択肢もありますよ?考えてみてください」
まったくもってそうだな。僕はおずおずと副町長に尋ねる。
「あの、私の装備、買ってもらえませんか……?」
「店で売りなさい!」
僕の隣で「こいつ密室でそんな話してたのかよ」という目で部下が副町長を見ていた。すまん。でもなぜか胸がすっきり。やったぜ。
結局、ローブを売って、僕はウェイトレスの制服に身を包むことになった。意外にこの制服、ローブと防御力大差ない。毒消しやクッキーを売れば良かったというのは理解できるけど、買ったものをすぐ売るというのはなんだか負けた気がするからすごく抵抗があったし。でもこの制服着るのは全く抵抗なくなってた。うーん、常識人だった僕が染められていくような気がして、なんだかヤバい。
なんだか中途半端になったので、夜は普段通りもう1つ上げます。




