きっと、色々似ている二人
「はぁ……」
昨日の食堂でなぜか今日もウェイトレスをしながら僕は静かにため息をついた。午後は狩りに行く予定だったはずなんだけど、僕はまたもお留守番である。みんなの後ろから着いて行こうとしたら、ナズナに「ごめん、ヴィートさんにちょっと話があるから、サロナちゃんは待ってて」と言われてしまった。
あの後、予言者がおかしくなったのが僕のせいじゃないかという、みんな(約一名を除く)の当然の疑問をかわすのに一生懸命頑張ったけど、払しょくするまでには至らなかったような気がする。……今日の留守番も、だからかなぁ。こんな時に一人で何もせずにいたらマイナスに考えすぎて死んでしまうので、今日もバイト。体を動かしていると少しだけ今のピンチな状況を忘れることができた。
……いや、忘れたらまずいな、解決するわけじゃないし。あの予言者の口をどうやってふさぐかを真剣に考えよう。やはり、館が全焼したりするともう僕の正体どころではなくなるのではないだろうか。僕は館の壁の材質が燃えやすかったかどうかを思い出そうとしたが、正直暗くて何も覚えてない。うーむ、手詰まり。給仕をしながら思案するもいい考えが浮かばないので、ついテーブルを必要以上に何回も拭いてしまう。
お昼を過ぎて客足がひと段落した15時過ぎ、カランカラン、と扉についているベルが鳴り、新たな来客を店員に知らせた。
「いらっしゃいませ、何名様でしょう……か……」
と僕が駆け寄ると、そこに立っていたのは銀髪銀目の女の子で通称予言者、今の僕の悩みの元凶だった。……こやつ、ここまで追って来たのか。あんなに怖がってたのに追いかけてきたところを見ると、何らかの準備をしてきたと考えるのが自然だろう。でもそんなものなくても、僕は自慢じゃないけど一対一で直接戦ったらそこらの小学生にも負けるぞ。それを証明してやろうか。
身構える僕を見て、相手は目を丸くして驚いたような顔を見せた。
「あ、ほんとに働いてる……半信半疑だったけど」
「……あの?」
「とりあえず一名で」
そして予言者は僕が案内する前から端っこのテーブルにすたすたと歩いて行って、椅子に腰を下ろす。そのままじっと僕の方を見てきた。……すごくやりづらい。僕はお盆で顔を隠してちらちら相手の方をうかがう。これで僕の表情がよく見えまい。弱点はこのままだと向こうの表情もこっちからは見えにくい、というところ。
「すいませーん!注文いいですかー?」
他の客の呼び声に僕はその完全防御態勢を解き、注文を取りに走った。忙しそうに走り回る店員のお姉さんがちらりとこちらを見た気がしたから。正直仕事どころじゃなかったけど、それより、そのプレッシャーに耐えられなかった。
「あのー、そろそろ帰ってもらえません?もう食事が終わってからずいぶん経つように見えますけど。当店はお席二時間制とさせていただいておりますので」
「そんなルール聞いたことないので、立ちません。あ、この本日のアイス三種盛りと、ホットコーヒー1つ」
くそう、がっつり居座る気だ。しかもこの子、一人飯平気な奴だった。ちょっと親近感がわく。僕も焼肉食べ放題に一人で行けるレベルの一人行動好きだから、きっと出会い方が別なら話が合ったかもしれない。今回の出会い方は最悪だったしね。でもそれとこれとは別だ。精神衛生上よろしくないのだ、下がりたまえ。
「あの、デザートもお済みのようですし、そろそろ……」
「帰りません。あ、このマカロニグラタンください」
……結局、その日の営業が終わるまで、予言者はその席を立たなかった。そして今日も、普段よりずっと多かったらしい来客のせいで、夕方に食材が切れて店は閉めることとなり、僕は最後の一人の客となったその子のところに退店を要求しに行く。あの後この子はさらにガーリックトーストを注文した。どんだけ食うんだよ。おやつと夕食全部この店で済ませやがった、こいつ。……僕はまだ何も食べてないのに、と思うと目の前の女の子の方をついとても恨めしく見てしまう。でもここまで仕掛けてこないってことは、今日は様子見?
「あの、本日はもうお終いでして……」
「ちょっと座ってお話しません?ウェイトレスさん」
と、自分の座っている席の向かい側を指して、予言者は僕に声をかけてきた。
「すみません、ここ、そういうお店ではないのでお断りさせていただきます」
「……いいの?」
何が、と聞き返すのはやめた。僕はそのまま向かい側にすとん、と座る。
「……いろいろ聞きたいことがあるんですけど。まず、あなた、なんでここで働いてるんですか?」
予言者から出てきた問いは、人はなぜ働くのか。哲学的なテーマだけど、今回は答えは簡単だった。
「え、暇だからです。それにお金がもらえるし」
「……だって、あなた魔族でしょ?こういう人間のやってるお店なんて、燃やすか壊すかの二択しかないでしょうに」
何もやっていない食堂に火をつけるとか、こいつ正気か?こういう台詞は頭が狂っていないとなかなか言えない。ちなみに僕が火をつけようともくろむのは僕を害する機関の所有物のみである。占いの館しかり、鑑定持ちを量産するギルドしかり。しかも言葉には出してないしなぁ。狂人度が桁違いだぜ。
「そんなことよく言うなあ、と引いてますね。ほんと、わかりやすいなぁ」
ふふっ、と相手の子は笑った。あ、この子笑うと年相応っぽく見える。予言してるときは大人っぽく見えたけど。今は普通の10代後半の女の子だ。
「最初見た時は魔族だって分かって、本当にびっくりしました。その時見えたあなたの存在自体は禍々しかったけれど、どうも合わせて見えた過去の行動を思い返してみる限り、あまり積極的に悪いことはしなさそうというか。冷静になって、魔族だからという理由だけで忌避するのもどうかと思って様子を見に来たんです。もし有害ならと、殺す手段も調達してきましたけど、いらなさそうですね」
……それを聞いて僕は思わず姿勢を正す。相手はこちらを見て、別に今は使いません、と笑った。……今は……?
「よくわかりませんが、あなたがこの先どうなるかは勇者よりはだいぶはっきり予想できます。勇者はなんというか、この世界からすると異物なんですけど、あなたはそうではないので。たまにノイズが入りますが、これまでで一番未来が見やすいです。それが、残念でもあるんですけど」
「……つまり?」
「あなた、どういう道を辿っても、半年以内に死にます。…………あれ?あんまり、驚かないんですね」
半年か。つまり現実世界だと18日、既に1日過ぎてたから合計19日。このバイトは一か月だから、そのおよそ2/3を走破する計算になる。この状態でそこまで生き延びられたら十分過ぎるだろう。……死んだプレイヤーの中で、帰ってこないのがいる、というのがちょっと不安材料だけど。
「思ったより持つな、というのが正直なところです。未来の私、GJ。よく頑張ったと褒めてやりたいところです」
あ、でもそんなにもつならもう少し気を抜いてもいいかもしれん。正直ずっとピリピリしててしんどいんだよ、そういうの無理。何も考えず気ままに動いてのんびりしたいなぁ。
「ちなみに死期の最短は明後日なので、気をつけることをお勧めします」
「……はぁ……そうですか……」
もう神も仏もないな。……でも、そもそも魔族は一体何に祈ったらいいんだろう。絶望する僕の顔を見て、相手はくすくすと笑って言った。
「スパイの名を冠する魔族をここで放置する私はきっと人間側としては褒められたものではないんでしょうけど。……相手の精神と波長を合わせるという点でも、私たち似てますし、きっとあなたもいい予言者になれますよ。もし魔王軍を首になったら、私の後に来ませんか?なんて。……相手に警戒心を抱かせないというその1点のみ、あなたはスパイ向きなのかもしれませんね」
仲間が狩りから帰ってくる。僕と一緒に座っている予言者を見てびっくりするみんなに、この子は席を立って、笑いながら言葉を紡いだ。
「先ほどはすみません、体調を崩してしまって。今お詫びにこの方の未来を見に来ていたんです。ちなみに、ここでウェイトレスのまま過ごすのが一番長く、穏やかな余生を送れそうだ、という話をしていました」
マジか。僕の上級職、ウェイトレスなの……?というかウェイトレスのままここにいても半年で死ぬのかよ。どんだけこの世界殺伐としてんの。しかし、その説明のおかげで予言者がおかしくなったのは僕のせいじゃないと、みんなは納得してくれたみたい。ナズナは「そんなの最初から分かってたよ」と言ってくれたけど、なんだかそれを聞いて僕は複雑だった。……ごめん、ほんとは僕のせい。




