メイドさんの頭につけてるあれの名前が覚えられない
狩りが終わってまずはギャレスの武器を買いに行く。冗談で言った魔法のメリケンサックは、なぜか普通に魔法都市の店頭に並んでいて、僕は驚愕を隠し切れなかった。なんだこの街。絶対探したらネイルハンマーもあると思う。肉体言語で戦う魔法使いかぁ、正直決して嫌いじゃない。好き。
買い物が終わった後。大通りにある食堂でテーブルに座り、お昼ご飯を注文する。店内をきょろきょろ見渡していると、なんだかばたばた忙しそうな店員のお姉さんが一人で行ったり来たりしていた。その人がそばを通るたび、ひらひらのエプロンが落ち着きなく揺れているのを僕は何となく眺める。店はそんなに大きくなく、15人くらいでいっぱいになるくらいの広さだけど、それでも一人だと大変そう。店員が行ったり来たりするたび、僕の視線もそれにつれて動く。なぜかすごい気になる。
「サロナちゃん、あの店員さんが気になるの?可愛い制服だもんねー。そういえばサロナちゃんってパジャマも可愛いのだったけど、ああいう服が好きなの?」
ナズナに見ていることを普通に気付かれるくらいにガン見していたらしい。あの服が気になってしょうがないのは、きっと本来のサロナの嗜好なんだろうけど、僕が今女性の姿で正直良かった。見るだけならギリギリ犯罪じゃない。……ない、はず。
そのうち見ていると、店の客の一人が水をこぼして、わたわたと店の奥から店員が布巾を持って出てくる。ホール一人しかいないって無謀な気もするけど……。そう考えていると、自分がいつの間にか立ち上がってそちらへ歩いているのに気がついた。なんだなんだ。正直この体が勝手に動くの、全然慣れないし怖いんだけど。そうして近くまで行くと、僕の口が開く。
「……大変そうなので、私、お店、お手伝いします」
ついに勝手に喋った!いやアカンだろ。部外者が手伝っていいもんじゃないよ。勝手もわかんないし。僕一人なら絶対言わない発言だわ。店の人もそんなこと言われたら困るはずだし。
「ええ、いいんですか!?実は今日、一人急に休んでしまって!でもお客様にそんなことをお願いするわけには……」
いいんですか、って言われた!?……あ、でも、ほら、後半部分で断ってる。いわんこっちゃない。とりあえずこのこぼれてる水だけ拭いて、さっさと退散するが吉だよ。かえって邪魔になるから。そうして僕がしゃがんで店員の手から布巾を受け取り、床を拭く。
「ありがとうございます、助かります!」
店員はそう言って厨房の方へ駆け出す。僕が床を拭き終わり、布巾をもって厨房の方へ行くと、店員はそれを受け取り、代わりに僕に水の入ったコップの複数乗ったお盆を手渡した。なんだこれ。僕はとりあえず自分の目の高さまでお盆を持ち上げるが、どれだけ見方を変えても水は水だった。
「入口すぐのテーブルに、お願いします!」
とりあえず言われるままにお盆を運び、コップを配る。空のお盆が余ってしまったので、それをまた厨房に返しに行くと、次は料理の入った皿を載せられた。あそこのテーブルに運んでください!と言われたので、とりあえず運んでから話そうとテーブルへ向かう。これは、なんか、手伝うことになってる気がするけど、よろしくない。ここも、客に料理を運ばせる食堂とか評判になったら嫌だろうし。僕は厨房にもう一度行ったときに、お盆を返して、お断りの言葉を口にした。
「このままだとここは料理をお客に運ばせる店、という悪評が立っちゃいそうなので……すみません」
「あ、そうかも……ごめんなさい」
うむ。解決。忙しいだろうけど、頑張ってくれ。……と、その時、僕の口が勝手に動いてあるはずのない言葉の続きを紡いだ。
「……だから、その制服余ってたら貸してもらえませんか?」
着替えた後、うきうきで自分の体が走り回るのを感じながら、僕は諦めの境地に達していた。これ、絶対人助けとかじゃなく、この服着たかっただけだろ。僕はひらひらのフリルのついたエプロンとスカートを揺らしながら店の中を動き回った。リアルの知り合いに絶対見せられない姿だと思う。いや、今の姿なら似合ってはいるんだけど。
「次、このパスタをあっちのテーブルに!」
お盆に載せて、僕は走る。たどり着いたテーブルには、さっきまで一緒にいたパーティーのメンバーがそれぞれ違った表情を浮かべて僕の方を見ていた。何となくどんな感情かわかる。
「お前さ、ちょっと厨房の方に歩いて行ったと思ったら店員として出てくるとか、相変わらず意味が分からないんだが……お前の人生、毎日違うことがあって楽しそうだな」←呆れ
「でも、その格好、ぴったりよー。あと、人助けにためらわないのって偉いわ。あなた本当にいい子ねえ」←褒め
「サロナちゃん、もし、もしの話だよ。私がその服買ってプレゼントしたら、ずっと着てくれる?」←?
「腹減った」←飢餓
「どんな格好でも素敵ですが、その服もいっそうよく、お似合いです」←あ、このストーカーまだいたんだ
そういえば手伝いするルートに入ってるけどさ、この後も狩りに行くんじゃなかったっけ?手伝いなんてしてる暇、ないんじゃないかなあ。僕がいないと、ほら、狩りも進まなくない?その、あれだ、……応援とか。
「さっき聞こえてきたけど、人手が足りないのは今日だけなんだろ?お前、今すげえ楽しそうだし、せっかくだから午後はこの店で手伝ってていいぞ。狩りが終わったら迎えに来るから」
そんなぁ……と思う僕の内心とは裏腹に、僕の手はひらひらと了解のサインらしきものを送り、みんなが狩りに向かうのを、店内で一人寂しく見送った。
「いらっしゃいませー」
店の入り口で客に向かって笑顔で歓迎の挨拶をする。と、知った顔だった。
「うわあ、馴染んでるわねー……」
いつの間にか仲間が帰ってくる時間になっていたらしい。今日はめちゃくちゃ人が多く来たと店員のお姉さんも言っていた。特に午後からの冒険者の数は考えられないくらいだったって。よりによってそんな日に店員が休むなんて、この店もついてないよね。まだ夕方なのに、もう食材も切れたから、今日はこれでおしまい。
「サロナちゃん、その格好のまま、私に『ご主人様』って言ってみてくれないかな?うん、大した意味はないんだけど」
「ナズナが変です」
「それはいつもだな」
みんなに賄いを運ぶ。これは店員のお姉さんが好意で取ってくれていたやつなので、僕も食べていいらしい。テーブルに座って、みんなで食べ始めながら、今日の午後の話を聞く。
「今日の午後は、特に収穫はなかったかな。ただ、明日に、この街にいるっていう予言者のところに行こうって話になった」
「……予言者、ですか?」
「まあそういうと大層なんだけどな。相手の現状を分析した後、進む先を予想して、どんなジョブがいいかを勧めてくれるらしいんだ。……それともう一つ。正直に言うぞ。突然だが、俺は今、お前がNPCではないかと疑っている」
人がいないところでそんな話をしていたとはけしからん。まあ、うやむやになるはずがなかったか。
「……唐突、でもないですね、昨日も聞きましたし……ちなみにその心は?」
「お前さ。このゲームの世界に外見が馴染みすぎてるんだよ。全然違和感がない。俺たちは現実の姿そのものだから、やっぱりどこか浮いてるんだけど。でもお前は、実はこの店の店員のキャラだったって聞いても、今も全然おかしくないと思うくらいだ。でも、それがおかしいんだよ」
……ほら、手伝いなんてするもんじゃなかったやん。面倒なことになってるよ。……あれ、でも僕は魔族だっていうのがバレるのはやばいんだけど、別にNPC扱いされるのは……いいんだっけ?




