深夜のテンションで行動するのは危険を伴う
「……戦闘で死んだまま、戻ってこない人がいる?」
店でショッピングを済ませた後、ギルドに出向いて情報収集。そこでプレイヤーと話している中で、ぽろっと出てきた話がやけに僕の耳に引っかかった。
「いや、実はさあ。俺たちのパーティーの戦士が戦闘で死んだんだわ。普通だったら最初の街に死に戻りだろ?だから最初の街の広場で待ってたのに、いつまでたっても現れねえの。いっつも死んだら広場で合流って約束してたから、一人でどこかに行くとは考えづらいんだけどな」
前衛がいなくなると困るわー、と首を振る目の前の男に適当にうんうんとうなずきながら、僕は情報を整理する。……これってまずいんじゃないかなあ。
そういえば、フレンドリストってあったよね。あれで見たらどうなるんだろう。あとはメッセージ送ってみたりとか。どう、この意見?
「いや、フレンドリスト見たんだけど、ログインしてるかどうかの表示、実装されてないみたいなんだ。メッセージも送ったんだけど、何度送っても、届かず」
「……?届かず、ってどういうことですか?」
「『メッセージの送信に失敗しました』って表示が出るだけだった」
……まずい。すごくまずい。現実でも死んだんじゃないのこれ。普通に死に戻りできたパーティーと、彼ら。どこが違ったんだろう、と話を詳しく聞くも、特に変わったことは何もなかったとのことだった。
「死んだことあるならわかるだろ?毎回すげえ痛いの。金貰えるんじゃなかったら、ログアウトできなくなってなかったら、正直あんまりやりたくねえわ、これ」
僕なら部屋に引きこもるな。そしてたぶん、その選択肢を選んでいるプレイヤーって結構いるんじゃないだろうか。ただ、それじゃテストにならないから、その状態を運営側が良しとするとは思えないけど。
「非常に参考になりました、ありがとうございました」
「おー、また何でも聞いてくれ」
その後、宿で集まったみんなの前で、僕はデスゲーム疑惑第二弾を主張した。これって間違いないよ。第一弾の時と違って証拠があるんだよ。僕は手を振り上げて熱弁するも、聴衆の反応は冷ややかだった。おそらく地動説を初めて聞いた中世の学者も同じ表情を浮かべたのだろう。世界はいつだってこうだ。
「いや、そいつが現実で死んだって証拠はどこにもねーだろ……」
あきれたような顔でヴィートが感想を述べる。くそう、これだから保守派は。
「サロナ、あなた、疲れてるのよ」
ぐぬぬ。いかん、どうも風向きが良くない。
「きっと、私たちを気遣って、遠回しな表現をしてくれてるんでしょう」
というかストーカー、お前、まだいたのか。お前にフォローされるとかえって信ぴょう性が薄れちゃう……でも、わかった。こうなったら、ちょっと方向を修正しようではないか。もうデスゲームかどうかは、とりあえず、いい。ただ、その危険性があるなら、みんなにはゲーム内で死なないように行動してもらいたい。
「あの、つまりさっきの話はですね。できるだけ全員これから一度も死なないようにしたいんです。仲間が痛い思いをするのってやっぱりいい気分はしないので」
「お前の言い方、すっげえ分かりにくい。でも言いたいことはわかった。ただ、それを徹底するなら俺たち全員だぞ、お前も含めてな。だから、体調が悪かったら申告しろ。それが条件だ」
やだかっこいい……ぜひ僕も現実に帰ったらパクらせてもらおう。そして体調が悪くなったりしない僕にとって、その条件はないのと同じだった。やったぜ。
夜、しばらくみんなでわいわいと話をした後、男女で別れて部屋に戻り、日付が変わる前に明日に備えて寝る。明日は周辺の魔物と戦ってレベル上げをしよう、という話になって。だから夜更かしせず早めの就寝、のはずだったんだけど。正直ちょっと辛い。最近、夜の方がなんか元気になるんだよね。飛び跳ねたくなるくらい。代わりに真昼間がちょっと眠い。
ちらっと横を見ると、ナズナとユウさんがすーすーと寝息をたててお休みになっている。ここで飛び跳ねると、鈍器で撲殺されても文句は言えない気がしたので、僕はまたこっそり部屋を出て、館内の探検に行くことにした。……なんか最近よく深夜徘徊している気がする。
なんでも一階の受付で聞いたところによると、同じ敷地内に建つ塔の最上階から夜景が見え、それがとてもおすすめなんだって。街に塔がたくさん建ってたけど、あれって展望台だったの?でもあんまり乱立してると、景観の邪魔にならないのかなあ。
そう思いながら塔の階段を登り、最上階に上がる。ただ、最上階と言っても5階くらいの高さだったので、そんなに高くない。最上階の大きな窓の前に立つと、真っ暗な夜の中、周りに建ついくつもの尖った高い塔と。それぞれの塔の無数の窓から漏れる黄色い明かりが夜の闇の中に浮かび上がる、幻想的な風景がそこには広がっていた。眼下を眺めると、僕らが泊まっている宿が斜め下に見える。宿が2階建てだから3階分、こっちが高いことになるね。
そうしてしばらくぼーっと真っ暗な中で夜景を見ていたけど、ふと窓の外の屋根に普通に出られそうなのに気づいた。あれ、これ、行っちゃう?窓越しじゃなくて、生の夜景を拝みに。……言い訳をさせてもらえれば、この時は深夜の冒険気分でテンションが上がっていたんだと思う。この言い訳、前もどこかでした気がするけど。
そうして夜のテンションに従い、僕は窓を開け放つ。その瞬間、涼しい夜風が僕の方に吹き抜けてきて、現実より長い自分の髪が後ろに流されるのを感じた。……夜の風の匂いって、なんだか独特だよね。その風が止むと、僕は恐る恐る屋根に足を踏み出して外に自分の体を躍らせる。屋根はあんまり角度がないから足を踏み外さない限りは落ちないと思うんだけど……
そしてゆっくり歩いて屋根の端まで来、そのまま周りの塔の尖った黒い影とそこに浮かぶ窓の明かりを、屋根に体育座りしてぼんやりと眺め。目の前の現実感のない風景に、なんだかずいぶん遠くまで来ちゃったな、というしみじみした気分に浸る。一か月前の僕はこんなところに自分がいるなんて、想像してなかったしね。
……そのまましばらくして、ふと、上を見上げると、黄色く大きな月が出ているのに気づいた。ファンタジー。今まで気にしなかったけど、ここ、月が通常の3倍くらいは大きい。さっきは窓から見たら死角になってて見えなかったのかな。
僕が空を見上げていると、なんだか理由はないけど、その大きな月に手が届きそうな気がした。立ち上がり、手を伸ばそうとしてそこでやめる。届かなかった、ということをはっきりさせたくなかったから。届きそうな気がした、で止めておこう。僕今マジポエマー。今の行動と内心を誰かに見られていたら一生そいつの奴隷決定だわ。まあ、いるはずないけど……
そうして何気なく振り向いた先、窓のところにはいるはずのないヴィートがいた。こっちを見て真面目な顔で何かを考えている。……僕にとってそれは、脅迫して何をさせるかを思案している表情に見えて、ただただ恐ろしかった。




