『深淵を覗き込む時、深淵を覗いているのだ』←うろ覚え
思わず立ち上がって広場を見回したが、既にフードはどこにも見当たらず。なんだかさっきまで静かだったせいか、周囲のざわざわ、という声がいやに耳についた。……あれ、でもなんだか周りの人って僕を見ながらひそひそざわざわしてるような気がする。なんだろう。僕は自分の格好を見下ろす。
……もこもこパジャマに裸足だった。あれ、そういえば靴はいた記憶ないな。その格好で、人が集まる広場に一人で立っている女性。急にざわざわが全て僕を責めている声のように聞こえてくると同時に、顔が赤くなるのが分かった。見回すとほんとにみんなこっち見てる。すごい一体感を感じる。風……なんだろう吹いてきてる確実に。逆風だけど。
そこから宿までダッシュ。走ったら足の裏に地面が刺さる感触があって正直痛かったけど、なんだかそんなこと気にしてる場合じゃなかった。僕の世間体と恥ずかしさのリミッターがヤバイ。宿に飛び込み、そのまま受付を駆け抜け、僕の方を見て目を丸くする主人もスルーして、2階に駆け上がる。
……とりあえず、扉の前まで来て、ようやく僕は落ち着いた。ふう、ここまで来たら僕のこれ以上の風評被害は免れるかな。風評被害っていうか、事実そのものに追われてるんだけど。とにかく、あとはこっそり寝床に潜り込んで、外出なんてしてませんよ、という顔をするだけ。
僕が静かにそーっと扉を開けると、そこには満面の笑みをしたナズナが立っていた。「おかえり」という幻聴も聞こえたので思わず部屋に入らず扉を閉める。なんだ幻覚か。もう一度開ける。やっぱりナズナはそこに立っていたので、今度は怖くて閉めた。……でも、入らない訳にはいかないので、また開けた。
「何やってるのよ……」
ユウさんがあきれ顔でこっちを見ていた。というか部屋の中は全員起きていた。もうこの時点で寝ていた作戦は破たんしているが、せめて宿にいたことにしよう。
「すみません、一階を探検していました」
「へえー、そうなんだあ。靴も履かずに?早朝に?一人で黙って?」
なんだろう、笑顔なのに超怖い。
「寝起きに突如沸いてきた知的好奇心が抑えきれなかったもので」
自分でも何を言ってるのかはよくわからなかったけど、これで押し通すしかない。この格好で広場に行ってました、と答えると、なんだかまた正座コースに案内されるような予感があったし。
「こいつが朝お前がいないいないって騒ぐから、みんな心配してたんだぞ。今度からは一声かけろよ。……まあとにかく座れ」
それを聞いて、やっぱり僕は床にぺたんと正座する。
「いや、座るのは普通にベッドか椅子でいいぞ」
ベッドに座るときに「……飼い慣らされてる……」というヴィートの独り言が聞こえたけど、気にしないことにした。
「とりあえず、みんなで話してたんだけどな。出られないのはこっちとしてはどうしようもないわけだし、このままゲームを進めたらどうか、っていう方向になったんだ」
「それがいいと思います」
こういうログアウト不可のデスゲーム、あ、デスゲームではなかったっけ。こういう場合において、何もせずにいるプレイヤーが終盤にどういう目に合うか僕はよく知っていたので即座に賛成した。主にネット小説で。だいたい一掃されちゃうことも多いよね。それは避けたい。
「全然考えずすぐに返事したな……大丈夫か?」
「私の抱える膨大な経験則がそうさせてしまうのです」
「うわー、その自慢げな顔、すげえ腹立つし、何より不安だわ。まあいいけどさ。それで、これからどこに向かうかっていうことなんだが。掲示板で調べたらさ、宗教都市から行けそうなのは2つ。海辺の街と、魔法都市だとさ」
ほほう、掲示板とな。2つの街がどんな所かわからないと判断しようがないので、僕も掲示板を開いてみる。どれどれ。新着一覧を見てみる。
〈なんでも雑談 40〉
〈ゲーム攻略スレ PART19〉
〈裸足にパジャマの女の子がさっき広場を駆け抜けていったんだが〉
〈デスゲーム展開に震えるスレ3〉
〈魔術師スレ 6〉
〈ウサギが倒せない女の子を見守るスレ 27匹目〉
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一覧を最後まで見ずにすぐ閉じた。なんだかまずいものが目に入った気がする。特に裸足の件。さりげなく周りの様子をうかがうと、ヴィートがおそらく僕と同じものを見ているのだろう、こっちをすごくちらちら見てきてる。他も今のままだと時間の問題か。まずい、広場の件がバレてしまう。
「あの!たぶんクラスチェンジが30レベルなら、まだレベルが少し足りませんよね。まず海辺の街に行って、レベルが上がった後にヴィートとナズナのクラスチェンジをしたら、ちょうどいいんじゃないですか?私早く出発したいです!」
今すぐに結論を出さないと危険な気がして、僕は早口で提案してみる。みんなそんなゆっくり検討せずに今すぐ行こうぜ!
それを聞いたギャレスが賛成する。
「今すぐって言うのが気に入った。俺も賛成だ。誰でもいいから早くぶん殴りてえ」
「まったくです!早く行きましょう!」
「え、なんでそう執拗に今すぐ出たがるの……サロナちゃん?」
「私の知的好奇心が」
「「それはもういいから」」
でもなんだかんだでそれ以上行先について話し合う雰囲気ではなくなり、僕の危機はいったんは回避された。あとはヴィートが黙っててくれたらそれでいいんだけど。
とりあえず朝食をとった後に出発しよう、ということになり、みんなで部屋を出た。その際、ヴィートがこっそりこっちに近寄ってきて、ひそひそ声で質問してくる。
「あの広場のやつってお前だよな」
「人違いです」
「いや、だってお前裸足でパジャマだったし、明らかだろ。なんで広場まで行ったんだよ……」
「そんな格好の人いくらでもいるでしょう」
「いや、それで外出する奴ってお前くらいだから。あとお前、スレの中身見てないだろ。緑髪だったって目撃証言書かれてたぞ。この件、皆に言われたら困るだろ、黙っといてやるから事情を説明しろよ」
「それ以上しつこくするならナズナに『ヴィートに、黙っててほしければ俺の言うことを聞けと脅迫されている』と吹き込みます」
「世の中似てるやつはいくらでもいるもんだな」
解決!脅迫していいのは脅迫される覚悟のある者だけだってことだね。相手を見てるっていうことは向こうもこっちを見てる的なあれ、なんだっけ。あれと同じ。……多分何かが違う気もするけど。
分かりにくかったのでタイトル変更しました。
←うろ覚え、がついただけであんまり変わっていませんが……




