夢現
次の日の朝。ふと何かに呼ばれたような気がして目が覚める。みんなよりも早く寝たぶん早く起きたようで、僕が起きた時には自分以外は全員まだ寝ているみたいだった。窓から差し込んでくる明かりもまだうっすらで、薄暗い部屋の中を僕はきょろきょろ見渡す。複数の寝息が聞こえる中でしばらく布団の中で寝返りを打ったが、いったん完全に目が覚めてしまったのでそのままそっと部屋の外に出ることにした。かすかにきしむ扉をゆっくりと開けて、そのまま体をそっと隙間に滑り込ませ、静かに閉じる。
階段を降りて誰もいないホールを抜け、そのまま外に出て立ったままじっとしていると、肌寒い夜明け前の空気の中、次第に外が夜から朝に変わっていくのが分かる気がした。朝って何か空気が澄んでる気がするよね。気のせいかな。……あ、ちょっと寒いと思ったらそういえば僕パジャマのままだった。まあ朝早すぎて誰もいないからいいか。
パジャマで外をうろつくとかダメ人間への道を間違いなく進んでいる気がするけど、せっかくゲームの中なんだから普段できないこともしてみよう、という、後で考えると明らかにやばい発想で僕は街を歩きだす。ほら、なんていうか、早朝に抜け出して一人で散歩って冒険感が半端なかったから、つい。もこもこのパジャマで街を徘徊する女性、どう考えても事案発生。
そうして、広場まで歩いてきて、そのまま真ん中にある噴水のへりに腰かけた。昨日と違って誰もいない広場はずいぶんと広く感じて、僕はそのまましばらく座って街の風景を眺める。だんだんと色が変わっていく空がきれいだなー、と思いながらボーっとしていると、ふと、向こうから誰かが歩いてくるのが目に入った。こんなに早起きとは感心だね。
どれ、同士と挨拶でもかわそうかな、とその人影をよく見たら、そいつは紫色のフード付きのローブを着ている、明らかに怪しい奴だった。僕が向こうを見ている視線に気づいたのか、向こうも僕を見ているのが分かる。あたりはまだ薄暗いとはいえ、フードの中身は真っ暗で全然見えない。交差した視線(?)の中で、お互いが考えてることが同じだということが何となくわかった。
「「なんだか変な人がいる……」」
向こうも立ち止まって首をかしげてこっちを見ているが、僕もこんな変質者から変人扱いされるのは心外だった。二人で一緒に歩いてたら絶対向こうの方が先に職質されると思う。……二人ともされるかな、僕もパジャマだし。そいつはとことこと歩いてきて、そのまま僕の正面に立った。この至近距離でフードの中が真っ暗ってことは、人間じゃないよね。多分魔族だけど、こいつも変。え、まともな魔王軍ってアルテアさん以外いないの……?
「……お化けですか?」
ちょっと小さいと思ったら女の子の声でそいつは話しかけてきた。こいつにそう聞かれるとなんだか納得いかない。自己紹介かな?でもよかった。ちゃんと言葉でコミュニケーションが取れる。それだけで、魔王軍の中で既に暫定コミュランク2位である。……ひどい。
「いえ、違いますけど……あなたは?」
「部下に用事があって来たんですけれど、なんだか呼んでも無視されたみたいで……」
かわいそう。とりあえず座りなよ。僕はぽんぽんと自分の隣を叩いて、ここにどうぞとアピールした。一人だけ立たせとくのもなんだし。フードは素直にすとんと隣に座る。え、すごい聞き分けいい人やん。もうランキング2位の地位は盤石だ。
「その人も呼んでも聞こえなかったのかもしれないですねー。でも、いい朝なのでせめてここでのんびりしていったらいいんじゃないでしょうか」
「そうですね、私もこういう朝は好きです。夜の方がもっと好きですが」
確実に魔族だけど、いちおう鑑定しておこう。……どうだろう?
〈ステータス〉
(鑑定不能)
……あれ?何にも出てこない。アルテアさんでも名前とレベルは出てきたのに。……なんだかまずい気がする。№7より上位って6人しかいないけど、そのどれかを引いてしまったか。ちょっぴり冷や汗が出てきたのは気のせいじゃなさそう。そういえば、僕って何かに呼ばれて出てきたような気がする。
「……あの、部下って誰ですか?」
「この街にいるスパイをやってる子です。外見はあなたにそっくりなんですけれど……あなたはちょっと私の知ってる子と違うようなので」
「へえー……」
「お化けですか?なんだかそういうのがいるって聞いたことがあります。本人そっくりで、見たら死ぬとか」
「違いますけど……」
多分この人の言ってるのって元のサロナだと思うんだけど。きっと、それは、もういない。そうだよね、僕が乗っ取ったようなもんなんだし。なんだか申し訳なくなって、僕が下を向くと、フードはちょっとこちらを覗きこむようなしぐさを見せた。
「……でも、よく見たら、なんでしょう……ちょっと面影があるかもしれません。単に違う、というのも違うような気がします」
「言ってることが、よく、わかりません」
「私もよくわからないので、困りました。どうしましょう」
ふう、とフードはため息をついた。顔が全く見えない状態なのになんとなく困っている雰囲気が出せるのってすごいと思う。そんな中、だんだんと夜が明けてきて、周りが次第に明るくなる。それ以降は何を話していいかわからず、そのまま並んで、夜から朝に変わっていく空を二人で黙って眺めた。誰もいない、音の一切ない広場でそうしてどれくらい時間がたったのか、ふとフードは立ち上がり、言う。
「そろそろ帰らないといけません。またあなたとはお話ししたいので、そのうち城にも来てください」
「……城?」
と聞き返した時には、フードは既に姿を消していた。次の瞬間、周りに雑踏のざわめきが戻ってきて、広場に幾人もの人間が突然現れる。……まるで、さっきまでの僕たち2人以外誰もいなかったこの場所の方が、夢か何かだったように。
すみません、明日(もう今日?)は日付が変わるまで帰ってこれなさそうなので、お休みさせていただきますm(__)m




