スパイ、上司に報告する(2回目)
うーん、でも報告を穏便に済ませるためにはどうすればいいんだろう。今日は早く帰ってください、って言ってもなあ。上司にそんなこと言ったら怒られるし。僕がずっと黙ったまま考え込んでいると、アルテアさんは優しい声で尋ねてきた。
「……ひょっとして、サボってたの?それとも、とうとうウサギ狩りもやめちゃった、とかかしら?」
「いえ、全然そんなことないです!ただ、どれから報告したものかと思いまして」
とりあえず何も考えていないので、先延ばしの言葉を口にする。頑張れ、5秒後の僕。……言ってから気づいたけど、このセリフって前も言い訳に使ったような気がしてきた。あと、ウサギ狩りはさすがに卒業できた。
「あんたが毎回報告の優先順位をどういう風に迷ってるかは知らないけど。とりあえず私はここに勇者の動向を聞きに来てるの。まずそれは覚えてるわよね、さすがにあんたでも。なら最初に報告することって一つしかないでしょ」
完全に忘れていた。そういえばわざわざ来てくれるのって、プレイヤーの動きとかその辺報告するためだったっけ。言われて思い出したけど。僕の内心の考えが表情に出てたのか、こちらを見ていたアルテアさんの眉が吊り上がる。
「ちょっと!なんで、ああ忘れてたけどそうだった、みたいな顔してるわけ!?それすら思い出せないって、逆に何なら覚えてるのよ!え、嘘でしょ……あんた、自分がここに何しに来てるか覚えてるわよね。ねえ、ほら、前回も言ったしね、まさかね。……お願い、覚えてるって言って」
「私、魔王軍のスパイとしてここに来てます!」
「……そう、よかった。覚えててくれてとっても嬉しいわ。なら聞かせてちょうだい」
……なんか、僕に求められてるハードル、めっちゃ低くない?
話すにつれてどんどんぐったりしていく上司にちょっと悪いことをしているような気がしてくる。普段はもう少しテンパってないんだけど、すみません。……でも報告することなんてあったっけ?二つ目の街に行ったくらい?
「なんだか宗教都市っぽいところに、攻略組は進出し始めてるようです」
「……攻略組?」
「あ、いえ、勇者で一番強い集団というかなんというか」
それを聞いてアルテアさんは人差し指を唇に当てて、何かを考える。
「そう……ということは森の封印が解かれたってことね。……やっぱり、アンドレアスじゃなくて、もっと強いのを森に置いておくべきだったんじゃないかしら。私が行こうかと立候補したんだけど、なぜか魔王様に必死で止められたから……」
そりゃそうだ。魔王様って、バックに間違いなく運営がいると思うんだけど、最初の街の近くにラスボス一歩手前の敵をいきなり配置したりはしないよね。止めるのはさぞかし大変だったろう。僕はまだ見ぬ魔王様に深く同情した。
「はあ、あそこからだといろんなところに勇者が散っちゃうから、始末するのが大変じゃない。……まあ、いいわ、まだ動くなって言われてるし。……あと、№33のイェスペルって死んだらしいけど、どうしてか知らない?やっぱり勇者に倒されたの?あいつ、可もなく不可もなくってレベルではあったけど……そこまで勇者ってすぐ強くなるのかしら」
まずい質問が来た。どうしよう。正面から戦ったら倒せないので、地形効果によるハメ技で勝ったというのが正しい。でもなんで大聖堂に入ったのかを説明できないのがなー。
しかし、何か知っている、というのをアルテアさんは感じ取ったのだろう、そのまま促した。
「別にいいから、言ってみなさい。あいつはあんたの次くらいに頭が悪かったから、どんなことがあっても驚かないわ」
確かにあいつは信じがたいほどのアホだった。僕の方が上だというのは納得できないけど。でも、そうか。……これだ。全部あいつの頭のせいにしよう。
「あの、宗教都市に大聖堂ってありますよね。あそこになぜか突っ込んでいって、弱ったところを攻撃されて死にました。たぶんそこが大聖堂って分からなかったんだと思います」
嘘は言ってない。分からなかった理由が幻覚なだけで。
「はあ!?……で、なんであんたはそれを知ってるの?見てた風だけど、止めなかった訳?」
「まさかそんな行動をとると思っていなかったのと、無理に抱きしめられたりした後だったので、今いちそんな気が起きませんでした」
「ああ……そう、そうね。ありそう…………わかったわ、あんたが見てたって話はこの場限りにしてあげる。不可欠な戦力じゃないし、正攻法で倒された訳じゃないってことがわかればそれでいいから」
額に手をあてて、疲れたような様子でアルテアさんはつぶやいた。……そういえば、大聖堂に間違えて特攻したと言われて納得される奴でも出てた集まりに、僕が呼ばれてない件はいったいどういうことなんだろう。聞いてみようか。
「あの、イェスペルに聞いたんですけど、魔王軍って集まって話し合いとか、してるんですよね。私、一度も呼ばれたことがないんですけど……」
それを聞いて、アルテアさんはガタン、と椅子の上で一瞬身じろぎし、外から見ても分かるくらいに動揺した。とりあえず、という感じで声を発する。
「……私が出てるから、いいの。あんたはこっちに集中しておいてくれたら、それで」
うーん。ちょっぴり納得はいかないけど……その不満を読み取ったのだろう、アルテアさんは困ったような顔をして続けた。
「あんたね、前、集まりに一緒に行ったとき、自分で何しでかしたか忘れたの?まだその話出てるんだから。ほとぼりが冷めるまで、しばらくやめときなさい。結局あれが原因で、魔王軍のスパイ派遣の予算も全然貰えなかったんだからね」
……サロナ、何したんだろう。ゲーム開始前の話って、僕知らないんだよね。……あれ、でも、予算?
「じゃあ、ここの宿のお金って、どこから出てるんですか?」
「…………別にどこでもいいじゃない。細かいことを気にする必要ないわ」
目を合わせないようにして答えてくれたけど、これたぶんアルテアさんのポケットマネーだ。すごい申し訳ない。
……せめて、今度何かおいしいものを準備しておこう。もらった分は何かで返さないと。でもまずは、僕は頭を下げてお礼を言った。
「ありがとうございます」
「……何勘違いしてるか知らないけど、お礼を言われる筋合いはないから。一応聞きたいことは聞いたし、今回はもうそろそろ帰るわ」
そう言って急ぎ気味に立ち上がるアルテアさんはちょっとだけ焦っているように見えた。毎回会ってて思うんだけど、魔王軍はともかくアルテアさんはすごくいい人なので、できる限り仲良くしたいと思う。いつまでも、っていうのが無理かもしれないのが、本当に悩みどころだけど。
「今度いつ来てくれますか?おいしいものとか準備しておこうと思うんですけれど、好きなものがあれば教えてください」
「そうね……忙しいからまた一週間くらいは開くかもね。……別にいらないけど、私は甘いもののほうが好きよ」
そんな会話をしてお見送りの準備をしていると、扉の方から物音が聞こえたのでアルテアさんと二人でそちらを見る。すると、僕は着替えに行くと言って部屋を抜けたはずなのに、ノックもせずに扉を開けて、ナズナがそこに真顔で立っていた。
「サロナちゃん、その子、誰……?」
……あ、これ、まずいパターンだ。




