スパイ、スパイを騙る
扉の陰から顔を出して戦いを見守りながら、僕はちょっと安心する。
今回、何も言わなくても、みんなと連携が取れた。僕の思ったことを読み取ってくれたから、みんながここにいる。僕たち、普段は勘違いも多かったけど、ちゃんと意思疎通、できてる。これならこれからも大丈夫なんじゃないかなって。ただ……そのこれからを続けていくためには、この後、言い訳、頑張らないと。
「上級魔族(№33)イェスペルがプレイヤーにより討伐されました」
広間での、戦いという名の一方的な攻撃がひと段落したあと、僕のもとにシステムからメッセージが届いた。今届いたということは、あいつは炭みたいに全身黒焦げになってもしばらく生きていたということになる。ゴキブリ並みの生命力、さすがに中堅といったところか。これで30番台なんだから、それより上位はもっとヤバいってことなんだけど。システムからレベルが16になったという通知も来ていたから、後でステータスも確認する必要がある、が、今はそれよりも。
「サロナちゃん、正座」
「はい」
思わず大聖堂広間の入り口横なのにそのまま地べたにぺたんと正座する。声の響き的に逆らったら僕も黒焦げにされる、という確信があって、そのまま素直に従った。そしてみんなを見上げる。とりあえず、反省してます、という表情をしてごまかしてみよう。まあ、具体的に何を反省しているか聞かれたらちょっと困るけど。
「もう、やめなさい」
おお、ユウさん。いや、ユウ様!許していただけるんですか?ありがとうございます。もっと他の人にも言ってやってください!
「ここじゃ駄目よ、他の人に迷惑がかかるでしょ、宿を見つけてそこでちゃんと話しましょう」
……え、場所の問題?
手頃な宿を見つけて、とりあえず5人が入れる広い部屋にみんなで入る。その道の途中で僕は歩きながら、この後何を聞かれるかを予想し、それに対する答えをできるだけ考えた。まず、イェスペルとの関係。そしてなぜみんなを遠ざけて二人で会っていたのか。致命的なのはその二つかな。
「サロナちゃん」
「はい」
とりあえず正座して、すごい神妙な表情をする。聞かれるのはたぶんイェスペルとの関係から、だと思う。さあ来い。完全捏造ストーリーだけど検証のしようのない話をすでに用意してある。基本構想5分、詳細15分の大作である。
「まずは……なんであんな男に一人でほいほい着いて行ったの?その結果、あんな危ない目にあったんだよ」
話しているナズナの方からギリッという歯ぎしりの音が聞こえた。ちょっと怖すぎて目線がなかなか上げられない。でもおそるおそる間違っている部分を指摘する。
「別にほいほいとは着いて行ってませんけど……」
「私はそもそもその危機感のなさを怒ってるんだけど、伝わってないのかな」
無表情になったナズナは真剣に怖かった。ノコギリとか鉈とか唐突に取り出しそうで、思わず相手の利き手を確認する。僕の頸動脈が危ない。……対応を間違えた。だって、変な男に着いて行っちゃいけませんって注意から入るとは思わないから、つい。
「いや違うだろ、そもそもあいつとはどういう知り合いなんだ?前から知り合いみたいな口ぶりだったけど、あいつ、魔族だったろ」
そうだよ、それ!そういう質問、いつ来るかって待ってた!ありがとうヴィート。常識のある人の何がいいって、展開が読みやすいのがいいよね。そして、嘘をつくときはある程度事実を混ぜろ。昔の偉い人もそう言っている。
「……実は、スパイが関係してまして」
僕が話した内容を簡単にまとめると、こう。僕のスキルが珍しいから人間を裏切ってスパイとして魔王軍側につかないかと以前に誘ってきたのがイェスペルだった。結局僕はその話は断ろうと思っていて、話したら分かってもらえると考えたので話しに行ったら、なんだかよくわからないけどああなった。構想時間合計20分では詳細を詰める時間がなかったけど、向こうの事情を僕が詳しく知ってるのはそもそもおかしいのでこんなくらいでいいんじゃないかな。
「……その話、周りに相談しようとは思わなかったの?」
ユウさんが辛そうな顔をして、もっともな疑問を挟んでくる。まあそう聞くよね。
「うーん、鑑定してみたら強かったし、話し合いで解決できればいいか、と思って言いませんでした」
えへへ、と笑って首を傾げ、ごまかす。イェスペルにすべての罪を押し付けているのがちょっとあれだけど、死人に口なし。人を無断で抱きしめた代金だと思って、成仏してもらおう。
「笑い事じゃないの。ねえ、これからはちゃんとそういうのも一人で抱え込まないで話してほしいの。私たち、仲間でしょう?」
ユウさんの続けた言葉で、僕は今日の一連の出来事の中で一番心にダメージを負った。罪悪感がやばい。本当は嘘ばっかりなんです。ごめんなさい。
僕のそのしょんぼりが表に出ていたのか、少しだけ柔らかい言い方になったナズナが話し出した。優しい声と表情で。
「今日ので、サロナちゃんを一人にしたらいろいろ危ないっていうことがよくわかったから。ちゃんと見張っておかないといけないって思ったんだ」
なんだろう。ユウさんの話の後だからいい話チックに聞こえるけど、よく聞いたら内容ヤバくない?監禁宣言にしか聞こえないんだけど。でもここで反論したらもっとヤバい何かが待っているような気がした。うんうん、と首を上下に振って承諾の意を表示する。
「今日もみんな後ろからついてきてましたもんね、途中で気づきましたけど」
「正直ずっと見てたわ、すまん。あんまり不自然に俺たちを帰したがるもんだから。だから無理やり抱きしめられたところとかも見てたけど、……大丈夫だったか?」
気遣ってくれるヴィートだけど、その話の流れだと大丈夫じゃないって言いにくいよ。思い返して、げんなりした表情になってしまうのを隠し切れず、それでも僕はお礼を言った。
「助けてくれて、ありがとうございました。ちなみに、あの時飛んできたのって、何ですか?」
「相棒だ」
「……相棒……??えーと、とにかく、助かりました。よく途中で攻撃しなかったなっていうのも含めて。たぶん正面からぶつかったら絶対勝てない相手でしたから」
「どっかに行こうとしてただろ。目的地がありそうな感じだったから、何か理由があるんだろうなって。その何かは具体的には分からなかったけど、そこはお前が考えたなら大丈夫だろうと、信用して、様子を見てたんだ。……だからお前も俺たちをもう少し信じてほしい」
もう一度それを聞いて僕は下を向いた。どうしよう。もう、全部言っちゃおうか?……でも、まだ、踏ん切りがつかない。……もう少し。……もう少しだけ、保留。
「それにしても、よく魔族が大聖堂が苦手って分かったよな」
……いい質問だ、ギャレス隊員。よかったマークをあげよう。それは自分で実証しましたとは言えないから……どうしよう、イメージだけで行動したにしては、確信的過ぎるか。もうなんでもイェスペルのせいにしよう。
「あの魔族が、大聖堂の聖なる力が脅威なのでこの街を弱体化させに来たと、言っていたもので」
「なるほどな、魔族本人が言うなら効果があるのは間違いないわな」
はい、そうですよね。なんだか二重の意味に聞こえるけど。そう考えながら僕は笑顔でうんうんと首を振った。今日何回目なんだろう、これ。




