やりすぎたと思うときにはたいてい手遅れ
うーん、どうしよう。とりあえず相手が離れてくれないので、歩きながら僕は作戦を考える。しかし男から逃げる方法を考えてる自分を客観視し、ちょっとむなしくなった。この経験は今後の人生に絶対役立たない気がする。
でも、こいつがいつまでもついてくる可能性が高い以上、何らかの対策は講じる必要があるよね。街中で話しかけられることが増えれば増えるほど、バレる可能性が増えるのは確かだし。できたら話して分かってくれたら一番いいけど。そう考えながら僕はさりげなくこっちに手を伸ばしてくる相手の手をはたく。……うん、やっぱり燃やそう。男女問わず、勝手に体を触られるのはごめんだった。……あ、ナズナは、あれは証拠不十分だから……うん。
ただ、街の中で相手にダメージを与えられない以上、今ここで倒せないんだよね。まあ、街の外で一対一で勝てるのかって言われたら無理なんだけど。街中でダメージを与えられないって言ってたのはギャレスだが、何人もぶん殴って試したって言うからには本当なんだろう。そこで嘘をつく理由がないし。散っていった何人もの犠牲者(?)のためにも、それは本当であると信じてあげたい。しかしならどうするか。うまく丸め込む?自信ないなあ……
「あの、任務に差し支えるので、関わるのやめてもらえません?アルテアさんに言いつけますよ?」
とりあえず権力に物を言わせて、上からっぽく恫喝してみる。だって上司ことアルテアさんは№7だから相当上層部だし。しかもあの人はこういう奴を大嫌いっぽい気がするので、より効果的だと思う。どうだろう。おとなしくひれ伏さないかな。そう言うと、イェスペルは不思議そうな顔をして聞き返してきた。
「……アルテアさん……?って誰だっけ……?」
……駄目だ。なんか、覚えてられないならもう仕方ないなって一瞬納得してしまった。それなら権力ではもはやどうしようもない。うーん。うーーーーん。ストレートで行っちゃう?
「私、しつこい男の人って死ぬほど嫌いなんです」
「……ねえ、サロナって好きな男とかいるの?」
「なぜそういう修学旅行の夜的な話をこのタイミングで唐突にぶっこんで来たのかは理解しかねますが、いませんよ」
「俺なら男として守ってあげられると思うんだけどな。サロナは弱いから心配だよ」
こいつほんとに僕に好かれようと思ってるの?という後半部分だけど、それは否定できない。これでもだいぶ強くはなったんだけど、それでもHP5とかだし。最初が3なことを考えるとほぼ2倍の伸び率だよ。今は転んでもダメージを受けなくなったし。成長成長……ん?
…………あれ、ちょっと待った。僕って、初日に転んだりベッドに頭を打ったりでHPを減らした記憶があるんだけど。つまり、初日に街の中でダメージを受けている。
どういうことだ。……もしかして、街の中でダメージを受けないのはプレイヤー同士だけとか……?そうすると、街中でギャレスに一対一を挑んだ以前の僕の行動は自殺と言っていい、ということに気づき、今更ながら背筋が寒くなる。認識阻害がなければ即死だった。
でも、そもそもダメージを与えられるとしても勝てないんだよね。うーん、と下を見ながら考え込んでいると、いつの間にか立ち止まっていたらしい。自分にかかる影を感じふと顔を上げると、目の前に立っていたイェスペルに突然抱き寄せられた。身長が向こうのほうが頭一つと半分ほど高いため、そのまま見上げる形になる。……こいつ力めっちゃ強くて動けない。身じろぎするも、相手は離してくれる様子はなかった。
「あの、苦しいのでやめてください」
体格差があるので力を込めても全然振り払えなかった。相手の体がとても大きく感じ、僕は自分の体の小ささを再確認させられる。そのまま相手は顔を近づけてきて……おい馬鹿やめろ。
その瞬間、どこからか飛んできた手のひらぐらいの何かがものすごい勢いでイェスペルの顔面にぶつかり、向こうがのけぞった隙に無理やりもがいて脱出する。なんだかわからないけど助かった。一瞬見えた感じだとなんか筒にガラスがついてていびつな形の望遠鏡みたいに見えたけど、なんだあれ。そのまま後ろを振り向くと、ものすごいスピードでちょうど角を曲がる人影が複数ちらりと見えた。
再びイェスペルの方を見ると、額からちょっと流血している。当たった物はけっこう硬かったみたい。ざまあ。そして、……今ので勝てる可能性のある方法が見えた。ただ、それには問題がいくつかあるけど。……背に腹は変えられない、か。そのままイェスペルに向かい合って話す。
「あの、無理やりっていうのは苦手です」
「ごめん、でも素直になれないなら最初はこっちが歩み寄った方がいいのかなって」
「……さっきのって歩み寄るっていうレベルじゃなかったと思うんですけど……」
「恥ずかしがらなくてもいいよ、分かってるから、任せて」
もうこいつと話すの苦痛でしょうがない、けど。僕はそのまま我慢して無理やり会話を続ける。そして、自分でも顔が赤くなっているのを自覚しながら、僕は最後の発言を囁いた。さっそく問題1つ目。演技するのが精神的にダメージでかい。
「あの……実はその、さっきみたいなのはここでは恥ずかしいので、人目につかないところに行きたいです」
そのまま連れ立って、街の中心へ向かって二人で歩く。歩き出す前に後ろをさりげなく確認すると、物陰に隠れて怪しい人影がちらちらついてきているのが見える。さっき、イェスペルと向かい合って話していた時、人影は流血しているこいつを正面から見たはず。きっと、街中でダメージを受けるということは伝わっただろう。そして、さすがにもう鑑定しているのではないだろうか。僕ならする。そして目的地に到着して。
「ここなら人目につかないと思います」
そう言って、イェスペルと、僕の幻覚が一緒に大聖堂の広間に入っていくのを僕は入口で立ち止まって見送った。そこから見ていると、イェスペルは真ん中ぐらいまで歩いた後、「おぴょっ」と不思議な声を発し、盛大に顔中の穴という穴から血を噴き出して膝をついた。よろめいたおかげで横顔が見られるんだけど、アカン、めっちゃグロい。あれだけ燃やしたいと思ってたのに、なんかやりすぎてしまった罪悪感が半端ない。
「ど。どど、どどど、どうしましたか!?」
そして、僕が倒れた時と段違いに慌てて駆け寄る教会職員の人。恐らく礼拝に来る人で入ってきた瞬間に血を噴き出す人ってあまりいないんだろう。……当たり前か。というか今日来る客は倒れるわ血を噴き出すわ、きっとこの大聖堂そのうち一般公開されなくなると思う。
そして後ろから走り寄ってくるパーティーメンバーがそのまま広場に駆け込むのを、僕は扉の横で見送った。みんなは一瞬こっちを見て、頷いた後にイェスペルに向かって襲い掛かる。予想したよりもドン引きするレベルでずっと弱っているイェスペルと、そこに容赦なく攻撃を加えるみんな。どちらが勝つかは、火を見るよりも明らかだった。さらば、イェスペル、安らかに眠れ。……あと、念入りすぎるほどに何度も、倒れて黒焦げになったイェスペルに火球をぶつけるナズナに、ちょっぴり恐怖を覚えたのは内緒だった。




