朱に交われば何でも多少は赤くなる
絶対おかしい。
いつものんびりしている友達が突然大きな声をあげるのを聞いて、ナズナはすぐにそう思う。お願いだから何も聞かずすぐにどこかに行ってほしい、と頭を下げる友達に無理をさせたくなくて、一旦は従って離れるふりをしたけれど、もちろん本当に別れる訳がなかった。どれだけ辛くても周りにそれを見せないように振る舞う彼女だから、その分こちらが注意深く見守って。おかしい部分があれば本人が言い出せなくても気づいてあげられるようになりたい、とそう思う。
「追いますよね、当然」
「当たり前だろ。あれは明らかにおかしい」
……どこにいるんだろう、と探したら、いた。離れた所の物陰で二人で喋っている。ナズナは懐から双眼鏡を取り出して、そのまま観察を続けた。
「なんでお前そんなの持ってるんだよ……」
「双眼鏡、便利ですよ。ちなみに私はサロナちゃんと知りあった翌日に買いに行きました。もうこれは相棒です」
「その補足いる……?あとさ、お前なんでそんなにあいつ好きなの?知り合ってまだそんなに経ってないだろ」
「知り合ったのが数日早かったからって勝ったと思わないでくださいね。問題は密度ですから」
「いや、俺たちパーティーだから密度も何も基本全員一緒にいるじゃん……いつもまともなのにこの話になるとヤバさが激増するよなお前」
なぜこんなに執着してるのか。自分でもよくわからない部分はあるけれど。ギルドで困っていたとき、仲間がもう見つからないと一人で不安に思っていたとき。誰かに助けてほしいとそう強く願ったその瞬間に、助けの手を差しのべてくれた彼女に。自分一人が弱いままで周りが強くなることに不安を覚えていないはずがないのにそんなそぶりも見せず、他人が強くなるのを自分のことのように喜んでくれる彼女に。確かに自分は執着している。もっと彼女のことを知りたいと、そう思う。ナズナはそう考えて、少しだけ心配になった。……私って、変なのかなあ。
ヴィートは遠くの壁際で向かい合って話す二人を見ながら、横目でナズナを確認して考える。こいつも、変な奴だ。このパーティーって、まともな奴がいなくねぇ?と時々不安になる。ユウはたまに抜けてるし、ギャレスはまったく言うことを聞かない。ナズナはこうで、サロナもなあ……たぶんあいつが一番変だ。
そう思いながら遠くにいるサロナと男を眺めると、なんだかいつの間にか追い詰められて壁ドンされている。おお、あいつもそういう展開に巻き込まれることってあるんだな、と感動を覚えた。常にのほほんとしてるからアプローチされても全部スルーしそうなんだけど、あそこまで追い込んだらさすがに対応せざるを得ないだろう。どうなる、と注目していると、横から「バキッ」という異音が聞こえ、思わず首をそちらに向けると、無表情でその光景を眺めているナズナの手元で、双眼鏡が真っ二つに折れているのが見えた。
「おい、相棒が割れてるぞ」
「ちょっとの間黙っててもらえます?」
「はい」
言葉は丁寧なのに、その言葉にこもった殺気の量が怖すぎて素直に頷いてしまった。そして、ヴィートは自分の中でのパーティー内変な奴ランキングをこっそり入れ替える。……こいつが一番、変な奴だ。……しかし、その直後に、
「あんな場面実際に初めて見たわ!え、え、どうしよう?頑張れって応援した方がいいの?」
「あそこまで体重差があると勝つのは難しいかもな……」
後ろで交わされる会話を聞いて、ヴィートはもう順位について考えるのを諦めた。……もう、俺以外の全員が同じくらいの変な奴でいいか。そう思いながら続きを見ていると、サロナが相手の男の足を思いっきり踏んづけてその隙に壁際から脱出しているのが目に入り、ヴィートはさっきの自分の判断が決して間違っていなかったことを、再確認した。
そのままなぜか連れ立って歩いていくサロナと男の二人をこっそり全員でつけていく。さすがに四人でぞろぞろ後ろをついていくのは目立ったのだろう。ナズナが前の二人をずっと変わらない能面のような顔で睨みつけているのも、ユウが二人を眺めて小声でキャーキャー言っているのも手伝ってか、周りの通行人がなんだこいつら、という視線を浴びせてくるのをヴィートは感じた。そして、ある事実に気づいて愕然とする。……間違いなく、俺も含めて俺たちまとめて全員、変だと思われてる。




