恩人に冷たく当たってしまう日
もう大丈夫、と思ったけれどそれでもやっぱりどこかにダメージはあったみたいで。僕は横になったまま、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ふと何かひんやりしたものが当たるのに気がついて薄目を開けると、ナズナが僕の顔に手をあてて、そのままさらさらと指を滑らせて髪の毛をすいたり、毛先をくるくるしているのが見えた。なに遊んでんねん。しばらく様子を見ていたが、やめる様子がないので声をかける。
「起きました。すみませんが、そろそろやめてください」
「!!…………おはよう。よく寝てたよ、何しても起きないんだもん。サロナちゃん髪の毛手触りいいよね。どうしたらこんなにふわふわになるの?」
……さりげなく髪の毛の話題にスライドしようとしてるけど、寝てる間に何したんだろう。え、ちょっとこの子怖い。寝込み襲われる(?)のもよく考えたら二日連続だし。あわわわ。
「え、なんでちょっと引いてるの。ねえ、物理的に距離とるのやめてくれないかな、傷つくから」
確かに、看病してくれてた人に対する態度ではなかった気がする。ずっとそばについててくれたんだろうし。
「ごめんなさい、ちょっと寝起きで混乱していました」
「ならいいけど。もう一時間くらい寝てたよ。そろそろみんな帰ってくると思うんだけどね」
なんかよくわからないけど、もうすぐ帰ってくるらしいから目が覚めて良かった。そのまま上半身だけを起こす。寝起き特有の気だるい感じ。こんな感覚まで再現しなくていいのに。首をかしげていると、ナズナがおずおずと尋ねてきた。
「何か違和感……あったりする?」
なんか、どっちの意味にも聞こえる。体を心配してくれてるのか、……それとも寝てる間にした何かがバレないか探ってるのか。でもそういえば、看病してくれた恩人を疑わないと先ほど誓ったばかりだった。ナズナはそんなことしないよ。
「寝起きで頭がはっきりしないな、ってだけで、他は特に。大丈夫です。ご心配おかけしました」
と答えると、ナズナは安心したように笑った。
「よかったー!すごくよく寝てたから、たぶん大丈夫だとは思ってたんだけど」
……寝てたから……体に異常がなさそう、ってことだよね。うん。
「でも今度からは、起きたらすぐ言ってね。びっくりするから」
……ん?
その後しばらくして、みんなが帰ってきた。どうやらここで僧侶はクラスチェンジができるらしい。レベル30になったら上級職になれるんだって。……ということは、他のみんなもクラスチェンジできる場所がどこかにあるんだろうけど。魔族はそういうの、ないのかなあ。うーん。
とりあえずみんなで大聖堂を出て、これからについて話し合う。……どうしよう?
「とりあえず今日はここに泊まるでしょ?宿を確保して、それから売ってるものを見回った後、外に出て魔物を狩りに行く、ってとこかしら」
おお、結構いろいろやることあるね。宿を出るまでに1日かかった初日の僕にも見習わせたい。そのまま歩いていると、幾人かプレイヤーの姿があることに気づく。ヴィートに疑問を振ると。
「俺が掲示板に投稿しといた。森の奥から次の街に行けるってな。今まで情報でお世話になったし、こういうのはお互い様だしさ」
なるほど、掲示板。そろそろ僕の扱いも変わらないかなあ。自分で見る勇気はもはやないので、ヴィートにそれとなく聞いてみる。
「私はそろそろウサギとセットで語られるのは卒業できそうですか?」
「え、お前見てないの?あー……そのな。多分無理」
「ウサギを倒せない女の子を見守るスレ、っていうのがずっと継続して建ってるくらいだしねえ」
ユウさんが苦笑いで補足してくれる。……道理で、ナンパでも、ギルドでも、「ウサギの子」なんて言われると思った。やっぱり最初にウサギとの戦いを見ていて掲示板に書き込んだあのプレイヤーがすべて悪い。見かけたらSEKKYOU確定だ。でもどんな顔だっけ?と僕が思い出していると、通りの向こうからなんだか爽やか系で女の子をウサギから救った後掲示板に書き込みを行いそうな顔をしたやつが歩いてくるのが見えた。あいつ!あいつだ!噂をすればなんとやらである。
駆け寄って、一応確認のため、笑顔で話しかける。
「こんにちは!私のこと、覚えてますか?」
「ああ、君、あのウサギの!……あの後大丈夫だった?この街まで来れたんだ?凄いね!元気にしてた?」
「天誅!!」
叫びながら拳を引いて半身になりそのまま体重を乗せて渾身のボディーを入れるも、まったく効かない。このひ弱な体が恨めしい。
「え、なに、どうしたの?」
後ろの仲間とおぼしきメンバーが驚いた顔で尋ねてくる。そりゃそうか。いきなり駆け寄ってきて、笑顔で挨拶をした後にボディーブローを放ってくる女の子。控えめに言っても狂人である。
「あの、この方に以前助けてもらったのは大変ありがたいんですが、その後掲示板に書き込みをされたせいで、私の世間(?)での評価がえらいことになってるんです。それで殺意が抑えきれず」
「あー……その件に関しては、悪かった。あんなに広まると、思ってなかったんだ……」
すまなさそうな顔をして、謝られた。……よく考えたら、助けてもらわなかったら、僕はあのままずっとウサギと戦ってたかもしれない。恩人だ。今日は、恩人に対して無礼なことをしてしまう日になってしまった。
「こちらこそ、ごめんなさい。助けてもらったのに、いきなり死ねはなかったです」
「え、死ね……?あはは、ちょっとびっくりしたよ。でもこっちも悪かったし。つい書き込んじゃったところもあるしね」
「ん?……つい……?」
「いや、掲示板で話題になってた子の最新情報を書き込みたくなかったと言えば、嘘になるから。自慢したかったってのもあるしね」
アハハ、と笑う相手を見ながら考える。……やっぱり、こいつは死ぬべきじゃなかろうか。どうしてくれよう。




