現実世界との乖離について
その後も狩りは続いたが、新しく取得したスキル「帰還呪文」のことが気になって、あんまり集中できなかった。そわそわ。解散した後、ダッシュで宿に戻り、もう一度スキルについて見直す。
「帰還呪文……魔王城へ戻ることができる」
魔王城へ戻る。戻るっていうかそもそも行ったことないんだけど。え、これ、使っちゃう?どうしようか。魔王城って多分ラストダンジョンだと思うんだけど。うーん。
……ただ、よく考えたら、魔王城ってどこにあるかわからないから、行ったあと、この街まで帰ってこれない。それに、今の状態で行ったら雑魚敵にも一撃でやられちゃうんじゃないだろうか。まあそれはここでも一緒か。でも、向こうが魔族としてこちらを扱ってくれる保証がないし。なぜなら、あの熊が僕をまったく味方と認識してくれなかったからである。うーん、迷う。……ちょっと保留しちゃう?寝かせておいても別に状況が変わるわけじゃないけど、それでも今すぐに使う勇気はなかった。行って、あの熊みたいなのが50匹いたら死んでしまう。1匹でも死ぬ。
ゴロゴロとベッドを転がりながら、考えるもうまくまとまらない。部屋の中を腕組みをして歩いてみるも、どうもはっきりせず。ふとそのまま部屋の隅にある鏡をのぞきこんだら、「悩み事があります」と言わんばかりの顔をした女の子がこちらを見返していた。……この顔ってほんと思ったことが顔に出るね。
……迷ったときはおいしいものを食べよう、という僕の中でのルールに従って、とりあえず、ログアウトし、食堂へ向かう。最近、ゲームの中でも寝たり食べたりしてるから、正直どっちが現実かわからなくなる時がある。ふと立ち止まり振り向くと、真っ白な廊下に、どこまでも続くたくさんの扉。……初日を思い出せば、こっちが現実。多少、現実味はなくっても。……なんかおかしいな、ふわふわしてる。しっかりしよう。
そして、食堂で食べた大好きだったはずの焼き魚定食は、なんだか少しだけ違和感があった。うーん、十分おいしいんだけどなー。なんだろう、不思議な感じ?ごはんの形をした、別の何かを食べてるような。そんなわけないんだけど。
……いつもより時間をかけて、食べ終わり、再び現実感のない長い廊下を通って、自分の部屋に戻る。ふと椅子に座った後、備え付けの時計を見ると「23:50」という表示がされていた。すげー遅い夕食になった。その割にはあんまりおなか減ってなかったけど。そういえば、今日のお昼って、何食べたっけ?ハンバーグ?いやあれはゲーム内だから、うーん、……あれ?まあいいか。
そしてログインしようとしてメットを手にした瞬間、ふと思い出す。……そうか。初日ログインして、ゲームの最初の日が終わった後に、食堂で食べたオムライス。あれが、昼食だ。……つまり。今日は、まだ、ここに来て初日?……え、マジで?朝早く来て、二時間かけてキャラメイクした後、ゲーム内で4日と半日を過ごして、今に至る。もう結構時間が経った気がするけど、あれが全部一日のことだったという感覚がない。なんだか、おかしくなりそう。
そういえば、ナズナが言っていた。ログインせずにいたら、ゲームの中でどんどん時間が経っていたって。あれを聞いてサボりすぎだと思ったけど、よく考えたら、半日ログインしない間に、ゲーム内では5日間が経過する。そんなズレがあるこの状態で交互に行き来して……あと一月過ごすと、僕たちは一体、どうなるんだろう。なんだかそう思うと、急にこの部屋と手に持ったメットが恐ろしいもののように感じて、僕はあたりを見渡したが、どうもその不安感は迷った後にログインするまで、結局消えなかった。
うーん、なんかおいしいものを食べて気分転換しに行ったはずが、余計不安になった。戻ってきたら夜になってるし。そもそもこの帰還呪文がさあ……とあらためてスキル欄を眺めていると、ふと不思議なことに気づいた。あれ、このスキル、ちょっと表示の色が薄い。え、なに、これ選択できないとかそんな落ちじゃないよね。あんだけ悩ませといて。そして帰還呪文にカーソルを合わせたところ、説明文が出た。
「消費MP:10」
立ったままの姿勢でぼすん、とベッドに倒れこむ。……なんだ、足りないやん。拍子抜け。じゃあ、今考えなくてもいいよね。
別に今考えなくてもよくなったわけじゃないんだけど、とりあえず考えを止める言い訳ができたので放棄する。でも、消費10って、今がMP9だから、次かその次にレベルが上がったら、使用できるね、たぶん。近い将来使える時は来そうなので、とりあえず、暇なときにまた考えよう。
……それにしても頭を使って疲れた。パジャマに着替えて、ベッドにもそもそ潜り込む。……ゲームの中、現実でない中で見る夢には、一体どんな意味があるんだろう。横になってそんなことを考えながら、僕の意識はいつのまにか暗いところに、落ちていった。




