最初に現状確認
視界が暗転した後、周りの風景が一変する。まず目に入ったのはベッド。机といす。日が差し込んでくる大きな窓。……あれ?これ室内?なんとなくがやがやと外が騒がしいので、窓から外をのぞいてみる。どうやらこの部屋は2階にあるみたいで、窓からは通りを見下ろすことができた。剣を下げたり鎧を着こんでいるおっちゃん、魔法使いっぽい杖を持って歩いているお姉さん、筋肉隆々の素手の大男。ゲームを始めたばかりとおぼしき人たちが数十人ほどそれぞれ行きたい方向に向かって歩いているのが見える。ここ、始まりの街っぽいね。この部屋はたぶん広場じゃないけど。……なんで?
まあいいか。ゲームが始まったのは間違いないんだし。場所がちょっとずれたぐらい、些細なこと。僕はあらためて、周りを見回す。今いる部屋は6畳くらいの洋室で、最初に目についたベッドと机、椅子くらいしか部屋の中にはない。あとは隅っこにおいてある洋服箪笥と大きな鏡。部屋の中はきれいだけど、ちょっと埃っぽい。
窓開けた方がいいのかな、僕の部屋かよくわかんないけど。と窓の方に歩き、よろめいて、そこで僕は違和感に気づく。なんか歩きにくい。体が軽すぎる。VR技術って言っても、やっぱりちょっとぎこちないのかね。あとちょっと視点低くない?どうなってんだ。とりあえず現状確認のため、タタタ、と部屋の隅にある鏡の前まで慎重に走っていき、そこに映った姿を見て、僕は無表情になった。鏡の向こうから、癒し系のふわふわな雰囲気の女の子がこちらを無表情で見ている。何これ。とりあえずステータス確認!ステータス応答せよ!
〈ステータス〉
名前:サロナ(№38)
種族:魔族
レベル:1
ジョブ:スパイ(魔王軍)
攻撃力:2
防御力:2
すばやさ:4
魔力:3
運:1
HP:3
MP:4
(スキル)
認識阻害……相手に幻覚を見せることができる。ステータス表示を改ざんできる。
ボス特性……全状態異常無効。
全部おかしい。まず名前、誰だよ。次、種族。人族縛りじゃなかったの?あとジョブ。スパイって何だ。僕の魔法剣士と選ぶのに消費した2時間はどこに行ったの?そして、ステータス。全体的に低すぎ!確か個人差はあるものの、レベル1の時点での平均が10だと説明では言っていた気がする。そりゃ平均だからそれより低いのはあり得るんだろうけど。まるでのび太のテストの点数みたい。ひでえ。
……スキルはまあ。よくわかんないけど、良さそう。ステータスが改ざんできるだって。チートじゃん。後で試してみよう。うわあ頑張ろう。ビッグになろう。許す。……そこで、メッセージが届いているのに気づく。なになに?
「いきなりですが、おめでとうございます。このたびあなたは特別な役割を与えられました。この世界でのプレイヤーの目標は、魔王を倒し、世界に平和をもたらすことです」
うん、確かそうだったね。神が召喚した戦士たちがプレイヤーっていう設定があって。だからNPCよりは強いんだ。僕も僭越ながら世界の平和のために力を貸そうではないか。
「しかし、今回のあなたの使命として、魔王軍の勝利のため、魔王軍の一員としてプレイヤーの妨害を行っていただきます」
うん、わかってた。だって(魔王軍)って書いてあるもん。たぶん仲間のふりをして妨害して、途中で正体がばれて死んで、プレイヤーにちょっと嫌な後味を残す、そういう運営の嫌がらせ的な役割ってことだろう。全然楽しそうじゃないんだけど。
「正体が露呈してしまうと、プレイヤーに殺される確率が高くなりますので、慎重に行動することをお勧めします。一度死んだらそれまでですので」
殺されるって明記するのをやめろ。
メッセージはそこで終わっていた。なるほど。僕の楽しいゲーム生活は始まる前に終わっていたらしい。死んだらそれまでってことは、きっとプレイヤー扱いじゃないんだろうね。敵キャラだから、死んだらお終い。あんまり周りを妨害するつもりはないけど、死なないようにはしたいな。できるだけ。
……正直、この時の僕はそこまで悲観していなかった。どうせプレイするなら可愛い女の子のほうがいいし。選ばれた感があって、ちょっとテンション上がるし。攻略はもうあんまりできないだろうけど。妨害は適当にしたりしなかったりしながら、のんびりと過ごせばそれでいい、と思っていた。この時はまだ。
「テストプレイヤーの皆さま、お知らせします。全員がこの世界に揃われましたので、これからについて簡単にご説明させていただきます」
外にアナウンスが流れる。どうやら今の放送によるとおそらく僕が最後だったらしい。ジョブと名前、髪と目の色を選ぶだけなのに2時間もかかる人間ってやっぱり少ないんだね。まあそれも無駄になったんだけど。皆さんお待たせしてすみません。
「今現在、この世界には499名のプレイヤーの方がいらっしゃいます。このゲームの最終的な目標としては、今この世界の脅威となっている魔王軍を滅ぼし、魔王を倒す。その達成をプレイヤーの皆さまで競っていただきます。魔王軍には、名前に№1~№50までの数字がついた上級魔族がおり、その全てを打ち倒さないと魔王のもとにはたどり着けません。まずはこの上級魔族を探し、倒すことがプレイヤーの皆さまの目的となるでしょう」
499人。半端な数だ。きっと僕を含めて500人のテストプレイヤーがいる。そういうことかな。そして、聞き捨てならない話が後半にあった気がする。名前に№のついた魔族って、さっき見たぞ。それをすべて殺さないと、クリアできない。少なくとも攻略組の誰もがその魔族を殺そうとするだろう。これ、あかんやつや。
「最終的な目標を達成できたパーティーには、日当とは別に、賞金として300万円を差し上げます。パーティー人数が多ければ一人当たりの賞金は少なくなりますので、チームを組む時の参考にしていただければと思います。以上で説明を終わらせていただきます。次のご説明は1週間後の13時からを予定しておりますので、その時刻にはこの始まりの街にお集まりください。それではまた」
300万円。大金だ。これできっと、攻略組は増える。しかし、僕はそこでふと不思議に思う。日当1万円の1か月で30万円。それが500人。合計1億5000万円。……え、ほんとに!?しかし何度計算しなおしてもやっぱりそうなった。そして賞金300万円。……単なるゲームのテストプレイにそんなに資金をかけるなんてこと、あり得るのだろうか。