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ゲームの中で魔王から世界を救おうと思ったらジョブが魔王軍のスパイだった  作者: うちうち


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脳筋は落とし穴に落ちやすい

 路地裏で、目の前の緑髪の女が俺に対峙してものん気に笑ったままなのを眺めながら、いつでも動き出せるよう準備する。相手に一発当てたら勝ちという賭け。さすがに負けるとはまったく思わなかったが、向こうのあの余裕は、何かあるんだろう。その何かごと粉砕する自信もあったが。……まず様子見に接近しながら不意に地面を強く踏み込み、そのまま勢いで右拳を突き出すと、それを一歩横に外して流れるようにかわされる。さすがに避けるのが得意と言っていただけあって、回避はそれなりにできるらしい。そのまま首を左ハイキックで刈るが、それもかがんで避けられる。……今のはまあまあ本気で蹴ったんだが。手刀。回し蹴り。突き。振り下ろし。掌底。どれも自信のある全力の打ち込みだったが、すべてひらひらと避けられる。まるで体重を感じさせない動き。しかし、接近し、フェイントをいくつか入れた後に不意打ち気味に右フックを放つと、やっとまともに顔面をとらえた。が、手ごたえがない。


「あの、まだ当たってませんよ」


 横から聞こえてきた声に振り向くと、路地脇の塀に腰かけて、女が困ったように笑っていた。そのまま飛び降りて相手が地面に着地するのを見ながら自問自答する。いつそこに動いた。今まで、魔物でも強い奴はいたが、一発も当てられない相手なんていなかった。どうする。迷っていると、女の右腕が変化し、大きな爪と毛皮に覆われた獣の腕に変わり。そのままその腕を振って横の壁を切り裂くと、絶対に傷つけられないはずの建物の壁が、爪の形にいとも簡単に形を変え、引き裂かれていくのが見える。そのまま女はこちらに向き直ると、次の瞬間爪を振りかぶった姿で、目の前の至近距離にいきなり現れた。まったく動きが見えなかった。そのままその爪がこちらに振り下ろされるのをただ見上げることしかできずに俺は――――


「ていっ」


 ふと背中に何かが押し付けられる軽い感触がして振り向くと、女がダガーを持ってこちらを見ていた。後ろを振り向くが、爪を振り下ろしてきた女の姿はもうない。その向こうに広がるさっき切り裂かれたはずの建物の壁も、すべて無傷なまま。まるで最初から何もなかったかのように。……わけがわからねえ。


「……私の勝ち、でいいですよね」


 そう遠慮がちに尋ねてくる女に、俺はうなずくことしかできなかった。……最後の瞬間、ダメージがないはずだということも頭から吹っ飛んで、攻撃を受けて自分が死ぬと思い、一瞬そのまま、何もできずに諦めてしまった。……それは、確かに自分の負け、だった。










 ……いやー、人外ですわこの人。全部の攻撃がめっちゃ速くて、重そう。これまで見てきた中だと熊の次くらいに単体の戦闘力あると思う。幻覚ですら攻撃をかわせなかったし。ぶん殴られた幻影1号には敬礼で見送るしかない。ただでさえ目で追うのも大変なスピードなのに、フェイント入れてくるとかずるいと思います!まあ認識阻害のほうがはるかにずるいんだけど。あとダガーを思いっきり突き刺したはずなのに、すごい抵抗があって全然刺さらなかった。街の中だからなのか、この人の防御力が高すぎるのか。どっちもありそう。



 レベルアップした認識阻害での変更点は二つ。幻聴(?)を聞かせられるようになったことと、僕以外を幻覚の中で歪めることができるようになったこと。前者は、今まで視覚だけだったんだけど、音もいけるようになったっぽい。まだ聞かせられるのは僕の声だけだけど。後者は、これまでの認識阻害の中だと、僕の幻覚を見せることしかできなかったのが、今回みたいに壁が壊れてるように見せたりできるようになった。いいね!ただ、ますます対人特化してきた感があるけど……。




 考え事をやめ、ふと振り返ると、さっきの兄ちゃんがすごい落ち込んでいるのが見えた。実験台に使ったこともあり、胸が痛む。なんか、ごめんなさい。真っ当に戦ったら、僕100人相手でも絶対あなたが勝つんで。間違いないです。いちおう恩人なのにちょっとひどいことしすぎた。いちおう、とついているのはその後の当たり屋行為がマイナス査定だからである。それでもなあ。思わず僕は口にする。


「あの、さっき助けてもらったお礼がしたいので、一緒にごはん食べに行きませんか?ご馳走します」






 そうして素直についてきた兄ちゃんと店で座って向かい合う。このお店も宿のNPCのおじいちゃんおすすめの場所で、ハンバーグが絶品らしい。この兄ちゃんハンバーグとか肉系好きそうだしちょうどいいかなって。偏見かな。とりあえず二人ともハンバーグセットを注文し、まずは名前を聞いてみる。


「ギャレスだ」


 おお、僕も怪獣映画好き。友達になれそう。この人がそこから取ったかは知らないけど。


「それで、俺が負けたのは事実だ。……何したらいい?」


 あれ、そんな話だっけ?お礼を要求されて、強いのと戦いたいって言うから勝負に持ち込んだはずだったけど。だから向こうは負けても何もないよね。


「別にしてほしいことはないですねー。助けてもらったのと、とんとんでいいんじゃないですか」


 そうするとこの食事は何だって話になるけど、これは嵌め技で相手を傷つけた慰謝料だから別カウントな感じで。


「それだと俺の気が済まねえ。あんたは俺が戦った奴の中で一番強かった。思いあがってたところもあると思うが、こんなにはっきり負けたと思ったのは初めてなんだ」


 間違いなく一番弱いんだな、それが。もうなんかごめんとしか言いようがない。


「さっきのは気にしすぎない方が……実は私、すごいずるしてましたし。あなたはこれまで見た中で二番目くらいに強かったので、自信持ってください」


「……一番目は?」


「上級魔族№50という熊がぶっちぎりで一番でした。もう今はいませんけどね」


 運ばれてきたハンバーグを食べながら話を聞いたところ。どうやら、目の前のギャレスさんは強い相手と戦いたいのに掲示板という便利機能をご存じないようだった。僕も人に教えてもらって初めて知ったので、そのお返しとばかりに教えてあげる。ニュース見ないから蟻を知らなかった、というフレーズがふと頭をよぎるけど、多分関係ないね。


「……その熊はあんたが倒したのか?この掲示板を見る限り、今まで誰も倒せなかったみたいじゃねえか」


「いえ、そういうわけじゃないですよ。でも倒された現場にはいました」


「……№50って、もっと上がいるってことだよな。あんたはこれから、他の奴とも戦うのか?」


 それなんだよね。どうしよう。全員ああいう熊みたいな魔物系なら、倒す方でいいかなーって気もするんだけど。アルテアさんくらい人間っぽくなると、どっち側についたらいいのかさっぱりわからない。そんなに自分は大した影響のある戦力じゃないけど、決めかねる。もう少し宿題。でも熊を倒しちゃったからもう後戻りができない、のかも……。結局、その質問にはあいまいな笑顔しか返すことはできなかった。







 店を出て、次の目的地に向かおうとすると、なぜか後ろからギャレスさんがついてくる。カルガモか。振り返ると、神妙な顔をして、話し始めた。


「……戦いに行くなら、こんなこと頼めた義理じゃないが、俺も連れて行ってほしい。きっと役に立ってみせる」


「当たり屋をされるような方はちょっと……正直、他人に迷惑をかけられると嫌だなあって」


「当たり屋……?いや、もう他人に迷惑をかけることはしねえし、何でもする!あんたの言うことには逆らわない!……身勝手だと思うが、このまま自分だけ戦えないままで、もっと差をつけられたくないんだ。頼む……」


 頭を下げられた。何でもしますから!うーん。これだけ戦闘力があって、話してみると思ったよりは頭がおかしくない、戦闘狂ではあるけど。当たり屋で礼をひたすら強要されたならともかく、付き合えっていうのもそこまで無理やりじゃなかったし、うーん……戦いでこの人に魔物を抑えてもらって、その間に認識阻害をかけるってどうかな。他人任せだけど、死なないためなら手段を選んでる場合じゃ……


「即決できないので保留で。あと、ちょっと友達に意見を聞いてみてからでいいですか?」


 ユウさんとヴィートは、これからもたまに一緒に狩りに行こうって言ってくれてたし。この人がついてきたら抵抗あるって言われたら、このATフィールド(人力)は永久に棚上げしよう。


 それと、これからの戦い方について。さっき幻影の戦いを見てて思いついたことがあるから、先にギルドに行こうかな。もしそれがうまくいけば、誰かに守ってもらえなくてもとりあえず戦える、はず。

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