(幕間)ボス撃破後に行われた協議
タタタ、と背を向けて小走りに去っていく緑髪に紫の目の女の子。それを見送った後、ユウがヴィートに声をかけた。
「ちょっとこの後いい?話したいことあるんだけど」
「おう、何の話かは想像がついてる」
そして場所を移動し、二人は喫茶店のテラス席に移る。このゲームでは驚くべきことに味覚も再現はされていたが、いまいちどの料理や飲み物を口にしても違和感がぬぐえず、プレイヤーの間での評判は非常に悪かった。おそらく現実世界側にある備え付けの食堂の質がいいのも、その評判の原因となっている節は否めなかったが。そのせいか喫茶店に他の客は見当たらず、経営的に大丈夫なのかと一瞬考えてヴィートは苦笑する。そう、いつも忘れてしまいそうになるがこれはゲームの中だった。ユウが向かいに座っているのを見て、ふと、こいつも美人だよなあ、とヴィートが関係ないことを考えていると、ユウが口を開いた。
「……あの子のことなんだけど、正式にパーティーに勧誘したいと思ってるんだけど、どう?」
「やっぱその話だよなー。問題ないし、ボスを倒せたのもあいつのおかげだから、むしろこっちからお願いするレベルの話だろ。ただ、なあ……」
「何か気になることがある?」
ヴィートは目をつむって「あの子」について考える。……ギルドで初めて見たときの第一印象は、ふわふわしてかわいい子、だと思った。テンションが上がっている時なら、駄目元でナンパしていたかもしれないな、とも思う。この子ならきっと冷たくあしらったりはしないだろう、という安心感を与えるような雰囲気だったのも大きい。
……ただ、その子がギルド内を品定めするようにぐるぐるとそこにある全てを何度も見渡して、うんうんとうなずき。その後で、今更、周りを気にしてませんよと言わんばかりの顔をしてずっとあさってのほうを向いて澄ました顔でカウンターに並んでいるのを見て、ちょっとその評価は揺らぎ。声をかけた後無言で走り出して一人で転んだりと奇行を見せたのち、その奇行をスルーしたまま会話を続けようとする姿を見て、評価が固まった。……こいつは、変な奴だ。
ただ、こいつは変な奴だったが、それだけではなく。……ウサギを倒せない、と聞いたから少しは手伝ってやるかと声をかけたものの、レベルは4。ステータスの低さを見て、ウサギを倒せないというのには納得したが、あんなに低いステータスなのに、開示するとき自慢げにこちらを見てきたのは謎だった。思い出してもちょっと笑ってしまう。なんであんなに自信ありげだったんだよ。……ただ、きっとそこまでたどり着くのも大変だったのだろう、とそう思う。そして、戦闘ではずっと後ろに隠れていたが、なぜか戦いの最中に木に登り始めて、そこからは凄かった。なんでも、催眠術の力だという。その時も自慢げに腰に手を当てて胸をそらせていたな、と思い出す。こいつは、思っていることが表情に出て、その表情もコロコロ変わるので見てて飽きなかった。
そして、ボスとの戦闘の前。こいつのステータスならボスは厳しいだろう、と心配した俺たちを尻目に、真っ先にボスと対峙している先行プレイヤーに向かってこいつは駆け出した。ボスの咆哮を聞いた時は、正直全身が震えてうまく動かなくなった。それはみんな同じだったろう。その中で、あのステータスで一番に動けるのは本当に大したものだと、そう思った。あの瞬間、俺の中でこいつは「単なる変な奴」ではなくなったのだと思う。ただ、あんまり深く考えないで突っ走ることもありそうだから、ボスの脅威を分からず恐怖を感じずに動いただけなのかも、と考えていた帰り道。最後尾でぽつりと、「……今日も、生き残れた」と小さく呟いているあいつの声を聞いて、そう思っていた自分が申し訳なくなった。きっと誰かに聞こえるとは思っていなかったんだろうが、それを聞いたからには、きちんと守ってやりたいと、そう思う。
「あいつ、死ぬの怖がってるだろ。だから、戦闘についてきたいかどうか、もう一度本人に確認した方がいいと思う」
ヴィートがそう言っているのを聞いて、ユウは「あの子」について考える。
第一印象は、何この子超かわいい!だった。なんだか愛でたい。戦闘に役立たなくても一緒にいたいな、と思う。だから、友達になりたくて、結構無理やり連絡してみた。話したらいつも笑っててすごくいい子だったけど、マスコット枠で勧誘するのも失礼だろうから、たまに一緒に狩りに行って仲良くなろう、とそう思っていたところ。戦闘でも戦えると知って、これで勧誘ができると、テンションが上がってしまった。きっと、対等な立場でないとこの子は嫌がるだろうなと、そう感じたから。ボスドロップを「何もしてないから」と断固として辞退したときにもっと評価は高くなり。
そして、勧誘する同意を得ようと思ったら、ヴィートはあの子は死ぬのが怖いからちょっと待てと言う。ゲームの中で知り合ったこの青年のことを、ユウは結構信用していた。ヴィートはチャラそうな外見のわりに、物事をよく考えていると思う。自分はあまりしゃべるとぼろが出るので静かにするようにしているが、小難しく考えることはちょっと苦手だったから、助かる。
……でも、死ぬのが怖い?当たり前のような気がする。不思議に思ったユウは尋ねてみる。
「それって当たり前なんじゃないの?」
「そうなんだが……うーん、俺たちって最悪死に戻り前提で動いてるんだけど、なんかあいつは深刻そうなんだよ。一度も死にたくないってすげえ思ってるっぽい」
「それなのに人助けをしようと駆け出したって、すごくいい子じゃない。勧誘しないと、取られちゃうわよ。騙されやすそうなところあるから、その意味でも確保しときたいし。変に染まらず、あのままの雰囲気でいてほしいって、そう思わない?今時貴重よ、あんな子」
「それは同意だけどな……そのままでいたいかどうかは本人に決めさせてやれよ……」
でも、確かにそうだとユウも思う。あの子は、何か言いたくないことがあるのだろう、と感じる瞬間が確かにあった。きっと、言えないと判断したならそれはしょうがないけれど。いつか話してもらえるような関係になれればいいなと、そう思う。
「じゃあ、とりあえずパーティー参加のお願いはしていいのね」
「ああ、それであいつがどう返事するか次第だな。正直、言動が読めない。また無言でどこかに走り出しても驚かないね、俺は」




