(番外編)魔王様、街へ行く
「人間の街を、見に行きたいんです」
魔王城での、幹部一同による、現状確認と情報共有という名のお喋りが終わった後。フードさんに呼び止められて、突然言われた一言が、それだった。
「見に行くって……今までも街に送ってくれたりしてたじゃないですか?」
僕はそう返事するも、どうやら相手の期待した反応ではなかったらしい。彼女は首をちょっと傾げて続きを述べる。
「普通に街を見て回りたいんです。あなたを送った後はすぐ戻ってばかりでしたから」
……うーん、どうだろ。ちょっと想像してみる。人間の街を堂々と闊歩する、敵対勢力の親玉。……宣戦布告とか、そういう風に受け取られない?間違いなく絡まれる未来しか見えないんだけど。
「あのー……どうして、行きたいんですか?」
やめようよ、という雰囲気をそれとなく伝えながら、もう少し詳しく聞いてみる。それより魔王城で夏祭りとか、開いてみたいんですが、どう?という個人的な希望を伝える機会を伺いつつ。
「今の魔王軍って、あんまり団結してませんよね。それに比べ、私を倒しに来た時の勇者の連帯意識は目を見張るものがありました。魔族と人間で何か違う部分があるからそうだったのか、実際に目で見て分かるものがあるのではないかと思いまして」
うーん……。確かに、現在の魔王軍の穏便な方針が面白くなさそうな感じの人もいるしね。僕もこの前夏祭りの練習として中庭で屋台を開いていたら、ショバ代をよこせ(意訳)と言いがかりをつけてきた子供の上級魔族とか、いたもんなあ。とりあえず簀巻きにして堀に沈めておいたけど、あれ以降、殺意の籠った視線を死角からビシバシ感じるようになってしまった。うむ、このピリピリした魔王城の雰囲気も久しぶりである。
あんまり関係ないことを考えていた僕に対して、フードさんは、もちろん、といったふうに付け加えてきた。
「大丈夫です、街では暴れませんから」
「暴れないのは、そもそもスタート以前の大前提のような……」
「それで、どこに行ったらいいと思います?同行者のあなたの意見も聞いておかないと」
「え゛っ、そのそれ、私も行くんですか……?」
「当然です。あなたの調査について実地で視察に行く、と考えてください」
調査って。正直食べ物屋しか回ってない気もする。最近僕が持ち帰った人間の街の食べ物の数々は、間違いなく魔王城の食文化に一定の浸食を見せていた。下級魔族がおやつ代わりにされる機会も激減したようで何よりです。
……でもそういえば、このフードさんっていっぱい道具持ってたよね。姿変えられたり、しないのかな。……それを尋ねてみるも、できないみたい。正確には、自由に変えられるアイテムはあるらしいんだけど、使うなと言われているらしい。
「何でも、管理者曰く『現在プレイヤーも姿を自由に設定できるよう調整中で、それが終わるまでは待ってください』と」
「うーん、わかるようなわからないような……」
でもそうするとこの格好で行く、ということになるの?……あ、でもこの人ラスボスだよね。姿見たことある人なんて、そんなにいないんじゃ……?。サービス開始後に出たこともないはずだし。行けるんじゃない?僕のその反応を見て、フードさんはちょっと嬉しそうに呟く。
「楽しみですね」
行くことが決定しちゃったっぽい。……せめて行先は、絡まれた場合に相手が弱そうな始まりの街にしよう。そう、僕は心に誓った。
そして、当日。始まりの街をまわり始めて30分、早くも僕は作戦の失敗を悟り始めていた。
「あ、これは何ですか?」
店頭で焼かれている鯛焼きに興味津々なフードさんの方を見ながら、僕は冷や汗が止まらなかった。……さっきから、周りのプレイヤーが、めっちゃ見てくる。ひそひそとなんだかあちらこちらで話し声も聞こえる。『魔王軍……』『鑑定不能……』とか。今一番聞こえてはいけない類の話題である。
まあ、後者は分かる。正直、鑑定のこと忘れてた。でも前者って、なんで分かるの?今この場所には魔王軍の関係者なんて、公式には一人もいないはずだ。お助けNPCが二人、っていう解釈にどうしてならないのか。そう考えながら、僕は上司の疑問にお答えする。
「これは鯛焼きと言って、とても甘くておいしいお菓子です。買ってみましょう」
そしてそのまま二人で買い食いする。フードさんが食べ物をどういう風に食べているかは見ていてもいまいち不明だったけど、彼女が手に持った鯛焼きはどんどん小さくなっていった。ホラー。それを見て、周りのざわざわが少し大きくなったような気もした。
「……なぜか見られてるような気もするので、ちょっと通りから外れますか?」
その僕の提案に、なぜかフードさんはとても嬉しそうな雰囲気になった。
「さっきから4グループにつけられてますが、そろそろやっちゃいます?」
「暴れないって!約束したじゃないですかぁ!」
てかそもそも、お前実体ない状態だと相手に攻撃できないとか言ってなかった?気のせい?
「……暴れないっていうのは、自分からは仕掛けない、って意味です。攻撃してくる相手に優しくする趣味はありませんから」
「おお、もう……」
どうしたらええんや。ここにいても泥沼、路地に入れば戦争。そう絶望して天を仰いだ僕の後ろの方から、突然に、よく知っている声が聞こえた。それは間違いなく、僕にとっては救いの声だった。
「……なんでこんなところにいるんだよ……」
振り向くと、そこにはヴィートが一人で立って、頭を抱えていた。
「というわけです」
「そうか……」
通りの喫茶店にとりあえず入り、ヴィートに事情を説明する。さすがに店内では尾行組もそうやすやすと襲ってはこれまい。とりあえず説明を終え、僕たちはお互いに相手の顔をそろそろと見合った。
「……」
「……」
……なんかね。ちょっと前に、ちゃんと僕のリアル正体を告白したのはいいんだけど。それ以来、なんか気まずいの。どことなく避けられてるっていうか。顔は見るけど目を合わせてくれないっていうか。……やっぱり、嘘ついてたのを怒ってるのだろうか……。まあ、反応としちゃ当然なんだけど……。なんだかんだで許してくれると思ってたから、この反応が続くのはちょっぴりダメージでかい。
そうすると、フードさんが不思議そうに尋ねてきた。
「どうして二人はそんなにぎくしゃくしてるんですか?」
危険球すれすれの直球!もう少しオブラートというものを……。以前はちゃんと気、遣えてなかった!?……でもこの人に嘘をついてもすぐ読み取られてしまうので、僕はしぶしぶ現状を報告した。
「……ちょっと私が隠し事をしていて、それが原因で信用を失ってしまっている状態でして……向こうは何も悪くないんです」
僕らの間に友情は間違いなくあったっていうか、仲は悪くなかったと思ったから、これがずっと続くのは避けたいと思う。でもその一方で、自業自得、という単語がちらつくのは否定できない事実だった。そう思うと、自分の視線がどうしても下を向いてしまうのが分かった。嫌われたままは、嫌だな……。そう思っていると、フードさんがとりなすように僕に声をかける。
「別に嫌われてはないようですけど……むしろ逆で、」
「お前、黙れ!!今そこ、俺のすげえデリケートな部分だからな!!変に触んなよ!!!」
急に大声を出すヴィートに、自分の目が丸くなるのが分かった。いきなり何々。……でもなんか、いつも通りに戻ったような気がして、ちょっとだけそれが嬉しかった。
すみません、一話で終わりませんでした。続きはあさってまでには……。
この一連の話が終わったら、「救済」って言葉の意味を調べに行こうと思います。




