エピローグ(3)
金属音の元に目をやると、目の前の青年の手首に手錠がはめられているのが見えた。もう片方は、『ナズナ』の手首につながっている。『ヴィート』は焦った。これはまずい。通報されたら100%こちらが悪者である。『ヴィート』は『ナズナ』に思わず叫んだ。
「いきなり何してるんだ!?」
「ごめんなさい、つい……ん?あれ?」
つい、じゃないだろう。そう『ヴィート』は心の底から思った。
「だいたいなんで手錠持ってんだよ!現実でも!!」
「次こそサロナちゃんを逃がさないように、と思っただけです。逆に持ってないあなたの方に私びっくりしてますけど。用意がなってないですね」
目の前の青年はちらっと手錠の嵌まった自分の手首を見た後、『ヴィート』と『ナズナ』の会話をふーん、と言う風に聞いている。そして、口を開いた。
「事情は分かりました。とりあえずこれ、外してもらえます?」
「なんで今ので分かるんだよ!?」
その声に青年は、びくっと体を一瞬すくませて目を丸くする。手錠をかけられるという明らかに非日常な事には動じないくせに、大きな声には驚くらしい。変な奴だ。そう『ヴィート』は思う。ただ、それに一瞬違和感を覚える。……なんだ?
「ほら、早く外してやれよ。すみません、こいつが迷惑かけて」
「私、外しませんけど」
当然だ、と言わんばかりに『ナズナ』はなぜかそれを拒否する。そして、目の前の青年も少し首を傾げて、一言だけ呟いた。
「外れないのはちょっと困ります」
「お前も、この状況にもう少し焦れよ!!なんだこの二人!?」
そんな『ヴィート』を尻目に、『ナズナ』はちょっと何かを考えて、一言だけ、真面目な顔で青年に尋ねる。
「いつか、って、いつ?」
「…………今世紀中とか?」
「へぇー、……この期に及んで、そういうこと言うんだぁ……」
そう言って、『ナズナ』は綺麗な笑顔を浮かべた。この顔の時は結構本気で怒っている時だと『ヴィート』は知っていたので、それを見て焦る。目の前の青年も同じようにまずい、と思ったらしく、ちょっと早口になって、会話を続けた。
「どうすれば、外してくれます?今はちょっといきなり過ぎるかなって。ほら、罪深さのレベルが違うって言うか」
いきなり過ぎない手錠のタイミングなんてそうそうないんじゃないかと『ヴィート』は思うが、今は口を挟まない方がいいと『ナズナ』の雰囲気から察する。『ナズナ』はしばらく考えて、なるほど、と頷いた。
「どっちにも心の準備がいるってことだよね。……なら、まず。連絡先、交換しよう?」
そして、交換した後、青年は解放された。その、ふうやれやれ、という表情を見た瞬間、『ヴィート』はなんだか胸騒ぎを感じた。まるで状況は違うが、サロナが『いいことを思いつきました!』と自慢げに言い出した時のような。目の前の相手が、きっと近い将来自分に不運を運んでくる、という確信のようなもの。それも規模は今までで一番の、予感。……どうして……?
そして、手を振って青年は帰っていく。それに手を振り返した『ナズナ』にあらためて『ヴィート』は文句を言った。
「……なんであんなことしたんだ?」
それには何も答えずに、『ナズナ』は、これまでで一番嬉しそうな表情で、笑った。
……そして、あっという間に半年が過ぎて。テストプレイヤーとして参加した「ゲーム」が遂にサービスを開始する。運営からの「お詫び」として、テストプレイヤー全員に、ゲーム用の装置が送られた。
ゲーム内容はテスト時と比べて、痛みを再現しない、NPCも死んでから一定時間が過ぎると再び戻ってくる、時間は加速しない、等が変更されていた。そして、最大の変更点として、魔王軍から世界を救う、というメインのストーリーは薄くなり、魔王軍は存在するものの、戦おうとしたら戦える、という位置づけになった。
……もともと、魔王を倒したらクリア、というゴール自体もテストプレイ時のみの設定のようではあったが。できるだけゲームを続けてもらいたい運営側としては、それも当然だったろう。
それよりは各地で様々なクエストを受け、それを達成するという、「この世界に触れてもらうことを重視したい」という目的を、運営側の発表では謳っていた。
そして『ヴィート』は再び、懐かしいその世界にログインする。始まりの街のその広場には、あの時と同じ、懐かしい風景が広がっていた。もう半年も前のことなのに、この風景は今もなお、色褪せずに自分の記憶に刻まれていたのだとヴィートはあらためて実感する。そして、真っ先に、「フレンドリスト」を参照した。
……テストプレイヤーに、1つだけ与えられた特典。テストプレイヤー同士が、フレンドリストに最初から登録されている、というもの。それを利用して、「サロナ」を探した。
……けれど、何度探しても見つからない。……結局、あいつはいない、か。運営側として絡んでいたという話が本当なら、そのうちどこかで会えるのだろうか。
……あれからどれだけ探しても、彼女の手がかりは掴めなかった。ここでなら、と思ったが。……ひょっとして、彼女自体が夢、幻のようなものだったのか、と突拍子もないことをヴィートはふと思う。いや、あいつは確かにいた。そしてここで自分がやりたいことをヴィートは思い浮かべる。彼女を探すのはもちろんだが、それに加えて。
……ここはあの戦いの後、平和が訪れた世界。彼女は途中でいなくなっても、結果として、きっと世界を救った。その彼女が愛した世界を、仲間たちと見に行こう。
そして、パーティーのメンバーと合流するために、ヴィートはギルドへ急ぐ。そこが待ち合わせ場所だった。あの時と同じ、扉を開けて、ヴィートは端に座っていた仲間たちの所へ向かう。ヴィート以外は、全員揃っていた。……サロナを除いて。
「すまん、遅くなった。……また、よろしく頼む」
「いえ、大丈夫です。……こちらこそ」
ナズナはやっぱり魔術師を選んだようで、ローブ姿のまま、ヴィートを迎える。ユウも、ギャレスもあの時と変わらず。ギャレスなんて、むしろ一回り大きくなったような気さえする。そして、ひとしきり全員で再会を喜び、さあ出発するか、となったその時。
不意に、後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……なるほど、ウサギは強敵ですからね。私も昔、何度も一方的にボコボコにされたものです。やはり防具を購入しましょう。当たり所が悪ければ、一撃で死ぬ可能性もありますから」
見知った、あいつの姿だった。新米プレイヤーらしき少年と別れ、彼女はヴィートたちの前に立ち、一礼する。
「お久しぶりです」
「お前……、……あれ、なんでフレンドリストに載ってないんだ?」
現れた瞬間ナズナに片手を手錠で拘束されて、ユウに抱きしめられ、ギャレスにばんばん背中を叩かれているにもかかわらず。平常運転な彼女はちょっと自慢げな顔をした。ちょいちょい、と自分の頭上を指さす。そこには、「NPC」と表示されていた。
「私はここで運営側として、攻略に詰まったプレイヤーに助言をするお助けキャラというお仕事を持たされているのです。そして、NPCの人権も迫害されていないかちゃんと見てますよ。不当なことをする輩は私が逮捕します!」
「手錠されながら言う台詞じゃねえだろ……」
全然こいつは変わっていない。それが分かって、ヴィートはちょっと目頭が熱くなる。……そして、目の前の彼女は、珍しく、自信なさげに切り出した。
「……あの、よかったらこの後ちょっとお時間もらえませんか?色々お話ししないといけないことがあるんです。……正直、受け入れてもらえるかどうか不安なんですが、今まで隠していたことをちゃんと伝えたいなって」
「実は敵陣営だった、以上のことなんてないだろ。大丈夫、今なら何でも受け入れるさ」
「……そうなんですかね……?正直、これから話すことの方がびっくりされる可能性高いと思いますけど……。私が逆の立場なら、驚き過ぎてつい吐血しちゃうレベルです。結構すぐ出ますからね」
「どれだけ驚いても吐血はしねえだろ……。大丈夫だって!任せとけ。俺の耐性を信じろ!」
何度も大丈夫だと念を押す。こいつが自分から話してくれることがこんなに嬉しいなんて。そして、次第にサロナの顔も明るくなり、うんうん、と頷き始めた。
「……確かに、何だかそう言われてみたら大したことないのかも、って思ってきました。なるほど、深刻に考え過ぎだったのかもしれません!ちょっと心が軽くなってきました。ありがとうございます!」
「そうだろ。……ほら、行くぞ」
そう言って、ヴィートはサロナの手を取り、そのまま歩き出す。後ろで、ナズナとユウが話している声が聞こえた。
「……あの二人が手をつないでるのに騒がないなんて、ナズナちゃん、大人になったのね。偉いわ」
「いえ、私もまだちゃんと聞いたわけじゃないんですけど……これは何て表現したらいいんでしょう。そう、死にゆく人への手向けと言うか……」
「どういう意味?」
「きっとすぐ、分かります。……ヴィートさんの心が強いことを祈りましょう」
「?」
そして開いた扉からヴィートはサロナの手を引いて、外に出る。眩しい日の光が、二人を包む。後ろにサロナがいることをちゃんと確認して、ヴィートはそういえば、と思った。
「お前、仕事はいいのか?助言しないといけないんだろ?」
「午後はお休みを貰っているので、大丈夫です。……ただ、夕方から大切な約束があって。大事な人とのおやつ会に行かないといけません」
ふと見ると、確かに手にお菓子の籠をぶら下げている。
「ずいぶん多いな」
「ええ、これも一部ですけどね。……とっても楽しみなので、買い過ぎちゃいました」
「そうか。……大切な人って、まさか男か?」
「いえ。私の尊敬する、素敵な上司です。あと、友達と。それに、上司の上司ですかね?」
……上司。そういえば、こいつって以前は、プレイヤーとして参加してながら魔王軍だったよな?とヴィートは思い出した。……そして今回は始まりの街にいる助言キャラだ。敵になる訳がないポジション。だからといって。
「……まさか、お前また、実は魔王軍のスパイとかじゃないよな?」
「…………違いますよ?」
「スパイだこれ!!」
――ヴィートに引っ張られて出た外は、とっても眩しかった。僕は目を細めて、それでも上を見上げる。
……きっと、世界は僕らが思っていたよりももっと広くて。そして、その逆も然り。小さくても、作り物でも、ここは僕にとっては同じく世界で。その偽物の空の下で、僕たちはどこまでも夢を見た。そして、今、次の夢に向かって走り出す。
見上げる空は、やっぱりあの最後の日と同じように、どこまでも青かった。……これからも大丈夫、きっと一緒に続いていけると。そう信じて、僕はヴィートの後ろを小走りに着いていく。そして、後ろからみんなもきてくれているのを感じて。……この世界でも、きっと、前と同じように。どこまででもこのまま行けるような気がした。
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≪掲示板≫
〈総合攻略スレ PART2〉
〈なんでも雑談 3〉
〈デスゲームの噂を検証するスレ〉
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〈マイナーなスキルの組み合わせについて検証するスレ〉
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〈ウサギが倒せない女の子を見守るスレ〉 ≪new!≫
このお話はこれでおしまいです。
当初思っていたよりずっとハッピーエンドな気がします!……約一名以外。
ごめん、最初の構想では主人公実は女性だったから……。結局男になったけど。でも、これはこれでこの話の終わりに似合っているんじゃないかと、個人的には思います。
読んでいただいた皆様、本当にありがとうございました!いろいろ不十分なところもあったとは思いますが、見守っていただいた方々のおかげで、完結することが出来ました。
http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/549647/blogkey/1441688/
活動報告に後書きを載せました。
あと、いくつか番外編を載せられたら?というところですが、完全に未定です。ほとんどの書きたい部分は書きましたし……。できたら、みたいな感じで。




