行き着いた、その果てには(下)
めっちゃ長いのに完全に終わってない……
エピローグの一個目に続きがちょっと食い込みそうです。でもこのお話は、ほぼ終わりです。
エピローグは二個とも明日上げます。その後で見られてない分の感想見て(すみません、頂いてること自体は数が表示されるので把握しております。ありがとうございますm(__)m)、お返事して、修正して、おしまいです!
「結局手品は、死なない、ってだけ?……それでも十分凄いとは思うけど。ここまで疲れたのは久しぶりよ」
地面に大穴が空いたり、後ろにある丘が半分消し飛んでいる、そんなちょっと地形の変わった草原で、僕は立ちあがり、その台詞を聞いた。まだ1時間くらいしか経っていないのに、もうすぐ、備蓄が切れる。僕はもう一度アルテアさんを鑑定した。ひょっとして、もう残りHP20とか、そういう感じになってる可能性はないかな。
HP:5912/9800
MP:10456/22500
なかった。半分も減ってない。正直、真正面から戦ったにしては善戦した方だと思う。でも、今回は善戦では、意味がない。僕はよろよろと剣を支えに震える足で何とか立ち上がる。HPはまだ全快だけど、先に気力の方が尽きそうだった。そんな僕を見て、アルテアさんはちょっと残念そうに笑う。
「もう終わりかしら。あんたの言ってた、生き延びてやりたいことっていうのが何か、聞きたかったんだけどね」
「……?」
あれ、そんなこと言ったっけ?確かここで死ぬわけにはいかない、という台詞は言った覚えがある。それはもともとの計画を実行するための布石として、必要なことだったから。
……やりたいこと?僕はちょっと内心で首を傾げる。確かに、記憶を振り返ってみると……言った気はする。やりたいことなんて一つもないのに。あったら、少しでも死ぬ可能性があることを選ぶ際、もう少し迷ったと思う。結局、選ぶ道は同じだっただろうけど。
そうしていると、ふと、アルテアさんが僕の後ろをまた眺めているのに気づいた。僕はもう振り向かない。その労力すら惜しいし。でも、なんだか様子がおかしい。
「……あら?どうして今更……?」
んん?と振り向いた瞬間、隙あり!みたいな感じで攻撃してくる、とかだろうか。この無限回復ってシステム的なものだから、僕の油断とか関係ないんだけど、そこは相手にはわからないしね。僕は意地でも振り向かないことにする。
「……ねえ、あれ、知り合いかしら?」
「知らない人です」
「……せめて、見て確認してから答えなさいよ。いいから、攻撃しないから。でもわからないわ、なんで今になって出てきたの?」
出てきた、って何がだろう。中学生の時の黒歴史ノートとかかな?多分違うよね。ほら、と指さすアルテアさんをずっと無視するのもあれなので、僕は恐る恐る後ろを振り返った。
……?あれ、めっちゃ人がいる。40人くらいいる。その先頭に立っているのは、よく知っている相手だった。……パーティーのみんな。……なんで。あんなに、言ったのに。
「すまん、待たせた」
「みんな……」
「私があなたを、命に代えてもお守りしますよ!何度でも、蘇ってみせましょう」
「ストーカー……」
「ごめん、掲示板の借り、今返すよ!」
「……?……あ、ウサギの人……?」
他の人もなんか見覚えはある。海辺の洞窟で一緒だった人、塔にこの前一緒に登った人、あ、熊と戦った時の魔術師のお姉さんもいる。
……というかまず、こいつら人の話聞いてたの!?あれだけ言ったよね。死ぬ可能性があるから街に大人しく引っ込んでてね、って。そう言ったら素直にはいと返事しようよ。
「……なんで来たんですか!?あれだけ言ったのにまさかもう忘れたとかですか!?早すぎるでしょ!」
「いや、なんていうかさ。お前は一人で戦ってるじゃん。それなのに自分はのうのうとしてるのは、俺は嫌だね。いや、俺たちは、だ」
「だから、私は死なないからいいんです!言うことくらい聞いてください!」
「あのさ、お前は俺たちの言うこと聞かねえだろ。それで、勝手に1人でほいほい戦いに行く。なら俺たちもお前の勝手な言い分は聞かない。勝手に一緒に戦う。それだけだ。ここにいるのは、みんな同じ意見の奴ばっかりだ」
「ごめんね、遅くなって。魔法都市で、顔を隠して、メイド服で表通りをうろついてた怪しい人が戦ってるって話を聞いて。絶対サロナちゃんだと思ったの」
「そんな恰好で外をうろつく人なんて、いくらでもいるでしょう?」
「この世界では少なくとも、そんな奴お前以外見たことねーよ」
……言われてみたら服を買えばよかった。魔力回復薬と魔石購入でお金がなかったからだけど。僕たちの会話を聞いていたアルテアさんは、これは援軍だ、と判断したようだった。
「まとめて来てくれたら手間が省けていいわね。まあ、こちらもこうなったら援護はしてもらうわ」
視界の端で、予言者がダッシュで二人の魔族から離れるのが見えた。「攻撃するしぐさを見せたら殺せ」と言われていた二人は、少しの間躊躇し、その間に予言者はプレイヤー集団に合流する。一瞬こっちに送った視線に、殺意が籠っているような気がした。怒ってる。そりゃそうだ。
それでも僕は、迷う。ここでアルテアさんをプレイヤーの犠牲覚悟で討つ、べきか。安全地帯を確保できる、というのはそれだけで、話が全然違ってくる。でも……。
「私は、どれだけ他人に助けてもらえるかっていうのも強さだと思うから、別に構わないわ。正々堂々、っていうその姿勢は嫌いじゃないけどね」
違うんです。一対一にこだわってるわけじゃないんです。ただ、……あ、始まっちゃった。既にお付きの魔族の二人とプレイヤーの集団が交戦状態に入っている。この人たち、自分で言った通り、全然人の話聞く気ねえ!
僕の目の前で、アルテアさんが何かを唱えると、彼女を中心に半径50メートルほどの地面が、赤と黒と黄色が混じったマーブル模様に染まった。健康に悪そう。明らかに何かの状態異常付与な気がする。
とりあえず、周りの人を鑑定した。……「呪い」……?それがどういう効果かは、見ていると分かった。アルテアさんにダメージが行くと、攻撃した人にもダメージが半分くらい入ってる。これじゃ、うかつに攻撃できない。……僕以外は。
「……あの、魔石と魔力回復薬、全部もらえますか?きっと、アルテアさんは私が戦いに行けば、絶対に相手をしてくれると思います」
そしてやっぱり遠距離の援護を背後に、僕が一対一で再びアルテアさんに斬りかかる。それをアルテアさんはまっすぐに受け止めた。
……その後も、どれだけ戦っただろう。僕は胸を撃ち抜かれて、倒れ込んだ。そのまま回復して傷が消えたはずなのに、僕の胸に鋭い痛みはずっと残った。3桁以上の回数分は死ぬダメージを食らってるからね。HP1でとどまるとかそういう問題じゃ、もう、ないのかも。
「もう、休め。信じろよ。ここまで来た、お前の仲間は、強い奴ばっかりだ」
倒れたのをヴィートに抱き起こされ、僕は目を閉じる。戦況は、あまり良くない。でも、アルテアさんはだいぶ弱ってる。……きっと、今なら。
僕がやろうとしてることは、ヴィートの言葉に対する、裏切りだろうか。それで、実行してアルテアさんが倒せたとしても。まだ残りの敵がいる戦場で、仲間が何もしなくなったら、意味がない。……それでも、しばらくそのままでいた後、僕は目を開けて、立ち上がる。呼び止めてくるヴィートに向かって、僕は一言だけ残して、走り出した。
「信じてますから」
強い、と。そう言ってくれた。僕も信じるべきだろう。……仲間には。僕が目の前で消えても、受け入れることのできる強さがあると。
「予言者さん!!」
大声で合図を送り、ちらりと予言者の方を見る。きっと、自分を売るような真似をされたからには、作戦の実行も気持ち的には楽になるだろうし、やってくれるはず。
そう思った僕の内心が伝わってしまったのか、予言者は一瞬目を伏せる。……そういえば、この子精神感応系だっけ。ごめん。でも、彼女はきっと感情で自分に与えられた仕事を放棄したりはしないだろう。
アルテアさんが僕の声に反応して、予言者の方を見る。そして、どういう魔法が放たれようとしているか、おそらく理解した。しばしの溜めの後、極大の黒い光がアルテアさんの元から予言者に向かうが、斜めに展開したローブの障壁がその光の方向を少し変え、魔法は上空へ向かって消えた。……器用。さすが一度限りの絶対防御なだけある。
……二発目を放つ前におそらく向こうの攻撃が来る、だろう。そして、それを放つのは、未来の全てが見えるという予言者。どこに向かっても、逃げ場はない可能性がある、と。そうアルテアさんが考えたのを、僕は感じ取った。
……いったん魔王城にでも転移したら、逃げられるはずだけど。きっと、しないだろう。僕が逃げない限りは自分も逃げずに相手をしようとする。彼女はそういう性格だ。そして、この場には1つだけ、分かりやすい安全地帯がある。
僕はそろそろとアルテアさんから距離をとり、所定の場所に動く。もう、放たれる。そんな中、アルテアさんが一瞬かき消え、僕は後ろから、そっと抱きしめられた。
「ここなら、退魔の魔法陣の発動は、できないんじゃない?」
ふふ、と笑うアルテアさんに対して、僕も振り返りざまに満面の笑みを返して、相手の体に手を回す。
「そう思ってもらえると、信じてました」
その言葉と同時に、僕を中心に、半径30センチの円が展開され、光の壁が空に立ち上った。4メートル四方で痛手なら。範囲が小さくなるほど威力が跳ね上がるなら。来る場所が分かっているなら、広い範囲なんて、いらなかった。
「……あんた、生き延びたいんじゃなかったの?」
「すみません、嘘、ついちゃいました」
「……」
呆れたような顔をして、アルテアさんが珍しく黙り込む。
「今まで迷惑ばかりおかけしてしまって、すみませんでした」
「……私は、別に迷惑と思ったことはなかったけど。……どうしようかしら」
「最後は、アルテア様と一緒が、いいです」
その言葉を聞いて、アルテアさんは何かを発動させようとし、途中でやめる。そして少し笑って、僕と肩を並べ、ふと空を見上げた。小さい呟きが聞こえた。
「…………ほんとにもう……しょうがないわね……。……まあ、よく頑張ったと思うし。それに、ちょっと疲れちゃったし……。あんたとなら。悪くないかもね……」
僕もつられて空を見る。どんどんと輝きを増していく周りの光の壁。それでも、僕らの頭上だけ。はるか上にいつもと同じように空は見え。僕たちは寄り添いながら、そのいつもと変わらない空を見上げた。
……きっと、これで安全地帯が出来たら。みんなは助かる可能性が上がる。もう僕にできることはない。……このゲームが始まった時に、思ったこと。僕はおそらく、途中で死んで嫌な後味を残すだけの役割だろうと、そう予感した覚えがある。それ以外のものも、少しは残せたのかな。残ってたらいいなと、なんとなくそう思う。
始まりの街でみんなと出会って、宗教都市に出て、海辺の街で副町長に会って。なんだか自分が変だな、と思い始めたり、魔法都市でバタバタしたり、食堂でバイトしたり。魔王城に飛んで、またバイトして。そこで、強くなると僕たち二人で誓って。帰ってきてからは、なんか手錠で拘束されたりもした。北の街で仮装して、武器を手に入れ、不死になり。そして、全てを裏切って今、ここにいる。でも、ここで一緒に敬愛する人と、僕自身と一緒に消えられるなら、そういう最期も悪くない気がした。
無限回復が切れ、HPが完全に0になり、体が光に変わる。……その瞬間、不意に感じ取れた。ずっと疑問だった、どういう人が死ぬか。……それは、単に気の持ちよう。もういいと完全に諦めてしまった、もう終わりだと感じた人だけが、きっとそのまま覚めない眠りに着いたのだろう。そう、なぜか分かった。
……そして、やり遂げた、と思ってしまった今の僕。やりたいことも特になく。もし死んでも、まあしょうがないな、とすぐに思っちゃう。……「あなたは、この世界の結果を非常に受けやすそうですが」という副町長の話は、きっと、そういう意味。僕の資質を見透かしたからこその、発言だった。
でも、いったん満足してしまった僕はどんどんと暗い場所に沈んでいく。敬愛する人と死ぬのも悪くない、と思った僕は、さっき光に変わったあの時に、きっと一緒に死んだのだろう。今とどまった僕も、浮き上がるだけのはっきりとした気持ちを、持ってない。……真っ暗なその中で、何かが聞こえた。それはきっと、僕と同じく自分の一部が既に死んだであろう、誰かの声だった。
……自分の中にいる誰かと一緒に、いろんなものを、見て、聞いて。少しずつ広がる目の前の世界に、きっとできないことなんて何もないって、そんな気がして。……もし、この世界の端が。私が思っていたよりも、もっと、外にあるのなら。もっと世界が広いなら。私のしたいこと。
「――私は、外の世界を見てみたい」
はっきりと、声が聞こえた。それは自分自身に一番近いところから発せられた、この世界で一番最初から一緒にいた存在の声。消える意識の最後に、その言葉だけが聞こえた気がした。




