一休み
翌日、俺達はハンター育成地区から本来の目的地であるエンジニア実験地区に行くことになった。
ただ一人、ハックを除いて。
ハックはこの地区の統括者になったので俺たちと一緒には行けない。だけど、仕事が終わったら合流出来るらしい。
本来的の目的は保守協会がエンジニア実験地区の人々を救い出すことにある。
だけど、いまいち保守協会の目的が分からない。俺が知っている奴らの行動は謎が多い。初めはハテノ村の水源にダムを建造して奴らにとって脅威の聖霊獣アルカミクスチャーを抹消しようとしたと思えば、昨日のように聖霊獣と同等の邪霊獣を産み出したり。それ以外もやっていることをコロコロと変えている。まるで一貫性がない。それ故に不気味だ。
自分達の敵のことを全く知らないのに敵はこちらのことを知っている。そもそも保守協会のリーダーすらこちらは知らない。知るためにいつものように例の錠剤を口に含んだ。知りたいことは保守協会のメンバーリスト、それと目的。
情報が頭に浮かび上がった。
リーダーの名はエリック。どうやら彼が組織を仕切っているようだ。
格下のリーグ。ひどい説明だな。
潜入調査部のテクスチャ。ミチュールさんらを襲った人だ。昨日も会ったらしいのだがなにもしてこなかったらしい。
狙撃主のプランジャー。どうやらリーグ以上の高いプライドを持っているらしい。
印象操作のフリント。年齢はテクノと同じぐらいの少年の様だ。
科学者のミスト。待てよ、ミストって言えば旧文明時代にケムリの兄だった人じゃないか。何でここにいるんだ? ケムリのように幽霊として居るわけではなく実態のある人間だ。年齢は……分からない。
次に、目的を知ろう。
保守協会の目的は争いを未然に防ぎ世界を保守することである。少し前までは解散しており活動を中止していたが、ミストの手によって復活した。ミストは保守協会にただならぬ特別な思い入れがありほぼ一人で全員を集めた。このミストは組織を復活させた張本人だが、組織内の権力は全くない。実質やっていることは参謀そして発明品の貸し出しである。どれもロストテクノロジーの塊である。
ロストテクノロジーといったらアランの発明品もそれに該当するなあ。具体的に言うならばD^2デバイスとかになるだろうか。アランから聞いとけばよかった。
「ねえ……アル……」
どこからか声が聞こえる。俺の知っている限り、こんなことができるのは巫女様ぐらいだろう。
「もうこんなじかんだよ」
今いる場所はハックが勝ち取った城の客間である。外を見る限り、日の出前で暗闇に包まれていた。
「まだ日の出前じゃないか」
「そっちの世界じゃなくてこっちに戻ってくれるかな」
声の主は何を言っているんだ? 俺がいる世界は現実世界のはずだ。少し疲れていて幻聴でも聞こえるのだろう。寝よう。俺はベットに横になり眠りについた。
「あらら、起こしにきたら逆に眠っちゃったよ。どうせすぐには起きないから今のうちにアルスの服洗濯しようかな。二日間も同じ服のままだから汚れているだろうしね」
私はアルスの服を脱がせた事は今までに何回かある。
アルスが巫女様によって復活したばっかりの頃は、植物状態だった。そんなアルスの世話をしていたのは私ことクリスタだ。半場義務感でやってきた事だけど、日を得るに連れてアルスは人間らしく成長していった。私が愛情を注いだアルスはまさに理想の人になった。
「いい香り」
癖になるスメル、アルスに内緒でクンクンするのが私の秘密の趣味の1つ。流石に人の心を読めるテクノにはばれているけどね。
こうしているうちにアルスの身ぐるみを剥いで布団を戻してから部屋を出た。
外でジャブジャブ洗っているとミチュールさんが一言。
「アルスに着替え渡したかな?」
〜一方その頃のアルスの様子〜
なんだか肌寒いな。布団の中で俺はそう思った。
寝耳に水程ではないが、目が覚めた。
時刻は10時ぐらいだろう。随分と寝坊をしてしまったようだ。
夜に、例の錠剤を使って保守協会の情報を調べたんだったな。確かまだ、しまってなかったはずだ。部屋を見渡してもビンは落ちていない。ポーチを覗くとfirstlibraryとリンゴと錠剤の入ったビンが入っていた。ビンを確認してみると錠剤の数が減っていなかった。
「あの時見えたのは夢か。これを使わずに見えるなんて不思議なこともあるもんだな」
俺は独りでに納得した。
ふと窓ガラスを覗くと男の裸体が写った。俺は今さら服を着ていないことに気がついた。服もこの部屋にはない。仕方がないからポーチに服をもっと越させよう。手をいれて引っ張り出すと服が出てきた。
「なぜ、これが出てくる?」
俺が手に持っているのはアリウムがハテノ村に居るときに着ていたフッカフッカの儀式衣装だ。
「確かにサイズは合うけど……。これはちょっとないな。それよりも下着が必要だ」
ポーチに戻して再び取り出す。
今度は、かぼちゃパンツが出てきた。
「どうして……男物が出てこないんだ?」
何度ポーチを漁っても男物が出てくることはなかった。
「仕方がない。これで妥協するか」
本来の服が見つかるまでこの服を着ている事にした。
この服には少し問題点がある。それは巫女の力を持つものが着ると魅了効果を周囲に与えてしまうのだ。それと、この服は所々破けている。かなりみすぼらしい。
「さて、探しにいこうか」
俺の服を持ち去った人の心当たりはある。犯人はクリスタだ。とにかくクリスタを見つけよう。
とりあえず、隣の部屋を覗いてみよう。
ドアを少し開けてみると床を伝って白い煙が流れ出した。
「クックックック……。これがオカルト本ですか」
そこには紫髪でゴシック服に身を包んだ少女テクノがいた。
「何が書いてあるですか」
テクノが本を読むのは珍しい。
なぜなら、常時発動しているサイコメトリーの力で触れるだけで内容がわかってしまうのだ。
そんなテクノが唯一好きな物はオカルトなのだ。なぜ好きなのかはしばらく見てればわかる。
「呪われし左腕の生成のしかたですか。うさんくさいです。でも、それがいいです。楽しみです」
テクノが、オカルトを好きな理由は胡散臭さ別の言い方をすれば信憑性の全くのなさが、嫌でも何でも分かってしまうテクノが分からないという思いを抱ける数少ない嗜好品である。
「初めにやることはこの紋を描くですね。次に、鎮まれ俺の左腕」
ここには用がないから他を探そう。
通路を進むと扉の開いている部屋があった。
そこは武器庫だった。
金髪ツインテールで真っ白なパーカーを着たミチュールさんがいた。
「スピンセレクターだいぶカートリッジ使っちゃったかなー」
ミチュールさんが腰に付けているメカメカしい銃を作業台に置くと近くにあった大きなハンマーで叩きつけた。
その光景に度肝を抜かれた。
エネルギーの充填ってこうやってするんだ。
「運動エネルギーはこれぐらいにしといて、次は破壊エネルギーを貯めようかなー。火薬を詰め込んで爆破しようかなー」
おいおい待てよ、この火薬の量だと部屋が吹き飛ぶぞ。
俺は逃げるように部屋を離れた。
次にたどり着いた部屋はどうやら浴場のようだ。ここは温泉が湧いているらしく独特な匂いが漂っていた。
「ふぅー。やっぱり温泉はいいよねー」
誰かが入っているようだ。湯気でよく見えない。
「思いっきり体を伸ばせるのは最高だねー」
「(天然ものは我によく馴染む。たまにはこういうのも悪くない)」
温泉に入っているのはアリウムとアルカミクスチャーのようだ。
「(アルスも入るがよい。そこには居るのはわかっておる)」
昨日の一件から、俺とアリウムとアルカミクスチャーには僅かながらリンクがある。見えなくとも互いの存在がわかる程に。
「私の儀式衣装は水捌けが良いように作られているからそのままでも入れるよ」
着ている服のこともわかるのか、恐ろしい。流れ的に入らないわけにいかないので俺は入った。
「それにしても私の服を着たまんまで私と入浴するなんて君も筋金入りの変態だねー」
「ポーチを漁ってもこれしか出てこなかったんだよ」
「(それについては我が説明しよう
)」
「説明は私がするよ。私が仕組んだことだしね。アルスはソウルアーマードをしたのだけど、それが解除されて分離できたとしても、私と同一人物であったことには代わりなく、私の情報が残っているんだよね。完璧に分離できたのなら、アルスは記憶喪失になっているだろうしね。本来ならそれが自我を持つことはないのだけど、アルスの特異体質が魂を作り出してしまって、アルスの中に私がいることになっているわけだよ。最も、アルスの中に居る私はアルスの目の前に居る私のコピーのような存在だけど、私と意識を共有しているようで、私は実質一人だけになるかな。
副産物でアルスには私の力とアルカミクスチャーの力が自由に使えるようになったよ。聖霊との疑似契約状態とでも言うかな。
私の服を着させたのにも理由があって、アルカミクスチャーの力を使うには当然アルカミクスチャーがいなくちゃできないけど、私だっていつも近くに居るとは限らない。だから、アルカミクスチャーを分霊の儀式によって2人に分ける為にその儀式衣装を着させたわけだよ」
確かにアルカミクスチャーの力を借りるのに当人は必要不可欠だが、それが必要になる状況になるとは考えにくい。昨日のような邪霊獣と戦う何て事は正直いって奇跡にも近い事だ。条件だってこの世界には殆どいない巫女の力を持つ人と、現存するものが殆どない念導エンジンが欠かせなく奇跡に奇跡が重ならない限り、そのようなことは起こらない。
「我は儀式により分裂したとしても何も問題ない。備えあれば憂いなし。我はそなたの邪魔にはならぬ。呼ばれぬ限り現れる事もない」
「それなら問題ない。儀式を始めよう」
「儀式はこの浴場でやるよ。私に続いて歌ってね。
せせらぎ響く
水の音色
時が経ちて拡がり行くよ
思いを連ね
いつしか溢れ出す」
俺の番だ。歌詞は俺の中のアリウムが教えてくれた。
「やがて、すべてが流れ形が無くなる
いつの日か忘れる
そこには何も残らない」
「だけど、じつは、消えたのでない
ありふれすぎて気づけない」
「「そんな彼を分かちあう
姿のない彼を今再び生まれさせる
手と手あわせて繋がる
精神世界を繋ぎ合う
そこがもう1つの居場所
彼はそこにいる
彼はそこにもいる
私達の中にいる」」
歌声にアルカミクスチャーが反応していつもの龍の姿が水に溶けていく。
そして俺の着ている儀式衣装が水を吸っていく。
「これで儀式は完了だよ。さあ、アルカミクスチャーを呼び出してみて」
俺は右手を前に伸ばして呼んだ。
「出でよ、水の聖霊アルカミクスチャー」
儀式衣装に蓄えられた水分が渦を巻きながら右腕に集まった。腕にアルカミクスチャーが巻き付いた。
「我が名はアルカミクスチャー。アルス殿の助力になろう」