Pの名前
俺達は空間の狭間にいる。ハックのいう専門家とは当然巫女様の事である。巫女様のいる場所はチノ遺跡で、そこには霊体では行ったことがあるが、自力でなお実体で辿り着いたのは俺が一度死ぬ前に自力で一回限りだ。
あの時の方法はもう使えないが、俺にはfirst libraryがある。
いつものように目次を開いてチノ遺跡の表記を指でなぞって唱えた。
「転移、チノ遺跡!」
すると暗闇に一筋の光が差し込んだ。
厳密には空間に穴が開いたのだ。
俺達は穴の縁を掴み這い出るように夢世界に入った。
今回の出現場所は、チノ遺跡の目の前だった。
早速中に進んだ。
2日程前に来たときよりも建物内が痛んでいる。まるで戦いの爪跡のようだ。
ひとまずそのことはウィンダに会ってから聞こう。
奥に進むとウィンダが壁を補修していた。
「ウィンダだいぶ遺跡がボロボロになってるようだけど何があった?」
俺はウィンダに声を掛けるが返答はなかった。
聞こえてなかったのか?
再び声を掛けた。
「おーいウィンダ」
やはり返答がない。
私が変わるよと言われたので、身体をアリウムに渡した。
「ヤッホー、ウィンダ」
またもや返答なし。そもそも気づかれていないようだ。身体をアリウムから返してもらい、俺達はウィンダの肩を軽く叩いた。
すると、ウィンダは全身に電気が流れるようにビクンビクンしてからこちらの方を向いた。
「もしや、そのお姿は聖霊王様でしょうか?」
「いいや、アルスだよ。今はアリウムとアルカミクスチャーと合体していてこんな姿になっている」
そう言ったら、我の姿を愚弄するなとアルカミクスチャーに叱られた。
「失礼しました。アルス様はどうしてそのようなお姿になられたのでしょうか?」
「ソウル・アーマードでアリウムとアルカミクスチャーと一つになってこの姿になった。元の姿に戻ろとしているが、うまくいかない。巫女様なら元に戻る方法を知っているかと思ってここにきた」
「わかりました。巫女様はこちらにいます」
ウィンダの後についていく最中に俺は遺跡の事について聞いてみた。
「最近の事なのですが、この夢世界にはよく侵入者が現れるようになったのです。その者達は、辿り着く事が困難なこの空間に入る画期的な方法を見つけたらしく、それから毎日書物と巫女様を狙う者共と戦っています。本来は、巫女様に選ばれた人しか入ることができません。詳しくは巫女様に聞いていただければ幸いです」
話をしているうちに、チノ遺跡の図書館前に着いた。どうやらここに巫女様がいるようだ。
「私は遺跡の補修作業に戻ります。お帰りになられる際は私に一声かけてください」
俺達は扉を開けて図書館に入った。
巫女様はリンゴの木の下に座って本を読んでいた。
「巫女様ちょっといいか?」
俺は話しかけるがまたもや返答がない。目の前で手を降っても反応がなかった。どうやら見えていないらしい。ウィンダの時と同様に肩を軽く叩いた。
すると、巫女様の身体がビクンと痙攣して本を落とした。
「巫女様どうした?」
声をかけるが、巫女様は焦点の合わないようにどこも見ている訳でもない目を開いたままグッタリと力の抜けたように動かない。
少し経つと巫女様はなにやら小声で呟き出した。
「イレギュラーなデータを検知。プロコトルを解析中。解析終了。ローディング開始。聖霊人の上位体聖霊王をライブラリに新規保存。システムを再起動します」
巫女様は再び黙り込んだ後、まるで現実に戻ってきたかのように瞳に光が戻った。
「アルスなの?」
「そうだよ巫女様」
巫女は頭を抱えている。
「私にはサイコメトリーの超能力があるの。
だけど、私はこの能力を完璧には制御する事ができないの。
私の能力はアランやテクノとは違って強力で、触れた物の記録や歴史をそのものの目線で最初から今に至るまで全てを追体験するの。
自分から触ったりした場合は途中で抜け出す事が出来るけど、意図していない時は全てを見終わるまでその物の人生1回分を当時のまま体感時間体験させられるの。
アルス、アリウム、アルカミクスチャー、それとアルス・アクアリウム・アルカリミクスチャーの4人分の人生合計で427年分になるの。今回は世界と同化していて私も気づけなかったけど、次回からは存在を別の手段で、アピールしてほしいの。訳あって、アルスのアクセス権が3人分あったから入れたものの、あまり無茶なことはしないでほしいの」
「悪かった巫女様」
巫女様は立ち上がってこちらを見つめた。
「巫女様じゃなくて、もっと別の呼び方をしてほしいの。例えば、母さんとか、名前で呼んでほしいの」
「わかったよ。P」
「確かにそれは名前みたいなものだけど、正確にはproxyっていうの。覚えておくの」
「改めて考えてみると、母親の本名を知らなかったなんておかしなことだな。俺はてっきりphoenixだと思っていたよ」
「フェニックスでもあってるの。あくまで、チノ遺跡にいるうちはプロキシであって、現実世界だとフェニックス。名前によって扱える術が微妙に変わるから別人格として考えてもいいの。アルスだってAの読み方によって力を使い分けられるようになれるはずなの。
A・レコードは、元々 ancientレコードの意味で、太古の記録を読み取れる力を持つ一族だったの。
巫女の私の力を受け継ぐアルスは、akashicレコードつまり、万物の過去から未来すべてを読み取ることができるの。
ちなみに、アルスの今の正式な名字はAレコードなの。
アクセス権が異様に多いのはこれが理由なの」
「それは分かった。だけど、アクセス権は3つあるんだろ? もう1つは一体なんだ?」
「アルスは今までに3回誕生しているの。
1回目は、アランと夫婦の営みをして生まれたのがAなの。
2回目は、アルスがアカシックレコードの過度なリンクによって生み出されてしまったA
3回目はアルスとAがクリスタによって殺された後の死体から私のフェニックスの力を使ってAを可能な限り取り除きアルスを復活させた。それが今のアルスことAなのそれが理由でアルスの記憶はスカスカなの。
これがアクセス権が3つある理由なの。
3人とも”アルス”には違いないからそれぞれの力も一応使えなくは無いけど、Aの力だけは使っては駄目なの。最も、私がそのアポカリプスを取り込んでいるから私が死なない限り、Aは解き放たれないの。
巫女は不死身だからそんな事は有り得ないの」
俺が返答をしようとしたところでアルカミクスチャーに身体のコントロールを持っていかれた。それとしばらくアリウムの耳を塞いでくれと言われた。
同じ身体を共有しているのに塞げる訳がないと思ったら、心理世界のアリウムに干渉できたので言われたとおりに耳を塞いだ。
「我には少しばかり疑問がある。我のアリウムは巫女だと言うのに死した事がある。如何なる理由で死したのだ?」
確かにその通りだ。今居るアリウムは俺がオリジナルを再現したもので、言い方は悪いが類似品といってもいい。オリジナルが居ないからこそ代理として今のアリウムがいるのだ。
「聖霊と巫女は消えたりはしないの。霊魂不滅な存在だから消えたのではなくて、転移したのほうが正しいの。大きく分けて16もの空間のいずれかに居るはずなの。だからいつか会えるはずなの」
「そうか、生きているのか。それは良かった。もしも会えたならアリウムにアリウムの事を紹介するとしよう」
アルカミクスチャーからの合図を受けたのでアリウムから手を引いた。
「なになにー私に内緒でアルカミクスチャーが会話するなんて珍しいこともあるもんだねー。それは置いておいて私たち3人はどうやったら分離できるのかなー」
巫女様は少しだけ上を見てなにやら考え事をした後に指を鳴らしてウィンダを呼んだ。
「巫女様お呼びでしょうか?」
ウィンダはリンゴの木の後ろから現れた。この図書館の入り口は一つしかないのに不思議なものだ。
「ウィンダ、メトロノームを3つ用意して欲しいの」
「分かりました」
ウィンダは俺たちの前に立ち、俺のポーチを見つめた。俺はポーチを渡すと軽く頭を下げた。
そしてポーチに手をいれた。
「世界番号指定A:/dream_world.Treasure house.search_metronome3」
呪文のようなものを唱え終えるとウィンダは長方形の装置を床に並べた。
「これで準備は完了なの。ウィンダは戻っていいの」
「分かりました。では、作業に戻らせていただきます」
ウィンダは、俺たちにポーチを返してからリンゴの木の裏に回って姿を消した。
「これを使って分離させるの」
メトロノームは一定のリズムを刻む装置だ。本来の使い方をするとテンポをあわせる。別の言い方をするのならば、同調させるものだ。これは分離とは真逆の意味だ。
巫女様がわざわざ用意させた以上は意味のあるものだろう。
「今の状態だと分離できないから数分だけメトロノームの音を聞くの。アルスは一番遅いメトロノームの音を聞いて、アルカミクスチャーは一番早いメトロノームの音を聞いて、アリウムは中間速度のメトロノームの音を聞くの」
カチカチとメトロノームの音が聞こえる。3台同時に鳴らしているので音が紛らわしい。集中しないと聞き分けるのは難しい。
俺たちは30分程音を聞き続けた。