オネスティの呪いと祝福・下
もう、恋愛ものはごめんです。
即日投稿もごめんです。眠いなあ…
◇◇◇◇本編的なものPART2◇◇◇◇
人間関係に疎く気の合う友人に乏しい僕がクラスメイトに茶化されるなんてことはなく、何一つ変わらない平凡な授業風景を送ることとなった。授業中、席の近い帚木がしきりにこちらを気にして来たり僕が気にしてしまったりして何とも言えないギスギス感に苛まれることはあったのだけど。
下校時間となり靴を吐きかえる僕は無駄に疲れていて、人知れず重苦しい溜息をつく。授業の合間に考えたけれど、恋愛ごとに不得手な僕には自然体でいるのが正解のように思えた。しかし今更のように考えると、普段の信心深く爺臭い魅力値ゼロの僕の自然体であって、帚木がとても喜んでくれそうになかった。
今現在の心持のようにどんよりと曇る空を見上げる僕は、さらにもう一度重苦しい溜息をつくと校門の方へ歩いていく。そこにはしっかりと、帚木がスタンバイしていた。
「さ、さとし君、お疲れ様……」
「お疲れ様だな、帚木」
もじもじとカバンを抱く帚木に、僕はいつもの調子で答えてやる。しかし、それに俯きげだった帚木の顔がバッと上がった。少しだけ不機嫌そうだ。
「帚木じゃない。私は穂積、帚木穂積」
「それがどうした?」
「よ、呼ぶなら、下の名前で……ね?」
僕の一言に恥ずかしそうな顔に戻る帚木だが、小動物みたいに言われてしまっては僕も断れない。
『かわいいは正義』という、現実逃避と空想依存を発症させたオタクの暴論についつい同意してしまう。
漫画ならば鼻血を盛大に吹き出すような光景に、僕は仕方なく答えてあげた。
「わ、分かったよ、穂積。今日はどこに行こうか?」
「う、うん……///」
嬉しさのあまり破顔する帚木は僕の右手を取って街の中心部へと歩きはじめる。校門から出てくる他の生徒から来る視線が痛いが、僕は柳に風と受け流してむしろとられた手を握り返してやった。
時刻は四時を少し回ったくらいなので、まだまだあたりは明るい。二、三歩前をいく帚木は何一つしゃべらず沈黙が痛いので、仕方なく僕から会話を切り出すこととなった。
「ははk――穂積。昨日からなんか変だな」
「う、うん。そうでも、あるかも……」
会話、即終了。僕が振った内容も内容だが、帚木も帚木だった。お互い何を話せばいいかまるで見当がつかず、かえって気まずくなった空気で何かを切り出そうとは思えない。
答えてくれるのは、つないだ手で交換し合うお互いの温もりのみ。仕方ない、とばかりにその手をほどいた僕は、反対の車道側に回って反対の手をそっと取ってあげた。
歩幅も合わせて恋人のように見えるであろう僕と帚木に、帚木は恥ずかしそうに自分を抱いている。仕方なしと割り切る僕にとっては些細なことにしかならないのだけど、帚木がそっと自分の指を絡めて来たりして少しだけどぎまぎしていた。
心臓の仕事量が増えているが、別に関係ない。
会話もないまま空っ風に吹かれる僕たちは、この街に一つしかないスクランブル交差点へさしかかる。息が白くなるのを静かに見守っていた帚木は、はっとすると青に変わったばかりの横断歩道を僕の手を引いて歩き始めた。
「帚木、どこ行くんだ?」
「穂積って呼んでって言ったじゃない」
「帚木であることは変わらないだろ」
「穂積、それ以外は認めない。ホズミンでも可」
「なんだよ、その栄養ドリンクじみたあだ名は……」
「と、とにかく私は穂積……さとっしーって呼んだらかわいい?」
「……分かったよ、穂積。それと、僕の声は高くないし飛んだり跳ねたりもできないからそのあだ名だけはやめてくれ」
ようやく弾んだ会話に僕はほっと気分を落ち着かせる。気が気でなかったのはお互い様だったらしく、ホズミンこと穂積も楽しそうに笑っている。失言に落ち込んだり笑ったりと感情表現の忙しい穂積に、僕は静かに笑ってあげた。
穂積もどこか楽になった顔で僕の腕をとる。一応はある胸に押し上げられた衣服が温かく柔らかく密着する中、目の前には見慣れた娯楽施設があった。
最近見かけなくなった、個人経営のゲームセンター。娯楽の少ない田舎だからこそ可能な経営方法を僕が生まれる前から続ける老舗に、僕は何の特別感も抱くことができなかった。
「ほ、穂積、いいところってここか?」
「うん。2人で来たことないでしょ」
言われてみれば、そうかもしれない。しかし、女子と2人きりで慣れないゲームをするというのは楽しいのだろうか?むしろプレッシャーやなんかで疲れる気もするが。
僕はともかくとしても穂積はそうでないらしく、楽しそうに笑っている。いつの間にか近くなる互いの距離を意識しつつ自動ドアをくぐると、一気に音があふれてくる。いくつもおかれた機械の中からレースゲームを選んだ穂積は、ねえ、と僕の腕を引いた。
「さ、さとし君、あのレースゲーム得意だったよね」
「うん? まあそうだな」
「ちょっとやってみない? テレビゲーム版得意だったし、格闘ゲームよりはいいでしょ」
「そうだな」
相変わらず会話の下手な僕に、穂積はぱあっと明るい笑顔を浮かべてくれる。本当にかわいい、美人顔がしっかりと生かされた結果がこれとは、穂積はこれまでの人生を棒に振っていたのだろうな。
「決まりね!」とはしゃぐ穂積にひかれるままモニターの前に座る僕に、穂積は固い座席越しにもたれかかった。
「んふふ、さとしってば何そっぽ向いてるのよ。かわいい」
「何がかわいいだ。さっきまでのおしとやかさはどこ行ったんだ」
「いいの、もういろいろ吹っ切れちゃった」
しみじみと言っている穂積に僕は何も言わずコインを一枚入れる。モニターがスタート画面から選択画面に切り替わったので、僕は以前やってみたように好みの選択をした。車体は重量級、操作方法はマニュアルといったかんじに。
即決した僕を、穂積は憧れにも似た目で見ていた。そんな穂積に僕は静かに笑いかけることしかできない。味気ない僕の笑顔に嬉しそうにしてくれる穂積は、僕の膝の間にちょこんと座ってきた。
「ズミさんや、そこだとよく見えないんですけど」
「私を天気予報士みたいに言わないで」
穂積は、恥ずかしいのかくねくねと体を悶えさせていた。
「ずっと立ってるのも疲れるじゃない。いいでしょ?」
「う、うん」
顔を赤くしながら上目遣いの穂積に、僕はついついOKを出してしまった。ふわりと女の子な香りが鼻孔をくすぐる中、僕は仕方なくアクセルを踏んでレースを開始させるが何かを操作するたびに穂積を抱きしめるような形になってしまう。柔らかい抱き心地にどぎまぎとする僕に、穂積はそっと体を預けてくる。温もりとシャンプーのいい香りが直接感じることとなる僕は、何とか平然に努めるがどうしても体が前へ傾いてしまう。
比較的大柄な僕の体にすっぽりと収まる穂積の小柄さもさることながら、その大胆さに僕はどぎまぎするほかなく、ハンドルを片手で握りながら空いた手を穂積に回した。腕の中に納まってしまう穂積はそっとその腕を両手で握る。恋人のような状況に僕の胸はエイトビートを刻んで、小さくとだが穂積の胸も鼓動を速めているのが伝わってきた。
「んふふ、嬉しい」
「そう、か」
「そうよ、さとし君温かい」
苛烈を極めたレースに辛勝した僕に、穂積の笑顔は眩しく見えた。ついつい追加のコインを投入してしまう。今度は変に籠った力を抜いて、穂積にそっと体を預けてみる。少しだけ心配だったが、穂積はしっかりと受け止めてくれて、僕は穂積を抱く腕にそっと力を込めた。
見事レースで優勝して見せた僕に、穂積は猫のようにすりよってくる。ドキがムネムネして止まらない僕は、追加のコインを投入せずにそっと穂積を抱いたままだ。
「ね、ねえさとし君」
「な、なんだ? 穂積」
「うちに、さ。ケーキが、さ。多めにあるんだよね」
「う、うん」
僕の大して鍛えていない胸板に自身を擦り付ける穂積のアプローチに、僕は静かに答えるしか出来ない。
「久しぶりに、遊んでいかない? ケーキ、食べてもらいたいし」
そんな甘い一言にも、僕は生返事を一つだけ返すのだった。
◇◇◇◇クライマックス?◇◇◇◇
僕と穂積は、手を繋いで静かに歩いている。
どこか期待した穂積に対し、僕は少し困惑していた。穂積との関係をどこまで掘り下げるのか、という目安をまるで決めていないからだ。
穂積に肉体関係まで迫っては、不快に思われるかもしれない。キスはいいのだろうか?
そんな情けないことばかりが頭を巡っている。穂積は、そんな僕にぎゅっと密着してきた。
「ぉわっ! ど、どうした、穂積」
「ねえ、さとし君」
「ああ、だからどうした。穂積」
「さとし君は、私をどう思ってるの?」
それは、答えに困る問いだった。
恋人未満友達以上?
幼馴染み?
気になる女の子?
どれも曖昧だ。友達以上恋人未満と言うのが、この場合の最適項だろう。
そんな答えで、穂積は納得するか?
僕には、素直に大好きという他無いように思えた。
「穂積は、僕のことどう思ってるんだ?」
だからこそ、僕はおうむ返しに質問に質問を重ねた。僕の答えは出来ているというのに。
その言葉がいらぬ不安を生むと知っていたのに。
「ぅう……ぐすっ」
「……穂積?」
気付けば穂積は、ホロホロと涙を流していた。
僕にひしと抱きついて、コートの裾を濡らして。
自身の痛みを吐き出すように……。
「ごめん、ごめんね。すぐに、収まるから。私は、大丈夫だから」
遠回りに帰っていたのが仇となった。今は公園のど真ん中でバックには大きな噴水が腰を下ろしている。ベンチもないそこでは、少し落ち着くことも出来ない。
罪悪感と何かの衝動に、僕は身を任せた。
「……大丈夫じゃ、ないだろ」
「……さ、さとし君?」
僕は、穂積を胸一杯に力強く抱き締めていた。持っていたカバンが足元に転がるのが音で分かる。
呆然と立ちすくむ穂積を、僕は全身で感じていた。
「僕の気持ちは、きっと穂積と一緒だよ。穂積は、僕をどう思っているんだ?」
「もう……バカぁ、ずっと好きに決まってるじゃないのぉ……昔から、ずっとずっと、大好きだったわよぉ」
その言葉に、僕は安心感に包まれた。
彼女は、穂積は、僕と同じ気持ちでいてくれたのだ。
穂積も、胸のつかえが取れたように綺麗な顔で笑っている。
僕と穂積の唇が触れ合うのに、そう時間はかからなかった。
その瞬間、夕方5時を告げる鐘が場を彩る。僕と穂積は、ぎゅっと体を寄せあう。
12月24日午後5時。僕と穂積は結ばれた。
◇◇◇◇プロローグ的なもの◇◇◇◇
翌朝目が覚めると、帚木、いや、穂積の部屋。荒れた部屋をさらに荒らし、お互いの貞操まで荒らした僕と穂積は裸で抱き合っていた。
まさか、高校卒業を待たずして大人になれるとは思いもしなかったよ。
僕の横で寝息をたてている穂積は、昨日のうちに起こったことを全て教えてくれた。
まず僕のことは、小学校に上がった辺りから本格的に好きだと認識したそうだ。僕は小学校高学年からだから、それ以前から僕を意識していたということになる。
それも結局言い出せず、一昨日祠に祈ってみたところ、目が覚めたら嘘が言えなくなっていた。
得意の悪態がつけなくなったのだ。
本人はかなり焦ったらしい。
しかし、穂積は割りきった。破れかぶれというべきか?
どっち道嫌われそうなら、いっそのこと当たってみようと思ったそうだ。
それが昨日のアプローチだという。
正直、もっと落ち着いた心持ちであった僕と比べるべくもない決断だ。突っ込みどころ満載だが、今は僕と穂積の家族になんと言うべきか考えなくてはいけない。
さらりとさわり心地のいい黒髪と女の子な香り、抱き心地を全身で堪能する僕は、目を覚ました穂積と再び愛を確かめ合った。