その謀に底は無く
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左翼が中央に向かって駆け寄っていく。
『中国大返し』の効果時間内であるので、鈍重な槍兵まで素早く進行していく。
元々機動力に優れた騎馬隊は全速力で走り去っていき、影も形も見えない。
佐野が率いているので暴走することは無いだろう。
中央で戦闘が行われていた場所に近づくと、地面に戦闘の痕跡が残されていた。
ゲームなので死体が転がっているわけでは無い。
罠の効果と思われる地面の焦げ跡で判断がついた。
スタミナ回復の為に、その辺で休憩していたプレイヤを捕まえて戦況を聞く。
吉川元春が倒れた事により『三矢訓』の効果は消えた。
さらに「右翼の主将」撃破の効果で、中央も士気低下が波及。
その混乱に乗じて押し込み、なんとか彼我の戦力差を五分五分にまで持ち直したらしい。
彼が言うには、毛利元就はかなり前線にまで出てきているそうだ。
その周囲には毛利十八将の半ばが堅陣を敷き、秀吉勢の波状攻撃を蹴散らしている。
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戦場を右往左往し、ようやく彼に聞いた主戦場にたどり着いた。
望遠鏡を眼にあてると、遥か彼方に騎乗の毛利元就が見えた。
老齢のせいか軽装の鎧を身にまとい、兜を被って面覆いを降ろしている。
面覆いの隙間から見える目つきは、親子であるせいか小早川隆景と似ている。
彼の周囲では、「罠」や「策」の発動エフェクトが飛び交い、秀吉配下の兵士が右往左往する。
「どうするかなぁ」
「かなり乱戦になっているぞな。一度体勢を立て直した方がいいぞぉ」
三毛村さんがアドバイスしてくれる。
『中国大返し』の移動力増加は、元々の移動力基準での割増しになるので兵種ごとの移動力差がさらに開いてしまい、左翼の各部隊はばらばらになっている。
前方に布陣していた毛利の部隊が、こちらに気がついて距離を詰めてきた。
手元に居る直営の本陣部隊は、兵士3000を信康、岩斎が指揮している。
馬回りを兼ねる信康が兵士たちに指示を出し、敵兵を迎え撃つ陣形を整えた。
その指揮ぶりを見ながら、三毛村さんに指示を出す。
「三毛村さん、周辺の部隊に集合命令を出してくれ」
「わかったぞな」
三毛村さんが俺から離れて絡兵を呼び、各部隊へ指令を伝達する。
その瞬間。寄せてくる敵集団の下級将校と眼があった。
軍装はありふれた古ぼけた胴丸に、口元を覆う茶色く汚れた手ぬぐい。
何処にでもいる小部隊長の装いだが、その眼光の強さは凡人では無い。
反応するよりも速く、彼の眼光が俺を貫いた。
【毛利元就の『惑乱』が発動】
【一時的に行動不能となります。時間経過で回復しますので、落ち着いて行動してください】
システムメッセージで、超上級スキルが発動され身体の自由を奪われた事が流れる。
(行動不能なのに、行動してくれは無いだろ)と突っ込みを入れつつ回復時間を確認すると、行動不能は10分間。
周囲を見聞きすることは出来るが、指一本動かせず、声も出せない。
軍師の三毛村さんが、俺の元を離れる瞬間を的確に狙ってきやがった。
(ま、まずい……)
視線の先で、下級将校の身なりをした毛利元就が近くの部隊長に何かを囁く。
すると、部隊長は自身が先頭となって、兵士を一斉に突撃させた。
信康が引いた陣形を抜けて、数人の兵士が俺のもとに駈け寄ってくる。
俺の武力は40を超える。
20に満たない一般兵の数人程度、問題なく対処できる。
だが、行動不能の今は、子供相手でも倒される。
攻撃される事は怖くない。
「痛み」も、エグい表現も制限されている。
それに、致命傷を受けてもプレイヤは死なない。自領に強制退場されるだけ。
ポカリとやられて、気が付いたらセーブポイント と同じ感覚。
だが、ここは戦場。
左翼の主将(俺)が討ちとられれば、羽柴勢全体に士気の減少が発生する。
(迂闊だった!)と心の中で絶叫する。
俺の前に敵兵が駈け寄り、錆びた槍を突き出してきた。
「お館!」
三毛村さんがモブ兵士の刃の下に割って入る。
モブ兵士の穂先で三毛村さんのわき腹が抉られ、赤いエフェクトが迸る。
逸れた穂先が鞍に当たって、馬がモブ兵士から距離を取った。
三毛村さんの叫びを聞いた信康が駆け付け、敵兵を一蹴する。
彼は俺の肩を掴んで身体を揺さぶる。
だが、『惑乱』下にある俺は反応できない。
信康の背後から、大声で名乗りを上げながら部隊長が突っ込んで来るのが見える。
「お館!ここはいっとき後退をっ!」
俺の乗る馬の尻を叩くため、信康が手に持った槍を振り上げる。
彼方からこちらを見る毛利元就の目元が、笑み崩れたように見えた。
吉川元春は俺の前から後退を行い、仕掛けられた罠にはまった。
あのとき、俺は笑っていただろうか……
(罠だ、やめろ信康!)
俺の思いは声にならず、信康は槍の石突で馬の尻を叩く。
馬は俺を乗せたまま後方に向かって走り出した。
行動不能であっても、受動的スキルは働く。
『逃げ足』スキルが前方の危険を察知し、毒々しい赤い矢印を表示する。
罠に向かって、身動きの取れない俺を乗せたまま馬は走っていく。




