反撃
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毛利家の固有スキル『三矢訓』は、最も研究されている固有スキルである。
再使用期間が3日と短い上に、頻繁に使用されているからだ。
スキル保持者は、毛利元就、毛利輝元、吉川元春、小早川隆景の4名。
彼らに加え、二宮、穂井田ら毛利血筋の武将が効果の弱い劣化版を所持しているらしい。
このスキルの特徴的な点は、同戦場のスキル保持人数によって「攻撃・防御力増」が大きくなることだ。
スキル所持者全員が揃うと、兵士の能力が一気に3倍まで跳ね上がるらしい。
デメリットとしては、その戦場の全員が揃ってスキル発動済みになる事。
そして、発動者が斃れると他のスキル保持者の状態に関わらず、スキル効果が解除されてしまう。
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ダメ押しに使われるかと思われた『三矢訓』は、小一時間を過ぎても発動されず。
兵数ではこちらが優位にあるが、『戦場掌握』の影響で徐々に押されていた。
こちらの切り札、羽柴家固有スキルの『中国大返し』は機動力を上げる。
その結果、兵を迅速に移動させ、一点に集中攻撃させる事が出来る。
それを利用し、『三矢訓』発動者に向けての奇襲と特攻が予定されている。
『三矢訓』で3倍に強化された兵を速度で圧倒し、スキル発動者撃破を狙う。
しかし、この戦術は毛利にスキルを発動してもらわないと集中点が決められない。
適当に突撃しても、見切られ別の武将にスキルを発動されれば後手を取る。
それを理解してであるのか、毛利元就が使ってきた戦法は、
孫子にある「常山の蛇」。
頭を撃てば尻尾に襲われ、胴体を撃てば頭と尻尾に襲われる。
こちらからは手が出せない。
じりじりと時間が過ぎていく中、吉川発見の急報が俺の元に入った。
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現場に急行し、小高い丘の上に登ると眼下に吉川元春の馬印がみえる。
栗毛の馬に跨り、周囲に馬廻り衆(親衛隊)を従え、戦場をゆうゆうと闊歩していた。
彼は俺に気がつくと、大音声で話しかけてくる。
「前にも言ったと思うが、俺は降伏を受ける気は無い。
弟に言うんだな、言えたらだけどな」
自信ありげに高笑いをする。
その言葉に、俺は冷笑で答える。
「月山富田城はとっくに落としたぞ。臆病者が逃げ出してくれたおかげで、な」
元春の顔が怒りで赤みを帯びてくる。
「くっ、ここで勝って取り返すだけだ!」
俺は無言で、懐から例のモノを取り出す。
赤くなった元春の顔が、今度は徐々に青ざめていった。
「また例の誤魔化しであろう。同じ手には二度とひっかかるものか!」
さすがに学習能力はあるらしい。
「寺の本尊に隠すとは考えたな。だが、甘い!」
「なっ、まさか貴様、仏像に手を出したのか!言語道断な罰当たりめ」
(いや、お前の方が罰当たりだろ)と突っ込みたい気持ちを押さえ、フィギュアを戦場にばら撒く。
ばら撒かれたフィギュアは、兵士や馬に踏まれ、首が取れたり腕が取れたりと壊れていく。
その光景を横目に、俺はスキル『挑発』を発動させた。
俺の魅力(120弱)が吉川元春の知力(80超)を打ち破り、彼から冷静さを奪う。
「吉川元春。お前はどう頑張っても俺には勝てない!皆の笑いものになれ!」
瞬間、吉川元春から表情が消える。
そして、血の気の引いた顔に激しい狂気が現れた。
彼は戦場全体に響くような大声で叫ぶ。
「佐久間ぁ!お前は絶対に倒してやる。全力をもって突撃せよ『三矢訓』!」
吉川元春の叫びによって、戦場の毛利軍がスキルエフェクトに染まる。
今度の色は間違いなく『三矢訓』の紫。
スキルの強制連鎖効果によって、他の『三矢訓』スキル保持者も強制的にスキル発動し、薄い紫だったエフェクト色が徐々に濃い紫色に変わっていく。
『三矢訓』のスキル効果は、兵士の攻撃力と防御力の上昇。
幸い、プレイヤを含め、武将たちはスキル効果の対象外だが、兵士の能力が跳ね上がる。
周囲に散らばる毛利方の兵士の目の色が変わっていく。
吉川元春が抜刀し、部隊の先頭に立って突撃を始めた。
だが、羽柴方も負けてはいない。
『三矢訓』に合わせて、秀吉の本家『中国大返し』が発動する。
戦場の空気が、またもや変化した。
移動力上昇を意味する緑のエフェクトが羽柴方兵士を包む。
増加した移動力を生かして、長居の部隊が馳せ参じてきた。
突然あらわれた長居の巨体に阻まれ、吉川元春の突撃が阻まれる。
しかし、波のように押し寄せる毛利方の兵士が恐れ気も無く長居に取りつく。
速度で勝る俺たちは左翼全ての兵力を集合させ、吉川元春ただ一人に殺到させる。
だが、激流のような突撃を、毛利方の兵士が盾となり波状攻撃を受け止める。
増加した戦闘力で奮戦する毛利兵と、移動力で雲霞のごとく集まってくる味方兵。
その勢いは拮抗している。
俺の身にも敵兵が迫るが、馬廻りの信康と護衛役の岩斎が撃破していく。
この場にぽえるも現れ、三毛村さんや相馬と共に「策」や「罠」で戦闘を始め、
俺も『勧誘』『威圧』など、あらゆるスキルをフル稼働させ戦線を支えていく。
毛利方の『松下村塾』のプレイヤも何処からか現れ、激戦の中に飛び込んで『尼子復興協会』のメンバと切り結ぶ。
「激昂」状態の吉川元春は、彼を諌める配下や『松下村塾』の坂田の言葉に耳を貸さず、ただひたすら俺に向かって突撃を試みる。
佐野が率いる騎馬隊が、巧みに突撃を食い止める。
戦闘の中心にいるのは、吉川元春。
ギラギラと眩しく光る槍の穂先が、台風ののように彼の周囲を荒れ狂う。
元春は俺の姿を探して荒れ狂い、兵士たちに陣形を組ませる余裕を与えない。
毛利方は暴走に引きずられる形で特攻し、かえでさんが鍛え上げた槍兵の穂先の餌食となる。
もし、ゲームの仮想世界で無かったら「血で川が出来る」という事態になっていたであろう。
激戦の度合いが徐々に高まっていく。
しかし、その混乱は唐突に収まった。
坂田の何度目かの『鎮静』によって、吉川元春の激昂状態は解けた。
毛利方の兵士やプレイヤは、多大な犠牲を出しながらも吉川元春を守りきり、依然として『三矢訓』の効果は続いている。
元春は、戦場の光景を一回り見渡してから、にやりと笑い指示を出す。
毛利方の兵士がきびきびとした動きで陣形を構築し、こちらの前進を遮断する。
その肉盾の向こうで、吉川元春は馬廻り衆を連れ、後方に後退していった。
しばらく移動してから、彼はくるりと振り向き、大声で叫ぶ。
「良く戦ったぞ、佐久間」
戦闘の合間を抜けて、彼の自信に満ちた声が聞こえる。
「この戦場は、我々の勝ちだ。
お前さえ良ければ、配下として取り立てて」
そこまで言ったとき、彼は落馬して地面に落ちた。
取り囲む馬廻りもばたばたと落馬していく。
一呼吸遅れ、呪われた弾丸の悲鳴のような銃声が聞こえてきた。
近くの森から一団の兵士が駆けだし、落馬した吉川元春の身柄を拘束した。
それを機に、毛利方の『三矢訓』エフェクトの光が消えていく。
「敵将 吉川元春、討ち取ったりぃぃ!」
孫一の誇らしげな声が聞こえる。
一翼を率いる武将撃破の効果によって、毛利方の士気低下が発生した。
眼前の毛利兵たちが逃げ去っていく。
「このまま、毛利元就の本陣へと突っ込むぞ!」
「「「おう!」」」
俺の下知で、左翼は残った部隊を一蹴し、翼を折りたたむように中央に向かって進む。
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『中国大返し』の発動にあわせ、孫一の部隊を戦線から「消した」。
彼らは脱落した体で前線から一旦離れ、上昇した移動力で戦場を回り込み、正気に戻った吉川元春が通るであろう路に伏兵として潜んだ。
予め、狩人上がりの六郎と忍者の健太郎をこの地に派遣し、地形やけもの道を調べ上げておいた結果だ。
これで、『謀神』元就に手が届く!




