騙し騙され敵味方
その日のうちに、山裾での戦闘にはケリがついた。
攻撃部隊は兵数の違いで守備部隊を押し切り、三の丸にまで撤退させることに成功している。
予想通り、奇襲部隊への備えがおろそかになっていたので、赤影さんの奇襲によってバランスが崩れた。
正面口、搦め手口ともに攻め手は門を突破、三の丸への攻撃準備に取り掛かっている。
ここから先は、狭い山裾に構築された三の丸に兵士が固まっている。
大部隊を展開することが難しく、部隊を交換しながら、向こうの疲労待ち。
夜間に入っているが、尼子家の諸将は「土地勘」があるため、引き続き攻め立てている。
土地勘の無い我々は、視界の利かない夜間に戦闘を行うと同志うちの危険があるので、尼子勢のお言葉に甘えて、夜間は見張りを立てて休憩時間とした。
■
次の日、夜に鉄砲隊が夜襲を受けた事が孫一からの報告で上がってきた。
孫一は鉄砲大将として、鉄砲兵に「身体づくり」から始めている。
その教えは「火縄が無いなら、拳で殴れ」。
夜襲部隊は戦闘準備が整っていない鉄砲衆となめて襲いかかってきたらしいが、殴りかかってきたので驚いたに違いない。
「大将、敵の武将を捕えましたぜ」
孫一が、まだ若い敵将をぶら下げて本陣に引き出してきた。
「ボーナス弾んでくれると嬉しいぜ」
そう言って孫一はウィンクをしながら親指を立てる。
引き出された敵将は、まだ10代半ばに見える。
万を超える兵力に対して寡兵で奇襲をする度胸から見て、名のある奴に違いない。
俺は、その若い武将に向き直って尋問を始めた。
「名前は?」
「吉川経信」
wikipediaで調べると、後に広家と改名する吉川元春の三男。
※以降、記述は広家で統一※
史実では、兄の元長が死んだ後に吉川家を相続する。
「何で城の外に居た?」
「奇襲をするためさ!」
彼は鼻息荒く反論する。
だが、俺の勘がギンギンに「嘘だ」と伝えてくる。
さっき見たwikipediaにも「うつけ」と書かれていたし。
「で、ホントのところは?」
「ちょっと城を抜け出して遊んでたら、いつの間にかドンパチやっててな~」
けろりとした顔で悪びれずに答える。
「だから、手下集めて奇襲してみた」
「わははは。お前、なかなか度胸があるぜ」
横で聞いていた孫一が、彼の言葉を聞いて力いっぱい背中をどつく。
「負けちゃしょうが無いけどなぁ、煮るなり焼くなり好きにしろや」
彼は胡坐をかいたまま、ぽりぽりと頭を掻き始める。
「じゃ解放するから、親父に『首洗って待ってろ』って伝えてくれ」
彼はきょとんとした顔で俺を見る。
「え、いいの?」
「いいよ。全戦全勝だから怖くねーし」
「あ~、親父が聞いたら真っ赤になって怒るなぁ。俺まで怒られるわ~」
広家はげらげらと笑いながら立ち上がる。
「じゃ、伝えてくるから、馬と飯ちょうだい」
「馬?吉川殿は月山富田城に居るのではないのか?目と鼻の先だろう」
傍らで待機していた松平信康が怪訝そうな顔で問いかける。
その言葉を聞いた広家は、にやにやと笑い始めた。
「親父は爺ちゃんに呼び出されて、吉田郡山城に行ったぜぇ」
ふふんと鼻を鳴らして言葉を続ける。
「親父に用事があるのなら、ご苦労さんってこった」
「こっちへ来い、腹が減ってるなら湯漬けでも食わせてやる」
信康が機転を利かせて、彼を陣幕から外に出す。
「おぉっ『ぶぶ漬けどないどす?』ってやつか!?
兄ちゃん、田舎モノっぽいけど実は京の人?」
「いや、そんなつもりで言ったのでは無いのだが……」
緊張感の無い会話が遠ざかって行った。
■
小高い丘の上で、佐野やぽえる等の連合メンバ5人だけでこっそりと緊急会議を開いた。
「吉川元春は城に居ない。元就が事前に呼び出したらしい」
「となると、城はもぬけの空ですか……」
御神楽が腕組みをする。
「ま、良いじゃないか。どうせ毛利との決戦は予定通りなんだろ?」
「そうですね。これで、毛利家は一族揃って決戦に出てくるでしょう」
佐野の言葉に、ぽえるが同意する。
そして、みんなが俺の方を見た。
俺は、ひとつ呼吸をしてから宣言する。
「第一段階、電撃作戦を失敗すること は無事クリアした」
にやりと笑みがこぼれる。
「お疲れさん、リーダー」
「リーダーは大変ですね。味方も騙さなければならないのですし」
「肩がこるだろ?」
みんなが笑いだす。
赤影さんが、笑いながら俺の肩を揉む真似をした。
吉川元春の武断的な性格上、城を枕に討死もありうる。
そして、主将がその覚悟である限り、配下の士気も上がる。
そんな「死兵」と戦ったところでこちらの犠牲も多くなるし、落城までに時間がかかる。
おまけに、この勝ち方だと一番手柄は『中国大返し』を使った羽柴秀長になり、せっかく落とした城を取り上げられる可能性が高い。
秀吉か官兵衛か、いずれにせよ、えげつない戦略を考え出したものだと感心する。
■
気が付いたのは、ぽえるとの雑談の中だった。
ゲームでは、プレイヤとAIが動かす著名人との間には「コネ」が結べる。
「コネ」は、相手方がこちらに(個人的)好意を持ってくれた場合に発生する。
勢力間での同盟や友好関係と違って、部隊を派遣してくれるような事は無いが、
「コネ」持ちが条件となるクエストやスキル伝授もあるので、バカには出来ない。
コネの発生率は魅力値に依存し、格差(官位、支配地域の広さ)やAI武将本人の性格(人当たりの良さ)で補正が入る。
ちなみに、ネットの情報では上杉謙信等の孤高系武将には大きなマイナス補正があるらしい。
今回の一挙にあたって、俺とぽえるは秀長及び官兵衛と何度か会合を持った。
その帰り道、ぽえるが漏らした一言が俺にヒントをくれた。
「佐久間さん、黒田官兵衛のコネを持ってますよね?
彼のコネは兵法系の限界突破クエストの発生条件なのですけど、なかなか貰えないのですよ」
限界突破クエストとは、スキルを強化させるクエストである。
俺も自部隊のみを対象とする『鼓舞』を強化し、複数部隊を士気増加できる『激励』に変えている。
兵法系スキルは強化すると、効果対象やダメージが増加するらしい。
「彼の性格補正はマイナス寄りらしいから、官位上げないと難しいかもなぁ」
「うぅ……、今度、官位貰うの手伝ってくださいよぉ」
そんな無駄話をしている中で、秀長との間にコネが発生していない事に気が付いた。
秀吉&秀長兄弟は、性格がプラス補正寄り。コネを作りやすい部類に入る
秀長と俺は、同じ陣営にあって官位差もほとんど無い。
これだけ整った条件の魅力極で「コネ」が発生しない理由としては、
相手がこちらを「敵対」や「警戒」をしていて、人間関係がマイナスとなっている場合だ。
吉川元春や小早川隆景との間に「コネ」が取れないのと同じ理由である。
思い返してみると、今回の秀長や官兵衛の行動には怪しい部分があった。
秀長が俺たちに同道しているのも、見方を変えれば「監視」と言える。
それに、秀長、官兵衛と俺が密談をしているときに、都合よく荒小姓たちが通りかかる というのも怪しい。
そこで、俺たちは適度なタイミングで情報を漏らし、吉川元春だけを「釣り出す」事を試みた。
城兵が死兵になることを防げるし、「元春確保作戦の失敗」という印象を双方の陣営に植え付けることができる。
案の定、こちらの作戦失敗で慎重派の毛利元就でさえ、決戦に向けて動き始めた。
だが、このまま毛利に負けるのでは意味が無い。
打倒毛利に向けた「第二段階」の作戦は、既に俺たちの中で進行している。
「あとは城を落として、例のブツを見つけるだけか」
「いや、問題ない」
赤影さんに応え、俺はドヤ顔をしながら配下武将に合図をした。
すると、丘の麓からでっぷり太った男が登ってくる。
もじゃもじゃと生えた髪の毛で、その表情は読めない。
「紹介しよう。配下武将の青田九兵衛だ」
「前にどっかで見たことがないか?」
赤影さんが首をかしげる。
「彼の正体は、鬼が島イベントの青鬼です」
青鬼は前回の公式イベントで鷹目や波野とフィギュア製作勝負(?)をした生産系武将。
戦闘能力はからっきしではあるが、手先の器用さは折り紙つき。
得意技は「フィギュア製作」。
KIYOSU会議の後、うちの領地で行き倒れていたのを拾った。
青田は懐から例のブツを出して床几に並べていく。
半裸の萌え系フィギュアが山盛りになり、ぽえるや御神楽の目がドン引きし始めた。
「げへへ、月山の麓の巌倉寺に隠してありましたぜ。いい仕事してまんな」
「ご苦労だった」
この戦場に彼を連れてきた理由は、フィギュアの修理。
元春の秘蔵品が「隠し部屋」ごと燃えてしまった場合に備え、スタンバイさせていた。
だが、青鬼のフィギュア愛は俺の予想を超えて凄かった。
戦闘が始まるや否や、月山の麓にある変哲もない寺に突貫。
軽々と隠し場所を探し当ててしまった。
「フィギュアを隠すならフィギュア(本尊)の中。吉川はん、やるもんですわ~」
罰当たりな隠し場所だと思うが、結果オーライである。
「これで、吉川元春は俺たちの手の上だ」
くくく、と意識せず悪役笑いが漏れる。
「じゃ、もう城攻めしなくてもいいですかね」
「長居に撤退準備を始めさせます。尼子さんには悪いですけど」
さばさばした表情で、ぽえると御神楽が手配に入る。
「ま、本城が手に入るんだし、あとは尼子さんに頑張ってもらお」
予め、こちらはこちらの都合で進退することは尼子さんたちに伝えてあり、
引き続き攻めるか退くかは、自己責任でお願いしている。
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本陣に戻ると、羽柴秀長がしかめ面をして俺を待っていた。
「佐久間殿、吉川元春が城内に居ないらしい という話を雑兵から聞いた」
「どうも、我々は毛利元就に踊らされたらしいですな……」
ショックを受けたふりをしてうな垂れる。
「さすがは『謀神』。佐久間殿も一本取られた形だな」
「申し訳ありません」
ふと秀長の顔を見ると、心なしか眉間のしわが浅くなったような気がする。
人をだますのが苦手な性格に違いない。
「では、一刻も速く南下し、本隊と合流するとしよう」
「はい、そうしましょう!」
俺は「予定通り」周辺部隊に移動を指示する。
尼子家と『尼子復興協会』は内部での相談の結果、月山に残って攻城を続けることになった。
こちらとしては、殿を務めてくれるようなものなのでありがたい。
俺たちは互いの健闘を祈りつつ、決戦場に向けてその場を離れた。




