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開戦

高田城城下に、数万の兵士が集う。

うちの連合の兵力に加え、尼子家配下の兵も集結している。

連合員や主だった武将達は、城壁の上から兵士たちを見降ろす。

武将の中には、羽柴秀長の姿もある。


「良いのだな?佐久間殿」

羽柴秀長が俺に最終確認をする。

背後を振り向いて、連合のみんなの顔を見ると、佐野を始めに皆が頷く。

ついでに、手伝いに来た尼子萌え連合『尼子復興協会』のプレイヤさんたちも頷く。

「あぁ。頼む」

俺の返答を受け、秀長が兵士たちに向き直る。

そして、暫しの精神集中の後、大音声で兵士たちに向かって叫んだ。

「途中の支城や砦は無視せよ。わき目も振らずに駆け抜けよ『中国大返し』!」

スキルの発動と共に、兵士たちの周囲に緑の光の粒がまとわりついていく。

ステータス画面で見える変化では「超加速」という状態。


発動されたのは、羽柴家固有スキル『中国大返し』だ。

現状、羽柴秀吉と秀長兄弟のみが使える超レアスキル。

このスキルは、軍隊の移動速度を倍増させる。

効果が強烈なぶん、再使用期間が長い。



長居が「踏みつぶした」陣山の砦を横目に、兵士たちは異常な速度で行軍を始めた。

目的地は、吉川元春の本拠地、月山富田城。

高田城からの直線距離にしておおよそ60-70km。

秀長の『中国大返し』のぎりぎり範囲内であり、この距離をゲーム内時間の数十時間で駆け抜ける。

赤影さんの率いる忍者部隊は事前に前方展開を終えており、情報伝達の早馬撃破に就いている。

敵さんがこちらの動きに気がつくのが遅れれば遅れるほど、今回の作戦の成功率は上がる。


「さて、後は秀吉の方だな」

俺は姫路城のある南方の空を見上げた。




■時は遡って国府山城■


「わかった…… とか言っても、あとでどうせ痛い目を見るのだろ?」

「いいえ、少しは良い目もミレマスヨ?」

黒田官兵衛が素直に答えてくれる。


掲示板などで断片的に入ってくる情報によると、お市さまは中央集権国家を狙っているらしく、

武将たちの領地を削減させる方針を持っているそうだ。

あら捜しをしては所領を没収する在り方に、周辺からも不満が上がっている。



「結局のところ、秀勝君の山城国もお市さまの息のかかった家老が送られてきて、

乗っ取られたのです」

苦々しげに秀長が言う。

「義姉と甥を毛利に人質に出したとしても、そこから先の展望では、

見殺しにせざるを得ない場面が出てきます」

嫡男の猿千代が居なくなれば、養子の秀勝が秀吉の所領を継承させることになる。

お市さまは、そこまで考えて手を打っている可能性がある。

「でも、この場面では下手を打った所から各個撃破されるのがオチでは無いかな」

「でしょうね。それもあって、宿老の中で一番危険そうな殿に目を付けたかと思われます」

史実では江戸幕府も良くやった「国替え」に近い事をやろうとしているらしい。

「そこで、毛利と相性のいい佐久間殿に矢面に立っていただき、しばらく凌いでから、

ほとぼりが冷めるまで身を隠してもらおうかなと」

そう言いつつ、官兵衛は「南光坊天海」と書かれた札をそっと手渡してくる。

「こんな偽名でどうでしょう?戸籍?気にしないでください」

「いや、偽名どうでしょうと言われても……」

横でぽえるがくくくと笑っている。



「と言っても、秀吉には恩義もあるから、ひと肌脱ごう!

人質を出さずに毛利家と停戦協定を結ぶ。そうすれば良いかな」

「手土産も無く停戦協定などできますか?」

「できる。毛利と一戦して雌雄を決する」

俺は傍らのぽえるに説明を促す。

対毛利用に温めていた作戦がついに日の目を見る時が来た。

「ぽえる、作戦Cだ」

「電撃戦ですね!」

今までおさげを引っ張りながら推移を見守っていたぽえるが立ち上がり、作戦を説明する。



毛利家は、島津家のようなチート武将の集まりというわけではない。

その強さの秘訣は、特殊スキル『三矢訓』が現す、連携能力の高さにある。

必勝パターンは、毛利元就を中核として両川が左右からフォローをする形。

それをさせないために、電撃戦で彼らに連携される前に各個撃破を狙う。

ゲーム上、兵士は城下町と城内のどちらにでも配置できるが、城内に配置した場合、食糧の消費が発生する。

一方、城下町に兵を配置した場合、食糧の消費は無いが、城内に移動させるのに時間がかかる。

電撃作戦とは、相手の兵力が城に集結し、戦闘準備が整う前に攻め立てる。



「では、両川の何れかを人質として停戦協定を結ぶ腹か?」

「毛利元就のやり口から見ると、人質を取っても切り捨てる可能性がある。

だから、それはあくまで緒戦に過ぎない。最終的には毛利元就と決戦を行う」

策戦の概要としては、電撃戦で毛利の片翼をもいでおき、山陽道から西進した本隊と合流して決戦に持ち込む。

「だが、毛利元就が出てくるか?」

秀長が腕組みをする。

「出てこないのなら、城下まで蹂躙する。

そうすれば、毛利は負けたも同然。覇者の名は地に落ちる」

中国地方で、覇者は毛利でこちらは挑戦者と見られている。

そうであるが故に、こちらの挑戦にこたえなければ、毛利は覇者を続けられない。

「確かに、そうなればこれからの調略がしやすくなる。

ついでに港周りを落としておけば、摂津向けの水軍を鎮静化できる」

さすがに黒田官兵衛は今後の有岡攻略までを見据えている。

「緒戦がカギか。

ワシが佐久間殿の側に就こう。『中国大返し』を使う」

秀長が腕組みをしながら決断する。

「そうすれば、高田から月山富田まで2日とかからず奇襲が出来るだろう」

「あとは、秀吉を動かすのに何人か忠誠の高い武将を取りこみたいな」



そんなことを話していた時、ドカドカと足音高く数人の若い武将が入ってきた。

彼らは秀吉の荒小姓と呼ばれる、寧々さんに飯をたらふく食わせてもらった若者たち。

キャプチャー元モデルは、ジャニーズ系のユニット「漢衆」という第一次産業系集団。

筋骨隆々髭ぼうぼうのアニキたちだ。

「黒田殿、知恵を貸してくんさい!俺たちのおかん代わりの奥方サマがピンチだべよ」

(あ、今ピンチって言った)

史実では、賤ヶ岳で活躍するはずの彼らも、今はまだ「覚醒」前の青二才に過ぎない。

俺たちは得物を見つけた狼のように、顔を見合わせてにやりと笑った。

そして、俺は各種の魅力系スキルを発動させ、彼らの説得に入った……




高田城を出発した翌日、俺たちの軍勢は吉川元春の居城、月山富田城を取り囲んだ。

この地方は、尼子家の本領。

そこに頭領の孫が帰還したのだから影響は大きく、様子見に徹している国人衆も多い。

プレイヤ達も含め、大半の軍勢はこちらの速度に反応できておらず、城内には3000にも満たない兵士しか居ない。

さすがに数万が一度に城攻めを行うことは出来ないので、周囲に休憩所を兼ねた防御陣地を構築し、臨戦態勢を整えた。

その傍ら、挨拶代わりに攻城戦を開始する。


「うまくいったようだな」

赤い忍者装束の人が近寄ってくる。

「赤影さん、情報遮断、ありがとうございます」

「あぁ。走る馬は全部落としたからな。とばっちりもあったかもしれないが、結果オーライだろ」

心の中でとばっちりの人に謝っておく。


攻城戦は、「部隊」の単位で行動が行われる。

城ごとに1つ設定されている「正面口」と、複数存在する「搦め手口」が攻め口となる。

正面口は多くの攻城部隊を配置することができるが、櫓などの防衛施設が多く、激戦地になりやすい。

搦め手口の攻撃には1部隊しか配置できないが、こちらの防衛施設は手薄だ。

1部隊に配備できる兵士数は、率いる武将の能力値や官位によって上限値がある。

配置換えには移動時間がかかるので、どの武将をどの攻め口に配置するかのスタメン決定(初期配置)は、いつも悩む。

初期配置に入らなかったベンチ入り部隊は、城の包囲部隊として周辺警戒に当たることになる。

一方、守備側はこの反対で、正面口と搦め手口のそれぞれに守備部隊を配置する。

守備側の部隊配備数に上限は無い。

配置されなかった部隊は「遊撃部隊」として城内の警戒にあたる。


これらの攻め口以外にも、忍者部隊による「探索」や案内人を活用することで、新たな攻め口を発見することができる。

その攻め口からの攻撃は奇襲扱いとなり、遊撃部隊と奇襲部隊の間で戦闘が行われる。


正面口では、尼子家諸将と『尼子復興協会』プレイヤの士気が異常にもり上がっていた。

およそ50年前、尼子家の英雄、尼子経久(尼子勝久の曽祖父)のサクセスストーリーは、月山富田城を奇襲で落としたことに始まる。

「我々は帰ってきたぁ~っ!」

「おう!」

「故経久公の名にかけて、尼子家を復興するぞぉ」

「おぉぉぉ!」「ヒャッハァァ!」

彼らは、経久の偉業に自分たちをなぞらえ、「彼らの世界」に入りこんでいる。

その士気の高さが兵士にも伝わっているのか、彼らは猛烈な勢いで正面口の門に挑みかかる。

傍らの大矢倉から、散発的な射撃が行われているが、それをモノともせずに正門の破壊が進む。


搦め手では、御神楽配下の長居が丸太をぶん回して、ガンガンと門に叩きつけている。

別方向の搦め手の方角からは、ぽえるのが使用したと思われる『炮烙』の黒煙がもうもうと立ち上っている。

そして、赤影さんは配下の部隊を率いて奇襲攻撃の真っ最中。

今頃は何処かの山の中を進軍しているはずだ。


「佐野、何処が一番に落ちると思う?」

俺は傍らの佐野に話しかける。

騎馬隊をメイン部隊として率いる佐野は、攻城戦ではお休み。

彼は脳筋ぽく、全ての戦闘能力を騎馬隊の編成にかけている。

騎馬隊は攻撃力や機動力などに優れ、全体的に能力値は高いが、攻城戦に必要な「施設破壊」や「防御力」という能力は控え目。

それに、足を止めたところを狙い撃ちされるので攻城戦には向かない。

そのため、佐野の部隊は周辺警戒に当たっている。

この「周辺警戒」は意外とバカに出来ない。

周辺には『松下村塾』のような、毛利系プレイヤの領地が散在していることが予想される。

プレイヤの領地の入口は巧妙に隠されており、プレイヤ領地へと侵攻することは難しい。

だが、フリーエリアに兵士を進軍させるとき、プレイヤ領地の隠匿性が大きく下がり、発見しやすくなる。

今、周辺のプレイヤが兵士を出撃させると、かなりの高確率でその領地の在り処を知る事が出来る。

位置さえ解れば、攻撃することもできるわけで。

佐野の騎馬隊は、そういったプレイヤに対して迅速に反撃を行う重要な役割を担う。


そして、おまけにうちの部隊もやっぱり出番が無い。

なので、包囲網のために、防御柵の敷設と警戒を行っていた。

「う~ん、何処もいい感じで押してるけど、やっぱり長居の居る御神楽のとこじゃないかな。アイツの武力はハンパないぜ?」

さすがに、直接戦闘した人間の言う事は違う。

「ま、何処が最初に抜くにせよ、『中国大返し』で奇襲が決まった時点で勝ちは決まったな」


月山富田城は、山を利用した天然の山城。

正面から陥落した例はなく、毛利元就も攻めあぐねて謀略を使用して切り崩し工作を行った。

城攻めは兵力3倍と言うが、20倍近い兵力差がある。

守将の吉川元春は勇将であっても謀将ではないので、この差をひっくり返すことは難しいだろう。

腐れ縁のように、何度も出会った吉川元春の顔を思い浮かべる。

意思の強さを表す太い眉、ごん太の二の腕、勇将の名に恥じない漢だ。

「そういえば、佐野。配下を城の周りに展開してる時、吉川元春の姿を見たか?」

「ん?ん~ん、そういえば見てないな」

「ちょっと、みんなにコールして聞いてみるか」

以前に出会った吉川元春は、趣味はアレだが勇将であることは間違いない。

守備側であったとしても、戦場の後方に居ることは無いように思える。


まずは、『尼子復興協会』のリーダーさんにコールする。

彼のリアルは、出雲(島根県)の観光協会に勤める公務員さん。

リアルでも「尼子推し」で町おこしをする筋金入りのプレイヤだ。

「すみません、正面口で吉川元春は見かけませんでしたか?」

「いや、見なかった。でも、元長が指揮しているのは見かけたぞ」

「ありがとうございます」

吉川元長は、吉川元春の嫡男。


同じように、ぽえるにもコールをする。

「ぽえる、搦め手に吉川元春は居たか?」

「いいえ、見ていません。こっち、もう少しで門内に突入できそうです」

「そうか、よろしく頼むよ」

御神楽にコールしても、同じような答えが返ってきた。


「どうだった?」

「どこも吉川元春を見ていないってさ」

佐野は、山裾に聳える月山富田城を見上げる。

「もしかすると、この城に居ないのかもな……」




■吉田郡山城 ■

銀糸に縁どられた座布団に胡坐をかき、毛利元就が白い髭をしごく。

彼の眼前には、顔色を赤くした吉川元春がいらいらと座っている。

「父上、こうしているうちにも俺の城が!」

「お前の城?ワシの城だろう」

元春の顔が歪む。


元就からの呼び出しで、吉川元春は吉田郡山城まで単身駆けつけた。

弟の小早川隆景が織田家との間に停戦協定を進めているという噂が前々から流れていた。

吉川元春が「停戦反対」の意見を持って吉田郡山城に辿り着いた時、佐久間一党が進軍中であることを教えられた。

だが、彼は元就の命で居城に帰還することを許されず、軟禁状態にされていた。


足音と共に、小早川隆景が座敷に入ってくる。

「父上、猿めが山陽道を動いたようです。宇喜多も参戦している模様」

隆景は物見からの報告を毛利元就に告げる。

「隆景!貴様が、織田と停戦を結ぶなどと血迷いごとを抜かしたせいで!」

「話を持ちかけてきたのは向こうからです」

小早川隆景は顔を真っ赤にした兄とは裏腹に、表情を変えずに反論する。


兄弟げんかを無視するように、元就が立ち上がった。

「奴らめ、猿知恵で我らが『三矢訓』を凌げるとでも思ったか」

そう言って、ちらりと元春の方を眺める。

「久々に、覇者の力を見せてやるとするかのう」


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