嵐の前の平穏
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高田城城下町にある一向宗の寺院。
頑固な僧侶たちが籠る古びた寺に、俺は御神楽と交渉に赴いた。
この一向宗寺院は、2*2マスの広さがある。
プレイヤの城が1*1マスの平屋から始まることを考えれば、かなり広い施設である。
この寺院の所在地は、ずばり一等地である。
農業系施設に都合の良い平地のど真ん中に建っており、為政者からみれば邪魔でしょうがない。
交渉の目的は、彼らに対する移転依頼。
寺に着くと、仏堂には眉毛を釣り上げた坊主が何人も集まって腕組みをしていた。
その眉毛は、時計で現すと10時10分。
「こちらが城主の佐久間殿。私が城代の御神楽です」
無言の坊主たちに囲まれながら、御神楽が口を開く。
「さて、まずは手土産代わりに喜捨をさせて頂きます」
兵士たちが重そうな箱を持ってきて、真ん中に座る偉そうな坊主の前に置く。
箱を開くと、中には銀がびっしりと入っていた。
「ほほう。御仏への礼儀を心得ているじゃないか」
たちまち、坊主たちの相好が崩れ、眉毛時計の角度が変わってきた。
現在時刻は9時15分。
「おい、もっともってこい」
御神楽が兵士たちに合図をすると、箱が次々と運ばれ、居並ぶ坊主たち全員に行きわたる。
「うぉっほん。いや、新しい城主殿は物分りが良いな~」
「ささ、住職殿にはこれを」
俺は横に居る相馬を促し、「金」が載った三方を恭しく住職の前に置く。
坊主たちの眉毛時計は、8時20分を指した。
「ま、要件を聞こうかね」
すっかり相好を崩した住職が、揉み手をしながら信愛を込めて話しかけてきた。
現ナマではなく、御神楽の「政治」能力のおかげ と思いたい。
「この御坊、由緒ある歴史があるとか。
ですが、かなり痛みが激しいようにお見受けします」
御神楽が話し始めると、住職が乗ってきた。
「うむ。そろそろ寄進を募って新築にしようと思っていたところだ」
「では、ぜひ我々に新築させてください。
風光明媚な場所に新しく寺院を建立いたしましょう」
御神楽の提案に、住職が目を輝かせる。
「おぉ!そうして頂けるか。
だが、歴史ある阿弥陀如来像は持っていきたい」
背後の坊主たちから、鐘も鐘も といった声が聞こえる。
「鐘もお願いしたいな。あれは由緒ある梵鐘でね。
当寺建立の際に、人夫100人、いや確か1000人がかりで運搬したものだよ」
「承りました。梵鐘と阿弥陀仏を移築いたしましょう。
これで『交渉』成立ですね」
「あぁ。問題ない」
坊主は眼前で手を合わせ、承諾の意を表す。
『交渉』は政治系スキル。
魅力系スキル『脅迫』と同じように、交渉で決まったことに拘束力を発生させる。
『脅迫』と違って、団体さんに対して仕掛けることができるが、嘘や偽りを混ぜ込むことができない。
「では、さっそく鐘から搬出させていただきます。長居、鐘だ!」
「おうさ!」
御神楽の指示に応え、仏堂の外から長居のがなり声が聞える。
しばらくしてから、メキメキという木材のしなる音が聞こえてきた。
坊主たちがあわてて外に出ると、長居が鐘堂から梵鐘を取り出している。
その大きさから見て、1000人がかりは誇張であろうが、100人がかりという話は嘘ではないようだ。
だが、こちらには一騎当千の長居が居る。
長居は取り出した梵鐘を背中に括り付けると、のしのしと歩み去って行った。
「次は阿弥陀仏だ。丁重に運べよぉ」
俺の合図で、正装をした岩斎が阿弥陀仏に駆け寄り、一礼をしてから持ち上げる。
彼は「頭を冷やす」ために寺にぶち込まれた時代があったそうで、その辺の礼儀作法も押えている。
岩斎の筋肉が隆々と盛り上がり、阿弥陀仏を背負って歩きだす。
呆然としている坊主たちをしり目に、御神楽は彼らに新しい寺の場所を指示した。
それは、領地の端の方、伐採のままならない雑木林のそばにある。
突貫工事である程度の建築物は製造済み。
「風光明媚にて、修行がはかどるかと思われます。
では、家屋は一両日中に解体いたしますゆえ、引っ越しをお願いします」
坊主たちは、鐘と本尊の搬送に時間がかかると甘く見ていたのか、茫然自失となっている。
寺の心臓とも言うべき本尊と梵鐘は、この場には無い。
さすがに後味が悪いので、新築の寺には五重塔もおまけにつけている。
『交渉』が成り立っている以上、坊主たちが引っ越すのも時間の問題であろう。
彼らを尻目に、俺たちは次の目的地へと向かった。
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次に控えるのは、この地方に影響力を持つ国人集団「素野武一族」。
本当か嘘かはわからないが、彼らは平安後期に天皇が遊幸された際の落とし胤を自称している。
城下町には、主要街道沿いに彼ら一族の屋敷が建っており、通りすがりの商人や農民いじめに余念が無い。
頭領は代々少納言(従五位)を自称しており、現在の頭領は老齢の素野武道信。
髪も眉毛も真っ白で、白猿のような風貌をしている。
「ほほほ、成りあがり六位の内膳正ごときが、五位の少納言に何の用じゃ?」
自称のくせに、道信が上座から俺たちを見下す。
俺が何かを言う前に、御神楽が鋭い声を挙げた。
「控えおろう!勅命を報じて下向された、野々宮大納言の御前であるぞ」
俺たちの後ろから、舅の野々宮大納言が現れる。
野々宮家は清華家花山院の流れをくむ本物の殿上人。
家系、官位、全てが本物を前に、道信以下素野武一族全員がひれ伏した。
「素野武どの、永くこの地での勤王の働き見事である。
是非、一度都に参られて、帝から官位を賜るとよろしかろう。
今後とも、この佐久間を助けてくれよ」
そう言い残して、颯爽と去っていった。
全ては、野々宮大納言との打ち合わせの成果。
このご時世、公家というのは、かなり貧乏だったりする。
しかも、平安京焼失でどこの公家さんもぴぃぴぃ状態。
茶菓子「もんぶらん」で多少ではあるが、財をなしたうちは、野々宮家にとっては良い金蔓。
こちらにとっては、帝の姻戚でもある野々宮家はロビー活動の拠点として最適。
その権力、使うべきときには使わせてもらう。
野々宮大納言が去ってから、道信はゆっくりと頭を挙げた。
「勅使様の要請では仕方がない。素野武一族、佐久間殿の下知に従おう」
俺は、御神楽と顔を見合わせて破顔する。
さっきまで俺たちを軽蔑していた周囲の素野武一族が、一転して尊敬のまなざしを浴びせてくる。
「では、素野武殿、こちらで新しい屋敷を手配いたします」
御神楽が手早く彼らの屋敷を指定していく。
場所は兵舎などが固まっている地域。
ゲーム上、地元国人衆は商人との折り合いが悪く、周囲の商業系施設の納税を下げてしまう。
だが、これからはそのデメリットを回避したうえに、彼らを現地調達部隊として、戦陣に組み込める。
同時に、抜け目のない御神楽は商人に対して「楽市楽座」の交渉を行っていた。
「楽市楽座」という施設は、その施設内であれば、誰でも商売ができるという場所。
各国の本城にしか作れない施設で、税収は低いが人口流入を爆発的に増加させる。
デメリットは、治安悪化と土着商人の忠誠度を下げること。
御神楽は国人衆を商業系施設から引き離す事を条件に、商人たちと楽市楽座の建設交渉を行っていた。
既得権益を持つ彼らにとっては、国人衆による不利益と楽市楽座の不利益では、前者の方が嫌だったらしく、無事交渉を纏めることができた。
その他、目からうろこの施政策を、御神楽は次々と打ち出してくる。
「ふふふ、20*20マスとはやりがいがありますね、腕が鳴ります」
「俺たち、あんまり得意じゃないから頼むよ」
「任せてください、『風水』『播殖』『経世』を生かして、税収を倍増させてみますよ」
御神楽は、毎日うれしそうに駆け回っている。
箱庭は、施設Aの隣に施設Bがあると効果増強 というパターンが多い。
そのつりあいを考えて街割りを設計するのは、俺にとっては面倒な限りだが、御神楽は嬉々として行っている。
佐野の三星城、ぽえるの上月城も彼の手が入り、税収が上がっていった。
そして、リアルでは短い時間だが、ゲーム内では季節が流れていった。




