会議のあと
荒木村重追討令により、近畿地方周辺は慌ただしい空気に包まれた。
村重の居城、有岡城は難波京の土地売買等で得た膨大な金銭で強化されている。
いくつもの出城が増設された総構えの城は難攻不落。
だが、運よく彼の首級を挙げる事が出来れば、その席に自分が座れる。
信玄上洛以来の大規模戦闘に、プレイヤには緊張が走り、何処の連合も戦争準備に余念が無い。
時を同じくして、関東地方で初の包囲網が発生した。
対象は下野、常陸(現代での栃木、茨城)で勢力を伸ばしていたプレイヤ連合。
彼らは、楠木難波介率いる『西方不敗』に匹敵する東のトップ(廃人)集団。
人数に任せて周囲を切り崩していたところ、佐竹氏や宇都宮氏を中心とした周囲の大名たちが一致団結、同盟状態に入った。
とはいえ、そこはさすがの廃人集団。
MMORPGのレイドボス戦闘で培われたメンタルは揺るがず、日々連戦をこなしているらしい。
一方、東北では伊達政宗が元服。
握手会には多数のファンが詰めかけた。
兄貴分である片倉小十郎とのツーショットは、多くの腐女子を虜にしたそうだ。
■
そういった状況の中、俺たちは本拠地高田城大広間に会していた。
その場に居るのは、赤影さん、佐野、ぽえる、御神楽、そして俺の5人。
「先に連絡をしておいたけど、赤影さんが連合に加入してくれたので連合員が5人になった」
「初顔の人もいるが、よろしくな」
赤影さんがいつもの赤い覆面とマフラー姿でキザに挨拶をする。
それに動じずに挨拶を返す御神楽も、タダものでは無い。
「いつの間にか、連合がレベル2になってますね。
レベル2だと、構成員の上限数が増えますし、織田家の軍議に参加できますから大きいですよね」
ぽえるがステータス画面を見ながら、うれしそうに話し出す。
「うん。でもあまり人を入れ過ぎると情報漏洩が怖いし、包囲網が起きるから人選は慎重にいくつもりだ」
「ですね~」「だな」
ぽえるや佐野が同意をこめて頷く。
「僕が言うのもなんですが」
御神楽が挙手をして発言を求める。
「構成員が5人で支城3つに、本城まで持っているというのは異常ですよね」
そう言われ、今までの戦闘を思い出す。
内部から爆発させた上月城、宇喜多の後詰で落とした三星城、くれたから貰った高田城。
「うちの場合、攻め取ったというより、貰ったパターンが多いから……」
支城はお国柄ボーナスや金山銀山などがあるので、プレイヤ領地の数倍の生産力を引き出せる。
戦闘面でも要害に建設されていたり、砦が付与している事も多く、高い防御力を持っている。
おまけに、友好勢力からの援軍も考慮に入れなければならない。
2,3人で落とせるような代物では無いし、運よく落とせたとしても、第三勢力に攻め込まれ、撤退する事もありうる。
本城だと、さらにハードルは高くなる。
連合レベル1では、構成員の上限は10人。
レベル2に上げるには、構成人数に加え支城2つという条件があるため、大抵のプレイヤたちはレベル2になれずに足踏みしているのだ。
「で、集まって貰った要件だが、秀吉から軍議やるから集合と言われた」
「いきなりですね。まぁ、荒木の件でしょう」
ぽえるが腕組みをする。
「幸い、勅使が到着されたので、毛利が直接攻撃をしてくることは無い。
だけど、逆に勅使が居るから領地を長期間留守にできないってのはあるな」
毛利家は、朝廷に対して我々の朝敵認定を取りつけようと外交活動を行っていた。
負けじと外交活動を行い、僅差で勝利を収めた。
その結果、問詰勅使がうちの領地内に下向しているが、彼は身内。
100歩譲っても「朝敵認定」など降りようが無い。
勅使滞在中の領地に毛利が攻め込もうものなら一発朝敵にされる。
ある意味、都合のいい「バリア」状態。
「勅使?あぁ、こないだ言ってたアレか」
「はい。で、万一に備え、赤影さんには、勅使の護衛をお願いしたいです」
「心得た」
「この安全期間を利用して、御神楽とぽえるには各城の施設を見直してもらいたいかな」
「本城の広大な空間を弄るのは腕が鳴りますね。最高の城下町にして見せますよ」
「わたしも、櫓とか、防御面からアドバイスします」
「で、俺は?佐久間」
「佐野には、要請があったら、有岡に行ってもらうかもしれない。でも……」
「でも?」
「な~んか、波乱がありそうなんだよな。勘だけど。
だから、兵力は温存しておきたい」
「じゃ、地固めでもしておくか。近場の厄介そうな砦を整理しとくよ」
「頼む」
業務連絡をいくつかして、その日は解散になった。
■姫路城
軍議が開かれる大広間では、秀吉の主だった配下武将と数人のプレイヤが居た。
俺も含めて、その場に居るプレイヤは、全員レベル2連合の代表だ。
その中に、噂の楠木難波介の姿も見える。
彼は「リアル側」では事件の主犯である事をほのめかしているが、「ゲーム側」ではばれるような言動を行っていない。
時間になると、秀吉が黒田官兵衛を連れて大広間に姿を見せた。
「与力衆、遠い中ご足労感謝する。
面倒な挨拶は抜きにして、現在の状況を説明するぞ」
そう言って秀吉が上座に座ると、入れ替わりで官兵衛が喋り出す。
「明智日向の謀反後、楠木殿が亀山城を落としたことで、丹波の迅速な平定が成り申した」
官兵衛の視線を受けて、楠木が軽く頭を下げる。
これで『西方不敗』も本城持ちか という囁き声がプレイヤ間から聞える。
「楠木殿に与力して頂いたおかげで、支配地域は近畿地方の西部全体に及んだ」
黒田官兵衛が地図をぱらりと広げる。
秀吉の支配地域が色塗りされており、現代での京都、兵庫を完全制覇し、さらに岡山や鳥取にまで及んでいる。
「我らを囲む状況として、西に毛利家、東に荒木家がある。
荒木側から侵攻することは無いと思われるが、お市様の手前、早急に対応する必要がある。
与力衆の方々、有岡に進軍する準備をお願いいたす。
長期戦が見込まれるため、糧食や武器弾薬は十分な量を確保してもらいたい」
「長期とはどの程度を見込んでおけば良いか?」
プレイヤの一人が挙手して質問をする。
「当座、半年と考えてもらいたい。
それで落とせない場合は、状況が変わると思われたし」
「どのように?」
追加で質問が行われるが、黒田官兵衛は無言でそれに応える。
その後、侵攻経路や時期の確認がされ、軍議は終了した。
■
軍議終了後、俺だけ後に残るよう、秀吉の近習に耳打ちされていたので、後に残る。
少し待っていると、秀吉と官兵衛が連れだって現れた。
こういった場に呼ばれるのは、彼らと個人的に友好関係を結んでいる「コネ持ち」の特権だ。
官兵衛は3人きりになると、大きくため息をつく。
「殿、お市さまに嵌められましたな」
「あ、うん……、ごめん」
秀吉がしゅんとした表情で官兵衛に頭を下げる。
きょとんとした顔で俺が見ていると、官兵衛が解説をしてくれた。
「佐久間殿、現状で領地が摂津に隣接している宿老は、殿と池田様だけです。
ですが、池田様の領地は、上京中のお茶代として下げ渡された程度のもの。
摂津攻略で不手際があった場合、全て殿の責任にされるでしょう」
よくよく地図を見直すと、摂津国は播磨、丹波、山城、河内、和泉の5カ国に隣接している。
秀吉は、播磨(西)、丹波(北)、山城(東)の三方から攻め込める形になっている。
「一見、三方を囲んでいるように見えますが、実際のところ、雑賀、根来といった傭兵部隊、海を根城にする海賊など、金で動く連中の経路は塞がれていないので、意味が無いのです。
下手をすると、各地から助力に来た軍勢の糧食まで用意させられるかもしれませぬ」
秀吉が、手をポンと叩いて話しだす。
「そうだ。官兵衛、お主荒木村重を説得に「却下です」」
覚醒イベントを一蹴する、仮想世界の黒田官兵衛。
「どう考えても捕縛、幽閉されます。何処のうつけが行くのですか、そんなところに」
「ところで、先ほどの状況が変わるとはどのような事を考えているのですか?」
「お市さまから、何らかの動きがある と言う事です。
城攻めがはかばかしくない場合、摂津の攻め口となる国を明け渡せと言われるでしょう」
「播磨、丹波、山城を取られたら、俺もう丹後と但馬しかのこってね~よ!」
ダダをこねるように足をばたつかせながら秀吉がわめく。
「それで、毛利対策に専念せよ という話なら良いのですが」
「うぅ、一気に地方に追いやられる……」
「佐久間殿にお願いしたいのですが、これから状況がどう転がっていくかが読めません。
有岡城攻めにはご参加頂かなくても構わないので、ご自身の判断で動いていただきたく」
「まぁ、ぶっちゃけ、お主の領地は矢面だし」
語尾に「www」がついていそうな軽さで秀吉が笑いかける。
「へいへい。わかりましたよ~」
こちらも軽く応える。
すると、秀吉が急に哀しげな表情をする。
「じつはのう、寧々と猿千代をお市さまの元に人質に出さないといけないのじゃ。
勝手知ったる長浜の街ゆえ、心配はしておらんが……」
人質は戦国時代でよくある事であるが、ゲームはあくまで「エンターテイメント」。
プレイヤからは人質を取ることは出来ない仕様になっているが、AI同士ではわけが違う。
10日後に近江に向かうという寧々さんと猿顔の子供に挨拶をしてから、姫路城を後にした。
姫路城は、何度も訪れたことのある勝手知ったる他人の城。
名物でも食べて帰ろうかなぁと考えながら歩いていると、表門で楠木が佇んでいた。
彼は、つんつんとがった白髪に医者のような道服を身にまとっている。
やせ形であるが身長はかなり高く、目算で190前後。
VRでは、体格を変えることは推奨されない。
ゲーム世界で体を動かしにくいし、現実世界に戻って違和感を残すからだ。
俺自身、身長を5センチほどサバ読みして試してみたが、歩くたびに躓いた。
そのため、本来の身長でプレイしている。
予想ではあるが、ゲーム内で巨乳の女性プレイヤをほとんど見かけないのも、違和感の問題と思われる。
その一方で、髪や目の色、顔立ちなどは違和感を残さないので、幾らでも変えられる。
楠木は俺に気が付くと、ゆっくりと近寄ってきた。
「初めまして。楠木です」
そういいながら、握手を求めて、右手を差し出してくる。
身長差がそれなりにあるので、かなり気圧される。
「佐久間です」
「突然ですが、我々と組みませんか?我々はレベル3連合を狙っています」
レベル3連合は、構成員の上限が50人に拡大される。
「南蛮貿易」などの特権に加え、連合固有スキルを得ることができる。
レベル3になる条件は100万石の達成。それは3か国から4か国の制覇が必要。
史実では、毛利や上杉、武田といった大大名が100万石を超える。
「我々の思惑では、丹波と摂津で60万石を超えます。
美作を加えていただければ、後はもう1,2国で到達できるでしょう」
「そんなに人数を増やすと、確実に包囲網が起きるぞ?」
「問題ありません。
あなたは秀吉を始め、宇喜多、尼子と関係が深い。
彼らが参加しなければ、近畿西部において包囲網に参加する者は限られます」
脳裏に地図を思い浮かべてみる。
「包囲網に参加しそうな大大名は毛利のみ。その他は淡路などの独立勢力に限定されます。
それらを駆逐すれば、100万石を達成できるでしょう」
楠木は話を続ける。
「今すぐに、返答がほしいとは言いません。
我々が摂津を手に入れてから、改めて打診に参ります。他言無用でお願いします」
そう言い残して、楠木は颯爽と姿を消した。
姫路城を見上げると、真っ白な城壁が光り輝いていた。




