かわいそうなぞう
美作の支城、津山城。
美作中央部に位置し、出雲街道沿いに三星城と高田城の中間地点にある交通の要所。
本来なら、三星城>津山城>高田城の順に攻略をしていくべきなのだろうが、毛利元就に高田城を譲渡された関係上、中間地点が支配域から抜けている。
その、現代では岡山県津山市を中心とした一帯は政治極プレイヤ「御神楽和馬」の支配下にある。
政治極がゲームで得意な分野は3点ある。
一つ目は、施設からの税収増加。
二つ目は、朝廷や他勢力との「交渉」が有利に進むこと。
最後に武将の収集能力。玉石混交だが、政治極には武将の自薦が多くなる。
「あそこの領主は腕利き」という噂が広まっている という解釈らしい。
そのせいか、御神楽の配下には近隣で「人中の竜」と噂される猛将、長居某が居る。
忍者に集めさせた情報では「従わなかった国人衆500を一人で殲滅させた」
「津山城の城門を、豪腕の一撃でぶち抜いた」
「彼が敵中を走り抜けると、ペンペン草すら生えない」
など、枚挙にいとまが無い。
御神楽家は猛将長居の活躍で津山城を落とし、御神楽本人の政治力で津山周辺を制圧している。
彼を連合に誘ってみたところ、ひとつの条件を突き付けられた。
それは、双方1000ずつの部隊による、野戦決着。
こちらが勝てば、御神楽はこちらの連合に入ってくれる。
負ければ、相互不可侵を結んで、お互いにちょっかいを出さない。
■
今回はプレイヤ間合戦を楽しみたい時に使われる「特殊合戦」を利用する。
双方が「大将」を決め、大将が倒れれば負け、というシンプルなルール。
ひとつ違うのは、誰が大将なのか、相手方にはわからないこと。
「敵は、長居を中心に攻め立てて来るでしょう」
うちの連合の軍師であるぽえるが、軍議で口火を切る。
「私に一案があります。
隠密性の高い三毛村さんを大将として、安全なところに隠れてもらいます。
そして、最悪でも時間切れによる引き分けを狙います」
ぽえるは、リアル女子中学生だが中身は軍オタ。
西方電撃戦で有名なエーリッヒ・フォン・マンシュタインから「江利津」
アメリカ独立戦争の英雄、ジョン・ポールから「ぽえる」としたらしい。
何処に共感できる要素があるのか、良くわからない。
「突っ込んでくる長居に対して、全軍で包囲殲滅します。
一般兵を肉盾にしてください。
動きが止まったところを、火罠で焼き殺します」
さらにどす黒い発想が来た。
「配下武将の制限は無いので、各部隊は最小携行人数の100人。
出来る限り配下武将をつけるようにしてください」
「はい」「はい、わかりました」
軍師モードに入ったぽえるを止めるすべは無い。
それに、俺たちに異見があるわけでもないので、大人しく従った。
今回、総勢で30人を超える武将が参加することになる。
参加したばかりの岩斎や孫一、負傷の癒えたかえでさんも含め、戦える配下武将は全員参加。
■決戦当日
「こちらは、用意できました。
時間通りに開始でよろしいですね?」
御神楽からコールで連絡が入る。
事前に少しだけ会ったが、彼は高校生くらいの細身の男子。
「おう、予定通りに開始で」
「はい、では、正々堂々楽しみましょう」
そう言い残して、コールは切れた。
リアル21時。
2時間限定の特殊合戦が始まった。
まずは、先行させた偵察兵に敵の居所を探らせる。
「お館さま!敵部隊が全速力でこちらに向かってきます!」
偵察兵があわてて戻ってくる。
報告からほどなくして、彼方から地響きがしてきた。
予想よりかなり速い。開始直後からしゃにむに突進してきたものと見える。
土煙の向こうから、少し甲高い声の名乗りが戦場に響く。
「拙者は御神楽家一の忠臣、長居花蔵。目にも見よ。我が亜不離流杖術!」
土煙を盛大にぶち割って、長い鼻に巨大な丸太を掴んだインド象が現れた。
「おいおい!あれ、アリなのか!?」
佐野がインド象の巨体を指さしながら絶叫する。
「まぁ、目の前に居るから、アリなんじゃねぇかな」
脳裏に佐野家の「人魚(仮)」や三毛村さんの姿が横切る。
「どうやって倒すんだよ!」
「相馬、奴の能力は?」
相馬が俺に耳打ちをして、奴の能力値を教えてくれた。
『武:150 知:10未満 政:10未満 魅:50超 技:30超』
能力値のシステム上限は150。律儀にルールは守っているようだ。
外見は象だが、中身は所詮「人類最強の漢」でしか無い。
「問題ない。多少武力が高いだけだ。知力攻めで罠にはめるか、連戦で奴のスタミナを削れば勝てる!」
「おっしゃぁ!やつ一人倒すつもりでいくぞ」
なし崩し的に佐野が配下を率いて突撃していった。
うちの配下武将たちも、腕に自信のある猛者が突っ込んで行く。
佐野(武力100+)から聞いた話では、武力が10高ければ相手に危なげなく勝てるらしい。
20高ければ、2-3人くらいはなんとかなるそうだ。
目の前の戦闘は、呂布VS劉関張を彷彿とさせる大バトルが繰り広げられている。
長居一人VSその他大勢。
だが、さすがに武力150ともなると、ちょっとやそっとの武力では相手にならない。
スタミナを削りつくす前に、こちらが殲滅されそうな勢いだ。
「すげぇなぁ。出遅れちまったぜ」
手に汗を握りながら見物していると、雑賀の孫一が頭をぼりぼり掻きながら現れる。
彼は、ぽえるを手伝って馬防柵などの防御陣地を構築後、鉄砲隊の配置をしていた。
そのおかげで、配置された鉄砲隊は、敵の騎馬隊の足止めに成功している。
「丁度いい。ヤツを頼む」
俺は、長居の巨体を指さす。
「あんだけ的がデカイと当てやすいな」
孫一は手に持ったごつい火縄銃に弾を込めると、無造作に撃ち放つ。
銃弾は乱戦の中を抜けて、大人の胴体ほどもある長居の脚に命中した。
皮膚の表面が弾けて血が流れ出すが、長居は苦にせず暴れまわる。
武力は腕力、体力だけでなく、身体の強靭さ(ヒットポイント)も指す。
人類最強の「筋肉」の前では、距離があると火縄銃の弾は豆鉄砲らしい。
「効かないな」
「あちゃちゃ。大将、あの弾使うぜ?」
「呪いにのまれるなよ~」
「誰にモノいうてけつかる」
鈴木孫一重秀は馬防柵を乗り越え、散歩でもするような足取りで戦場に足を踏み入れていく。
鼻歌交じりに、くだんの「呪われた弾」の弾込めを行っている。
前方では、佐野や武力極の武将たちが長居と戦闘中。
その激戦のあいまをするりと抜けて、銃を構えた孫一が長居の至近距離に踏み込んだ。
「ワリィな、最強さん。稼がせてもらうぜ」
業物銃器「愛山護法」から放たれた銃弾が、長居の胴を撃ち抜く。
呪われた銃弾は長居の体内に侵入、破裂して体内を蝕む。
発動した呪いの即死効果と、長居の耐久力がしのぎを削る。
長居は一瞬よろけたが踏みとどまり、口から血反吐を撒き散らしながら叫ぶ。
「御神楽さまの宿願のため、ここで倒れるわけにはいかんのじゃぁ!」
気合とともに、鼻を高々と掲げて孫一を殴りつける。
さすがの長居も重傷ゲージに入っているのか、孫一を吹き飛ばすには至らない。
だが、孫一の右腕があらぬ方向に曲がった。
「やるねぇ。倍返しだ!」
孫一は腰から短筒を引き抜くと、左手一本で長居の右目に向かって撃ち放つ。
呪われた銃弾が叫ぶ、身の毛がよだつような銃声が響く。
至近距離で撃たれた長居の右目が弾け、血が噴き出す。
長居の膝が折れ、体勢が崩れた。
「わりぃな、最強サン」
勝利を確信して左腕を高々と上げる孫一に向かって、背後から長居の鼻が襲いかかる。
死角からの直撃を受け、吹っ飛ばされる孫一。
「退かぬ!媚びぬ!省みぬ !」
全身を血で赤く染めながら、長居が立ち上がり、よろめく足取りで一歩ずつこちらに歩んできた。
佐野を始め、武力自慢の武将たちは、ある者は敵兵を防ぐために激戦し、ある者は長居にやられて重傷に入っている。
一般兵が肉壁として立ちふさがるが、時間稼ぎが関の山。
もはや、武力で長居を止められる者は居ない。
「ぽえる、罠を頼む。知力の低い奴だからあっさりひっかかるはずだ」
俺は傍らのぽえるに振りかえる。
「ダメです、できません……
今日の倫理の授業で誓ったんです。
ぞうさんを、戦争の犠牲にしてはいけません!」
彼女は否定を現すように、首をぶんぶんと振りながら涙目で訴えてくる。
そして、長居をかばうように彼の前に出ていった。
「大丈夫、怖くないよ」
無謀で無防備な彼女は、容赦ない鼻の一撃で、遙か彼方に吹っ飛ばされてリタイアした。
さすがに元値150もあると、重傷(能力半減)下でも、ぽえる(武力30)を瞬殺できる。
彼女を止めようとした相馬も、とばっちりで(リタイアして)領地まで吹っ飛んでいった。
「お前ら、アホかぁ!」
一応、突っ込みんでおく。
だが、出来る子の俺は長居の隙を逃さない。
傍らに置かれていたぽえるの「火罠」を掴んで長居の死角に移動、素早く足元に設置する。
(長居の知力は10未満。重傷で一桁まで減少しているはずだ。
ならば、俺の知力30の罠設置でもひっかかるはず!)
急いで罠の有効範囲から退避する。
案の定、長居は足元の火罠に気づかず、罠を踏み抜いて全身が火だるまになった。
まだ生きているのが驚愕であるが、覚束ない足取りから見て、致命傷(能力値1/10)に入っているのがわかる。
長居は2,3歩歩くと、地面に倒れた。かろうじて息をしている。
俺はゆっくりと刀を抜いた。
流石の武力150も、致命傷まで入ると武力は一般兵レベル。
武力40であっても、とどめを刺せる。
「待ってくれ」
御神楽が戦線の隙間を縫って、俺たちの目の前に現れた。
彼は政治極で「領地コンテスト」での入賞経験もあるツワモノだ。
それは、逆に言えば武力はそれほど高く無いという事を現す。
「大将は長居だ。長居はもう戦えない。うちの負けだ」
御神楽は、持っていた刀を捨て、降伏の意を表した。
「長居を速く治療してやりたい。降伏勧告をしてくれ」
合戦を終了させるには、どちらかの大将が死ぬか、逃げるか、
大将(大将がAIの場合はその主君)が、降伏勧告を受けいれる必要がある。
俺は勝利を確信して、刀を鞘に納めた。
「御神楽、うちの領地には病院がある。
長居を連れて来いよ。その傷でも、しばらく入院すれば元気になるさ」
建築費がかかるうえ維持費も嵩み、無意味な施設ワースト3に入る病院。
だが、その真骨頂は内政面ではなく、戦争で発揮される。
配下武将はプレイヤと違って、死亡することがある。
たとえ死ななくても、致命傷を受けると再起できずに隠居化する可能性がある。
病院という施設は、死亡や隠居化の確率を激減させるらしい。
さすがに配下武将を「わざと」致命傷にして検証するような物好きは現れていないので、噂レベルの話でしかない。
だが、御神楽は藁にもすがりたい気持ちであるだろう。
「病院!?頼みます。長居を助けてください」
瞬間転移で自領地に他プレイヤを呼び込むには、フレンド登録が必要になる。
彼にフレンド登録を送ると、即座にYESが返ってきた。
「よし、さっさと合戦を終わらせて治療に行こう」
俺はステータス画面を呼び出し、合戦のタブから「降伏勧告」を選ぼうとした。
その時、システムメッセージが流れる。
【特殊合戦が終了しました。佐久間側大将、三毛村猫太夫が戦場から逃走しました】
【大将を追い詰めた最高殊勲は、野良犬Bです】
無言のまま、御神楽から領地来訪要求があり、俺は快く彼と長居を迎え入れる。
転移してきた長居は、看護師数十人が抱えるキャリーに乗って病院に入院、緊急手術が始まった。
うちの病院は建設時期が非常に古いため、ベテラン医者が揃っている。
手術は成功し、長居はリアル1週間程度で、無事に退院できるめどが立った。
御神楽は、ほっと胸をなでおろすとお辞儀をする。
「ありがとうございます。
僕は、御神楽和馬。リアルでは高校生です。
政治極が何処までお役にたてるかわかりませんが、よろしくお願いします」
今時の高校生にしては丁寧に、彼は俺たちに深々と頭を下げる。
彼が、うちの連合には居ない政治極であることや、長居という猛将の存在以上に、「空気を読む」能力を持ったプレイヤと連合を組めたことが俺にはうれしかった。




