内政と八咫烏
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「俺様の野望」は、律令制での国(山城国、摂津国)で日本が分割されている。
それらの国々には本城が1つと支城が5,6個、さらに砦が10個ほどある。
プレイヤの自領として9*9の領地があるように、本城及び支城にも開発可能な領地が付随してくる。
本城の城下町はおよそ20*20前後。広い所だと30*30にも達する。
支城は、最低でも10*10の広さがある。
城そのものが兵士数確保施設の効果を持ち、さらに各国独自のボーナス(通称お国柄)効果もつくので、理論上は、本城の価値はプレイヤ領地の10倍程度に匹敵する。
だが、それは理論上の話。
フリーエリアの領地には、自領には無い問題がある。
その一つ目は、天然地形。
川や丘陵、深い谷といった、シムシティなら「編集」したくなるような場所があり、その場所は「建設不可」となっている。
第二に、先住者。
寺や国人衆といった先住者が「ここは俺の土地」と、既に施設を建てている。
それらの施設からは税収などのメリットが発生しない。
それだけでなく、彼らの施設が都合のいい一等地に立っていたりする。
信長が本願寺の立ち退きに四苦八苦したように、彼らはそう簡単には立ち退いてくれない。
武力で立ち退かせようにも、反乱が起きるし、交渉しようにも足元を見。
「失火を装って焼いちゃえば?」という悪魔の囁きが聞えてくるときすらある。
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俺が保持している高田城は美作国の本城。
開拓できる範囲は20*20マスもある。
施設の種類は多岐にわたり、近接している施設の効果を上昇させる支援施設という施設もある。
商業系だと歌舞伎町、農業系だと水車や灌漑池などだ。
上級の支援施設になると、縦横斜めに3マスぶんものプラス効果範囲があるので、その効果は大きい。
さらに、「風水」や施設同士の相性という要素まであるので、街割りの設計は大変なのだ。
だが、大変なだけあって、きちんと街割を行うと見返りがある。
美作は、お国柄(国別ボーナス)として「農産物生産量増加」があるので、農業系中心に街割を構築していく予定だ。
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「う~ん、やっぱりあの寺には移動してもらいたいなぁ」
高田城の城下町地図を睨みながら、俺は独り言を言う。
俺は、高田城の城下町の地図を目の前に広げ、街割りの計画を練っていた。
川の流れや森林配置の都合上、どっかりと存在する2*2の寺が邪魔。
灌漑池は森と相性が良いが、川とは相性が良くない。
城下町の南西には、川の無い開けた土地があり、平地のど真ん中に無駄に寺が建っている。
その寺の代わりに「灌漑池」を設置し、周囲に田んぼや畑を設置すれば、農業生産物の出来高が跳ね上がる。
領地の隅の方には、手つかずの場所はいくらでもあるので、その辺に寺を移動してもらいたいところである。
「あそこの住職はタカ派だぞぉ。ほいほいと聞いてくれるかなぁ?」
三毛村さんが顔を洗いながら答える。明日は雨のようだ。
「じゃ、こっちの国人衆かな」
今度は逆側にある、国人衆の拠点を指さす。
そこには、俺が昔住んでいたような、2*1や1*1の平屋の屋敷がある。
固まって建っていればいいものを、わざわざ広範囲に散らばって建っている。
国人衆拠点は、商業系施設と相性が悪い。
だが、「風水」で商業と相性の良いあたりにそれらが建っている。
商業系施設を隙間に建てたところで、相性の悪さが風水効果を打ち消してしまう。
「名家の落胤を名札代わりにしている家ばかりですから、成り上がりのお館様には反発するでしょうね」
今度は、相馬がさらりと応える。
「ぐぐぅ。俺だって、正六位上だぞ。偉いんだぞ」
「でも、成りあがりでしょ?」
相馬は、うちの配下武将第一号にして、最大貢献者。
言っている事は辛らつだが、口調には尊敬が満ちている……はずだ。
「お館さまが行くしか無いのにゃあ」
「俺も苦手なんだよなぁ。こういう交渉」
魅力という能力値は、組織間交渉には向いていない。
そのものずばりの『交渉』は、政治特化の十八番。
彼ら先住民は、配下武将では話にならない と、派遣した相馬を門前払いした。
「城主か城代が来るのなら話は聞いても良い」との回答。
要は、プレイヤが来い ということだ。
高田城の城主は俺(魅力特化)、城代は、ぽえる(知力特化)と佐野(武力特化)。
誰が行っても状況は好転しそうにない。
しょうが無いので『脅迫』ネタでも探しに、城下を歩いてみることにした。
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先住の人々には、国人、農家、寺院、商家の4種類が居る。
士農工商ならぬ、士農僧商。
彼らと交渉して支配権を認めさせれば、彼らの施設がそのまま入手できる。
農家の持つ田んぼや商家は税収源になるし、寺院は民忠向上、国人は兵士数が上がる。
まず向かったのは、農業エリア。
ここには、田んぼや畑、果樹園、森林がある。
しかし、今はもう刈り入れの終わった晩秋なので人は少ない。
ここに交渉に来たとき、地元の農家の皆さんの要望は「病院建ててくんろ」。
実に素直な人々である。
どうせ病院は建てるつもりだったので、二つ返事でOKした。
農家の皆さんは、病院の建立と引き換えに支配下に入ってくれた。
今は、施設の移動や追加建設等を行い、収穫効率の上昇を狙っている。
まずは、川沿いの果樹園に向かってみた。
果樹園は、効果は食糧生産だが商業系施設とは相性が悪く、農業系施設とは相性がいい。
さらに、川のそばだと治水効果も期待できる。
しかし、その神髄は、果樹園からの納税率を0%にした場合に発生する。
税率0%にすると「お開き林」として、近所の農民が好き勝手に取っていいよ ということだ。
お開き林にすると、どういう理屈なのか追加効果で周囲の農業系施設の収穫が上がる。
この手の「隠し内政要素」がこのゲームには多数ある。
サイトで得た知識でやった事なので、何故収穫が上がるのか未だに疑問なので実際に見に来た。
「爺さん~取って、取って~」
「あいよ」
「次は僕だよ~」
「順番だぞ」
お開き林では、腰の曲がった爺さんが長い棒を器用に使って、たわわに実ったりんごを落として、子供たちに渡していた。
「ほう、あの老人、昔は槍を使った事がありそうですな」
ボディガード代わりに連れてきた岩斎が教えてくれる。
老人は一通り子供たちの相手を終えると、落ち葉の掃きそうじに戻った。
しばらく見ていると、集めた落ち葉を鍬で土に鋤き込んで、肥料作りを始めた。
あの肥料が回りまわって、周囲の田んぼや畑で使われているのだろうなぁ。
ぼんやりと見ていたら、老人の方がこちらに気がついて声をかけられた。
「お館さま、どうなすったね」
「おう、精が出るなぁ」
「病院のおかげで、腰痛が治ったもんなぁ。
こんなことでもして食いぶち稼いでおかんと、嫁の目が痛い痛い」
農家の爺さんは、笑いながら鋤を振り回す。
爺さんは手早く焚火の用意を整えると、火をおこして湯を沸かす。
そして、りんごを棒に刺して焼きりんごを作り始める。
「もうすぐ休憩時間だで、みんなが来るだよ」
遠くから見ていると、りんごの焼ける良い匂いに呼ばれて周囲の田畑から続々と農民が集まり、爺さんから茶を受け取ったり、多少の銀で焼けたりんごを買ったりしている。
そして、焚火で身体を暖めて談笑してから、また野良仕事に出ていく。
周囲を見渡すと、他の「お開き林」からも、焚火の煙が上がっているのが見えた。
「あれが、焼き魚だったらにゃぁ」
三毛村さんが、ぶつくさ言い始めた。
今のPTは、岩斎と三毛村さんをお伴にしている。
薄着でも寒い様子を全く見せない岩斎、プレイヤなので寒さに問題が無い俺。
だが、三毛村さんは自前の毛皮の上に、狐の尻尾のマフラーと毛糸の手袋足袋でしっかりと防寒対策をしている。
「三毛村さん……果樹園なんだから、無茶言うなよ」
「すぐそこに川があるのにゃ!猟師と組んで、生け簀で焼き魚すれば良いのにゃ。
ちょっと、言ってくる。お館さまは先に見回っていてくだされ!」
そう言って三毛村さんは足早に果樹園の中に行ってしまった。
「珍しいな。三毛村さんがあそこまで、ムキになるの」
後ろ姿を見送りながら、岩斎に話しかける。
三毛村さんは、農民たちの間に混ざると、中心に行って老人と何か話している。
しばらく待っても、戻ってきそうにない。
「しょうがない、先に行くか」
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城を挟んで反対側にあるのが商人エリア。
さすがに彼らは世知辛く、支配下に入る代償に「関所撤廃」を出してきた。
関所があると通行税が入るが、民忠が落ちる。
こちらも、要望を承諾し、土着の農民と商人は問題無く支配下に入った。
相馬と八野に担当させ、ばらばらに建っていた商家を纏める作業を行っている。
「お館さま。今気がついたのですが」
「なんだ?」
「三毛村殿、単に焚火にあたりたかっただけでは……」
マップを呼び出してみると、三毛村さんはまだあの場所に居る。
「ま、まさかそんな事は」
ありうる……。
考え事をしながら歩いていると、突然、岩斎が俺を庇うように前に出る。
顔を上げると、一人の男が道に仁王立ちしていた。
「お前、俺を買わねぇか?」
金糸銀糸で刺繍がされた派手な陣羽織。
鉄の兜とごつい火縄銃を背中に背負い、戦場帰りの雰囲気を漂わせる男。
身体は大きく、筋骨隆々としている。
だが、頭髪や顎髭は綺麗に刈り整えてあり、むさ苦しさは感じない。
うちの連合も一国の本城を制覇するに至って、こういったAI武将の売り込みが増えてきた。
うれしいことではあるが、半端な武将や腹に一物あるようなのはお呼びでは無い。
労働者の面接も頭領の重要なお仕事。
「名前は?」
「訳ありでな。軽々しく本名は言えねぇのさ」
「ずいぶんと正直だなぁ。
ここは、毛利家との最前線。腕の良い武将は氏素性を問わず大歓迎だよ」
「そうだろう、そうだろう」
男は、にやにやしながら、俺の方を見つめてくる。
「で、俺様の鉄砲の腕、幾らで買う?」
正直、困った。
俺は知力値に割り振っていないので、三毛村さんが居ないと彼の能力値を見切る事が出来ない。
なんか強そうに思えるけど、名前すら言ってくれない。
そんなとき、腰の「最上級呪われた弾丸」が、得物を見つけたように、かさりと音を立てた。
それは、早合(火薬と弾を一まとめにした紙包)の形にしてある特殊弾丸。
追加効果は「即死」。
だが、やはり持った人間に「射撃してぇ」という気にさせる、妖刀おなじみの呪いまでくっついていた。
誰でも使える「刀」と違って、銃器は『銃器取扱』スキルを持っていないと弾込めすらできない。
妖刀が鞘から抜く事もできない赤子に取りつけないように、呪いの弾丸は『銃器取扱』スキルを持っていない人間には影響は出ないらしい。
「うちの鉄砲頭はそんじょそこらの奴じゃ務まらんよ?」
「ほう、言うねぇ。俺じゃ力不足とでも?」
「ちょっと、手を出してみろ」
男は、恐れ気もなくデカイ腕を突き出してくる。
その手のひらの上に「最上級呪われた弾丸」をのせた。
男はいぶかしげにその弾丸を見る。
その瞳が、徐々に充血し、にやにや笑いが消えていく。
しかし、彼は精神を統一するかのように目をつぶる。
再度開いた切れ長の目に、濁ったものは見えない。
「鉄砲撃ちが、弾に見下されるモノかよ」
「それがまだある。全部持てるかい?」
俺は袋ごと、弾を彼の目の前に突きつける。
「何発あるんだ?」
(え~と、生産大成功の1割追加で110発 試し打ちで2発使ったから)
「108」
「カカカ。一向宗のくそ坊主が煩悩とか言ってた数だな」
「えっ……」(それ、単なる偶然)
「おもしれぇ。俺の八咫烏がそんなもんで落とせるか!」
男はひったくるようにして袋を受け取り、自分の腰に結び付ける。
そして、晴れ渡った青空を仰いで、大きく深呼吸をした。
向き直った表情に、憑かれた所は無い。
「俺の勝ちだぜ、大将!この弾でド派手な兜首を並べてやんよ」
男は、デカイ地声で吠えるようにがなる。
「歓迎するぜ」
岩斎が拳を突き出し、歓迎の意をこめて男の胸板をどつくが、
彼は岩斎の怪力に一歩も揺るがず、逆にどつきかえす。
「ありがとよ」
「ところで、名前は?」
「俺様は、雑賀の「あ、すずきさんだ~」」
男が決めポーズをしたところで、三毛村さんが走って割り込んできた。
「すずきさん、ひさしぶりにゃ~」
「三毛村さん、知り合い?」
「昔、白熊に追われてたときに助けてもらったのだ。
お館さま、この人は鈴木重秀さん。
身内を暗殺して逃げ回ってる所だから、匿ってあげると良いぞ」
(白熊?暗殺?)
「あ、あぁ、いやぶっ殺しても良いやつだったし、別に匿う必要は無いぞ」
「そうなの?」
「そうなの」
大男が猫に翻弄されている姿は、見ていて微笑ましい。
「じゃ、改めてうちの鉄砲頭を頼むぜ。分担は、鉄砲2000と国崩2門」
「心得た!」
打倒毛利に向けて、頼りになる鉄砲頭を手に入れる事が出来た。




