虚ろな銃弾
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俺の配下武将には、『山師』のスキルを持つ男、源三が居る。
この『山師』というスキルは、金山銀山を探し当てる技能 というわけではなく、
ゲーム内通貨である「銀」を毎日、見つけてくるスキルである。
こつこつ溜まってくると、結構バカに出来ないものがある。
そして、このスキルにはおまけ効果があり、生産系アイテムを見つけ出す事がある。
ある晴れた日、源三が俺の前に現れ、ひとつのアイテムを置いていった。
一抱えほどもあるそのアイテムは、最上級ランクの鉄鉱。
普通のRPGと同様に、上質のアイテムで生産すると、通常の材料で作った場合よりも、生産物の耐久力が上がったり、見た目が独特になったり、特殊な効果を持つ。
通常、上級、超上級、最上級の段階があり、最上級は取引掲示板でもほとんど見かけない。
絶対数が少ないので、相場が無く、生産系を主軸としていないプレイヤは扱いに困る。
「こりゃ、波野の所にでも持っていくしかないか」
このゲームにおいて、生産は技術能力値とスキルの二つの要素がある。
技術能力値は、生産結果の成功確率を決める。
生産結果は、業物になる大成功に始まり、材料損失の無い軽微な失敗など、10の段階にわかれている。
技術の能力が高いと、上位の段階になりやすい。
一方で、スキルは取り扱える材料やレシピのレベルを指す。
例えば、焼き魚は『調理』スキルが無くても作れるが、フグ刺しは『調理』スキルが無いと作れない。
一般的に、最上級の素材をきちんと生かすにはスキルが必要になる。
スキル無しが生産したところで、普通の素材と同じ効果しか出せない。
■波野領地
波野に連絡をして、彼女の領地へと転移を行った。
波野は、技術特化。
鍛冶に始まり、木工や裁縫もこなすβテスト時代からの生産専門プレイヤだ。
彼女の領地に来るのはドラゴンダンジョン以来。
先日のイベントで、備前刀鍛冶のレシピを手に入れた彼女は、備前に引っ越してきている。
「で、今日頼みたいことはこれだ」
そう言って、例の鉄鉱をアイテム袋から取り出す。
「世にもレアな、最上級の鉄鉱だ」
波野は、眼の前に置かれた鉄鉱を、恐る恐る撫でたり、裏返したりしている。
「最上級素材は初めて見たわ。でも、ちょっと聞いて良いかな?」
「解る範囲でなら」
「この、『最上級呪われた鉄鉱』の、最上級って形容詞は、呪われたにかかるの?鉄鉱にかかるの?」
嫌そうな顔をしながら、波野が問いかけてくる。
「当然、鉄鉱の方だろ?」
「ムンクの叫びのような、人の顔がいくつも見えるのは?」
「気のせいだ」
「この辺に、血としか思えない、色の赤い部分があるのは?」
「血の色は、酸化鉄の色なんだぞ」
「赤い部分が『死ね』って読めるんだけど……」
俺は無言で鉄鉱の上下をひっくり返す。
手のひらにねばつくような、嫌な手触りが残る。
「読めなくなっただろ?」
「……。まぁ、いいわ。
最上級素材をいじれる機会はめったに無さそうだし」
波野は肩をすくめながら答える。
結局は、ゲーム世界。「呪い」といっても、リアル危険はたぶん無い。
「で、何を作れば良いの?妖刀かな?」
「妖刀なんてレシピあるのか?」
「あるよ。呪われた鉄鉱が必要だから、滅多に作れないけどね」
「で、その効果は?」
「耐久力無限だけど、手から取れなくなる」
「それは嫌だ」
昔のRPGなら、主人公は王様の前でも抜刀状態で許されたが、VRゲームだとツライものがある。
戦闘だけでなく、食事なども楽しみのひとつになっているからだ。
「とりあえず、銃器用の弾を作ってもらえないか?」
「いいけど、100発くらいしか出来ないし、消耗品だから使ったら無くなるよ?」
「だからといって、でろでろでろん と音楽が流れそうな武器はもっと嫌だ。
費用は言い値で払うから頼むよ」
「こないだ、備前長船のレシピもらったお礼代わりに、費用は要らないよ」
そう言って、波野は『最上級呪われた鉄鉱』を作業場に持っていき生産を始めた。
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生産は数分程度で完了した。
オリジナルのアイテムを作るわけでなく、通常のレシピの材料を変えただけなのでそれほどの時間はかからない。
「こんなの出来たよ」
そう言って、波野がアイテムを見せてくれる。
★Newアイテム
『最上級呪われた銃弾』
特殊効果:即死
外見上は、普通の弾と区別出来ない。
とはいえ、外見は調理道具の「おたま」の小刀も存在するので、油断はできない。
「呪われているだけに、この特殊効果が如何にもうさんくさいよね」
皮の手袋をしたまま、しかめっ面で波野が話す。
「だなぁ。まさか撃った側が死ぬということは無いだろうけど」
「生産した手前、私が試し撃ちしてみるよ。佐久間君は『銃器取扱』持ってないでしょ?」
「すまない」
火縄銃は、『銃器取扱』スキルが無いと射撃する事も所持する事も出来ない。
ゲームそのものは暴力表現ありのレーティングで15禁だが、
このスキルは銃刀法に配慮された、年齢制限18歳が設定されている。
こういった、妙な所での運営の仕事の生真面目さは称賛に値する。
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波野に案内されて、ひらけた河原に行く。
「じゃ、撃ってみるよ」
波野は、恐る恐る火縄銃に弾を装填し、木の杭に立てかけられた一般兵用の胴丸に向かって射撃した。
爆音が轟き、胴丸の表面で火花が弾け、胴丸に小さな穴が開いた。
銃器はそれほど詳しくは無いが、普通の弾丸と比べて、ダメージが落ちているように見える。
「あれぇ?威力が落ちてるね」
あっけない結果に、予想外の顔で波野が銃撃の構えを解いて立ち上がる。
「波野、身体に異常とかは?」
波野はステータス画面を呼び出して確認する。
「特に異常は無いけど、銃器の耐久が通常弾の10倍くらい減ってる。
連射には向かないみたい」
「う~ん、大ダメージを与えるけどこっちにもバックファイア みたいな、諸刃の剣を想像していたんだけどなぁ」
「ま、予想が外れたってところね。
毒とかの可能性もあるから、そこらで動物相手に試してみましょう」
射撃側に影響はなさそうなので、波野はほっとしたような表情を見せる。
武力特化の波野の配下武将が呼び出され、近隣で大猪狩りをおこなうことにした。
クエストで発生する大猪は、体力が非常に高く設定されている。
だが、動きがかなり限定されるので逃げやすく、こういった検証向きの敵である。
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クエストで発生した大猪が、騎乗した武将に誘導され、俺たちが待ちかまえる場所にやってきた。
十分にひきつけて火縄銃の射程距離内に入ったところで、波野が引き金を引く。
火薬の弾ける、タァーン という音が甲高く響く。
十分に狙ったかいがあって、銃弾は大猪の横っ腹に命中した。
大猪はこちらの存在に気が付き、紅い眼をこちらに向ける。
俺たちが逃げようとしたとき、大猪は盛大に血反吐を吐いて地面に倒れた。
「えっ?」
波野がぽかんとしている。
大猪は、武力は高く無いものの、体力自慢の敵である。
一撃で倒すという事象は聞いた事が無い。
「白、ちょっと様子を見てきて」
「承りました」
波野の配下武将の一人、知力特化の白髪の武将が大猪に駈け寄り、診察を行う。
しばらくして、大猪が光の粒になり、肉や牙をドロップして消えてしまった。
白髪の配下武将がドロップ品を回収し、首をかしげながら戻ってきた。
「お館さま。弾が大猪の体内で変形・分裂し、欠片が臓器破壊を起こしたようです」
俺は波野と顔を見合わせる。
「佐久間君、この『最上級呪われた銃弾』って何なの?」
「俺にはわかった。ホローポイント弾だ」
ホローポイント弾は、リアルでは100年以上前に戦争での使用が禁じられた銃弾。
その特徴は、体内に入ると先端が変形し、体内をごっそりと破壊してしまう。
FPSで見かけた事があるが、ダメージを格段に増加させる。
「即死効果のからくりがリアルすぎて、使う気になれん……」
「だよねぇ」
ネットでホローポイントを調べていた波野が、ひきつった笑いを浮かべながら同意する。
「ゾウやサイでも出たら使おう。人間相手には封印だな」
「それがいいね。でも、戦国時代だしゾウなんて居ないんじゃないかなぁ?」
「信長に献上された とかいう話なかったっけ?」
その時の俺たちは、ドラゴンや水竜、鬼と対峙したことをすっかり忘れていた。




