過ぎ去った歴史の遺産
■難波京
「よく来た、佐久間内膳」
野々宮家の屋敷に伺うと、直々に当主が出てきて俺たちを迎えてくれた。
お屋敷は、新品ピカピカ。
VRのゲームは、木の香りまでするところが凝っている。
難波京へ辿り着いた俺たちは、真っ先にコネのある野々宮家に挨拶に行った。
「朝敵の件、何とかなったようだな」
「野々宮卿には、感謝しております」
「毛利への建前上、ワシが問責使として、勅命を奉じて向かうことになる。よろしく頼むぞ」
「ははっ」
野々宮大納言のおかげで、目的が達成できたので、素直に頭を下げる。
リアルで毛利元就について調べなおすと、
「正親町天皇は、毛利元就が献上した金で即位の礼を挙げた」という記述があった。
ゲームにも「朝廷」という外交要素があり、停戦や同盟斡旋、朝敵認定などをやっている。
合戦イベントの裏で、「金」を持たせて相馬を難波京に派遣し、外交活動をさせた。
朝廷相手の外交で試されるのは、政治と知力。
相馬は『教養』スキルも持っているため、さらに公家受けが良い。
毛利家から朝廷に「朝敵要請」が出ていたが、
「もんぶらん」ファンの内親王の助力もあって、相馬は朝廷を友好的に纏めあげた。
問責のために勅使が下向してくるのだが、来るのは舅でコネのある野々宮大納言。
当然、彼から我が連合の朝敵認定など降りるはずも無い。
さらに、勅使滞在中に毛利家が攻撃しようものなら、一発免停ならぬ一発朝敵。
相馬は「恵瓊の吠え面オモシロス」とか言ってたけど、俺も彼の負け犬っぷりを見たかった。
俺が野々宮さまに挨拶して、近況報告を行っているうちに、野々宮家の家宰と三毛村さんの間で、
下向の打ち合わせがすまされ、ここでの要件は早々に終了した。
早めに用件が済んだので、難波京をぶらぶらと観光してみる。
京都の街並みは、リアリティを重視した「古都」であったが、難波京は仮想の都。
プレイヤにとっては「新しい街」が解放されたようなもので、すぐになじんでおり、露店が開かれている。
都にはプレイヤが設置した「謎のグリコ像」が天高くそびえ、街中を流れる川には白髪白ひげのおっさんの像が沈む。
京都出身の人々が建てた家屋は京都風の装いだが、プレイヤや堺の商人が建てた洋風の建物があるため、一風変わった街並みが広がっていた。
実際、難波京の「土地」を売ることで、摂津の領主、荒木村重はかなり裕福になっているらしい。
元太に、嫁実家を見舞いに行かせている間に、本場大阪のお好み焼きを食べてみた。
同席したプレイヤと「お好み焼きともんじゃ焼き」について、小一時間ほど議論してから店を出ると、見慣れた着流し姿のプレイヤを見かけた。
「ほえもんさん、お久しぶり~」
「おぉ、佐久間殿。久しぶりだな」
「どうしたんですか?放火でもするんですか?」
ほえもんさんはリアルで京都出身。
平安京が焼けたことについて、とても怒っていた。
「そんな事をしたら、それはそれでまずいだろ」
苦笑いしながら、否定の意味を込めてほえもんさんが手を振る。
俺たち2人は「甲府の放火魔」なので、街中で放火の話など、あまり好ましくないツーショットではある。
「新撰組の幹部連中と手合せしてきた帰りさ」
「そんなことできるんですか?」
「ちょっとしたクエストだよ。十番隊から始めて、やっと三番隊の斎藤まで勝ち抜いたぞ」
ほえもんさんがガッツポーズをする。
武力に振っていない俺には関係の無い話だが、ちょっとうらやましくなった。
その姿に、ふと、明石の浪人の事を思い出す。
「ちょっと時間があったら、付き合ってもらえませんか?
手合わせしてもらいたい人が居て」
そう切り出して、ほえもんさんに明石の浪人の事を話す。
「へぇ。無敵流とは珍しいな。行こう行こう」
顎髭を撫でながら、楽しそうに承諾してくれる。
「ところで、無敵流って流派は、本当にあるんですか?」
さっさと歩きだしたほえもんさんを追いかけて、肝心のところを聞いてみる。
「名前は微妙に異なるが、リアルでも無敵流は存在するぞ。
杖術がメインだが、剣術や柔術もこなす実戦向きの流派だな」
そういえば、あの浪人は、不意打ちで切りかかってきた武将を軽々と投げ飛ばしていた。
そんな武者修行タイプの男であれば、「俺より強いやつに会いに行く」がストライクに決まっている。
現に、眼の前に居るほえもんさんからは、その手のオーラが湧き出している。
これで、ヤツは取ったも同然だな。
■明石
「お、いたいた」
浪人のブリ男が、明石焼きの店のそばでたこ焼きを食べていた。
傍らには、例の看板が立っている。
ちらほらと人だかりが出来ているところを見ると、既に何試合か行った後なのだろう。
「ふぅん、あいつか」
ほえもんさんがその男を見る。
男のほうも、たこ焼きを食べる手を止めてほえもんさんの方を見た。
「うまそうなモノを食ってるな」
そう言い残すと、ほえもんさんは茶店にたこ焼きを注文しに行ってしまった。
「……、お前の欲しいものを持ってきたぞ」
おいていかれた俺は、浪人に近寄って話しかける。
「何だ?」
浪人は、歯に青のりをつけたまま、問い返してくる。
「スバリ、お前が欲しいもの……、強敵だ!」
名探偵ばりに、指を突き付けて見栄を切る。
からっ風が二人の間を通り過ぎて行った。
「外れだな」
「えっ」
「外れだぞ?ちなみに、金というのでも無いからな?」
そうこうしているうちに、ほえもんさんがたこ焼きを買って戻ってきた。
「ほれ、佐久間殿のぶん」
「あ、ありがとうございます」
なし崩し的に、たこ焼きを食べながらひとやすみ。
なんか、関西だけあって、粉モノばかり食べているような気がする。
「ところで、その看板、まだやってるのか?」
地面に腰を下ろしたほえもんさんが、たこ焼きを頬張りながら浪人に問いかける。
「あぁ。やってるぞ」
「じゃ、食い終わったらひと勝負頼む」
そう言って、懐から銀10枚を出して、浪人に渡す。
「毎度。武器は何を使っても良いぞ」
銀を受け取りながら、ぶっきらぼうに浪人が答える。
「そうだな……。じゃ、武器はコレにしよう」
そう言いながら、ほえもんさんは、手に持った竹くしを左右に動かす。
ぽかんとした顔つきで、浪人と俺はほえもんさんの顔を見つめる。
茶店から、三毛村さんがあくびをした声が聞えた。
「面白い、受けて立とう」
浪人、野見岩斎が自分の竹くしを取り上げて、口にくわえる。
「必殺仕事人」を彷彿とさせるが、所詮、たこ焼きの竹くし。
くっついているのは、血のりではなく、オOフクソース……
そんな勝負を挑むほえもんさんもアレだが、受けるほうもアレだったらしい。
そして、大の大人2人による、竹串片手の真剣勝負が始まった。
いつの間にか『折れた方が負け』というルールが出来ているようで、二人とも真剣な表情で竹串チャンバラを行っている。
竹串とはいっても、刺さりどころが悪ければ失明や大けがに至る…… のはリアルの話であって、
ゲームでの竹串は単なるオブジェクトなので、ダメージは発生しない。
普通に殴った方がよっぽど痛い というシロモノ。
集中力が試される果たしあいなのだが、傍目に見るとあまり見栄えがしない。
通りがかったプレイヤが、危ない人たちを見るような眼で、ひそひそ話をしながら通り過ぎていった。
そして、地味な激戦の勝負は引き分けで終わった。
突き、払い、薙ぎといった、高度な技術が駆使されていたように思うが、いまひとつ派手さの無い試合だった。
双方の竹串は、耐久力を使い果たして折れ、塵となって消えている。
だが、本人たちは満足しているようで、お互いの健闘を讃えあっている。
「あ、そうそう、お前、あれは外れだから」
浪人はそう言い残して、去って行った。
「おっと、そろそろ落ちねば。良い経験をさせてもらった」
ほえもんさんも、そう言い残して去って行った。
そして、俺と三毛村さんと元太だけが寒空の下、取り残された。
「う~ん、当たりだと思ったんだけどなぁ」
腕組みをして地面を見ると、三毛村さんが肉球で何かをつんつんしている。
「三毛村さん、どうした?」
「これを見ると良いぞ」
三毛村さんが指差す先には、勝負の間に千切れたのか、岩斎の服の切れ端が落ちていた。
そこには、薄れてはいるが家紋が付いている。
元々は、紋服か何かだったのだろう。
「これは、野々宮家の家紋?」
「難波京に戻った方が良さそうだぞ」
その切れ端を拾って、急いで難波京に瞬間転移をした。
■数日後
「待っていたぞ、野見岩斎」
明石の茶屋で待っていると、3度目になるが、例の浪人が立札を抱えてやってきた。
奇しくも、三顧の礼のようになっている。
「お前、こないだの……」
「約束通り、今度こそお前が欲しがるモノを持ってきてやったぞ」
「ふん」
岩斎は、興味無さそうな顔をしながらも、こっちを注視している。
その視線を感じながら、用意してきた包みを開けた。
中に入っていたのは、ド派手な小袖。
いろいろな布の端切れで作ってあり、赤や白、金に黒と、色彩に全体的な統一感が無い。
その中には野々宮家の家紋が染め抜かれた切れ端もある。
背中を飾るのは、金糸で立派に刺繍された昇り龍。
胸元には赤い刺繍で「日本一」。
首元には毛皮のファーが仕込まれている。
こんなものを着る人間の気がしれない。
「イヤァ、カッコイイダロ?」
笑いたくなるのをこらえながら、その小袖を大男の前でひらひらと見せびらかせる。
岩斎の顔色が、赤くなったり青くなったりして、固く握りしめた拳がぷるぷると震えてきた。
■
ゲーム内時間でかなり昔。
リアル的に言うと、クローズドβの時代。
仮想空間では、武将候補となるAIが次々と産みだされ、ゲーム世界に旅立っていった。
そのうちの一人、野々宮定岩は強靭な肉体を持って産まれた。
彼は退屈な公家次男坊の暮らしに嫌気がさし、噂に聞く武家、それも「傾奇者」に憧れていった。
しかし、平安京の上級公家の家では、母親も侍女も派手な衣装など作ってくれない。
そこで、仲の良かった下の妹、そのちゃんに頼んで出来上がったのが、この悪趣味な小袖というわけだ。
周囲には、比較対象となる武家が居なかったため、若い頃はその恥ずかしい恰好で平安京を練り歩いていた。
そして、その恥ずかしい服装のまま、「強い奴に会いに行く」と言い残して平安京から姿を消した。
泣く子も黙る豪傑の、中二時代の黒歴史……
俺は、野々宮卿とそのちゃんからあらましを聞き出し、過去の黒歴史を象徴するアイテム「ド派手な小袖」を再現した。
「な、なぜ貴様がソレを持っている!」
「さぁ、なぜだろう?」
「それは、由緒ある野々宮家の家紋だぞ!」
「え~、使っていいよ って、当主サマからいわれたしぃ」
「何考えてんだ、あのくそ親父!」
「で、コレ欲しくないか?要らないのなら、誰かにあげちゃおうかな~」
「ちっ」
そう舌打ちした岩斎が、ちらりと周囲を見渡す。
「俺を倒して奪おうってか?」
俺は小袖を掴んで、岩斎に放り投げる。
「欲しけりゃくれてやるよ。
でも、どうして俺がそこまで完全なものを持ってこれたのか考えてみろ」
岩斎は、はっとした様子で小袖をひっくりかえしたりして確認している。
その隙に、俺は新しく取得した魅力系スキルを発動させた。
そして、天使のような笑みを浮かべながら彼に優しく囁く。
「家出した手前、おめおめと実家には帰れないんだろ。
でも、昔と同じように、頑張ってこれを縫ってくれた妹に会いたくはないか?」
岩斎の眼に、涙が浮かんでくる。
彼は、あわててごしごしと眼をこすった。
「このように落ちぶれた俺には、妹にあわせる顔が無い……」
「気にするな。働き次第では、俺が取り立ててやろう。そのかわり、な?」
「解った。我が命、好きに使ってくだされ」
こうして、我が家の配下武将に、シスコン豪傑が新規加入した。
★Newスキル説明★
『人誑し』
対応能力値:魅力
対象:プレイヤ以外全て(動物も含む)
説明:何らかの行動で相手の興味を引くことで、友好度を大きく上昇させる事ができる。
魅力が高いほど、上昇度合いが大きくなる。
『脅迫』とは異なり、失敗しても関係性の悪化は無い。
抵抗:元々の関係性が非常に悪かったり、対象の官位、能力総合値が高いと失敗しやすい。




