明石の大物
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深夜の高田城。
月の細い光の中を、一つの影が飛び交う。
その影は素早く月光の届かない場所に滑り込む。
その顔は毛深く、もみあげが長い。
赤ら顔には深い皺が刻まれ、いわゆる「猿顔」だ。
「猿」は音も無く走り、跳躍し、見張りの兵をすり抜けて、高田城を探っていく。
城郭に飛び移った彼の前に、一人の人影が現れた。
赤い仮面に赤いマフラー。異質な忍者装束をまとったプレイヤ、赤影である。
「ずいぶんと珍しい忍者が居るもんだな」
赤影が「猿」に向かって話しかける。
「俺の名は赤影。名前くらいは教えてもよかろう」
「猿」は、一瞬身構えたが、力を抜いてゆらゆらと左右に身体を揺らしながら、周囲を確認する。
月の光が照らすその姿は、全身くまなく毛が生え、尻が赤くて尻尾がある。
「猿助 と呼んでもらおう」
そう言った途端、猿助は城郭から飛び降りた。
その影めがけて、城郭の片隅で息をひそめていた流水斎が放った何本ものクナイが突きささる。
影はハリネズミのようになって、力無く城郭の下に落ちた。
「素早いな」
「全くもって、面目ない」
赤影と流水斎の前には、ぼろぼろになった布切れが落ちている。
「なかなか面白そうな奴の相手をしてるじゃないか」
赤影は、月に向かって楽しげに笑った。
「高田城の国崩30門ははったり。急ぎ、坂田様にお知らせせねば」
ニホンザルは血の滴る腕を庇いながら、全速力で主の元へ帰還していった。
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猛将、豪傑。
RPG的に言えば、タンクに相当する役割。
戦場で耳目を引きつけ、敵の只中を突き進む花形。
今までは、元太がその役を行っていたが、領地が大きくなるに従って、
城代や留守となる事が多く、「我こそは~」とやるわけにもいかなくなった。
中国の覇者、毛利家と事を構えているので、優秀な猛将・豪傑が欲しい。
「というわけで、三毛村さん。超一流の豪傑を探してきてくれ」
「む~り~」
あっさり断られた。
「まぁ、情報が一番集まるのはやっぱり都だにゃ。
難波京にいってみるのがいいぞぉ」
「まだ行ったことが無いし、観光がてら行ってみるか」
最近建設された、難波京。
史実では、僅か1年で遷都された短命の都。
その存在を知らない日本人も多い。
だが、このゲーム世界ではれっきとした「日本国首都」である。
まだ建設途上ではあるが、続々と人口が増加しつつあるそうだ。
舅の野々宮卿は、先日の第二次ボンバーマンの変で屋敷が丸焼けになった。
さすがに大阪だけあって、カネで強引に一等地を確保しようとする商人も居て、公家さんは苦労しているらしい。
「火事見舞い」として、金や米俵を用意して難波京に向かう。
少しだけど、領地から都が近くなったのがうれしい。
今回のお供は、元太と三毛村さん。
元太の嫁の実家も平安京にある。
その家は、代々都の刑事職を担っており、このルートで入ってくる市井の情報はバカにできない。
こちらも焼け出されたので、元太に火事見舞いに行かせるつもりだ。
そして、いつもなら相馬の枠に三毛村さんが入っている。
先日の合戦で、相馬の姉のかえでさんが重傷を負った。
命に別状は無いが、しばらく入院しているため、相馬を見舞いに行かせている。
代わりに三毛村さんを連れてきた。
今回の主目的は、猛将・豪傑の確保。
このゲームでは、他人の能力値の見積もりは知力値に依存する。
初期値(知力30)だと、「高そう」「低そう」しかわからないうえに、ときどき読み違える。
そのため、ゲーム初心者が武将を適当にスカウトすると、ヘタレを大量に抱える悲劇が発生する。
知力が高い配下武将のアドバイスを受けると段階が細かくなり、読み違いも減る。
さらに、レアスキル『人物評価』があると、読み違いは無くなる。
うちの配下が粒より揃いなのは、相馬の『人物評価』のおかげで無駄な登用をしていないからだ。
今回は、三毛村さんに能力値の確認役を担ってもらう。
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慣れない道を難波京に向かって馬で進む。
三毛村さんは、鞍袋から頭だけ出しておとなしくしている。
このゲームでは、一度行った本城城下町や自領には瞬間移動ができる。
実は、摂津には今まで行ったことが無い。
自領、平安京間をいつも瞬間転移していた故の弊害。
途中で明石に通りがかった。
現代でこそ大都市の明石は、明石焼が名物。
アンテナショップ兼休み茶屋で明石焼が販売されているので、ここで一休み。
ゲーム通貨の回収策としてこれらのショップがあるのだが、運営はちゃんとリアルで広告料を取っている。
ゲーム世界も、リアルと同様に肌寒くなってきた。
あつあつの出汁に明石焼をつけて、ふーふーしながら食べる。
「あ~美味かった」
ほっこりした雰囲気で食後のお茶をすすっていると、茶屋そばの四辻に薄汚れた男がやってきた。
かつては色物だったのだろうが、継ぎ接ぎだらけの服は垢じみてぼろぼろ。
腰に、一本の太い棒を指している。
『四方無敵流 野見岩斎。
一勝負銀10枚頂き候。勝てば1000枚』
彼は、そう書いてある立札を傍らに突き刺した。
プレイヤでは無く、AIが動かす武将候補。
もちろん、地雷的な輩もいるわけで、ちゃんと調べないと引っかかる。
「三毛村さん、アイツどうだ?」
三毛村さんは、焼き魚をくわえながら男を見つめる。
「武力は、ブリだなぁ」
「は?ブリ?」
「知力はハマチ……」
三毛村さんの言うには、あの男の能力値は、
『武:ブリ 知:ハマチ 政:イナダ 魅:ハマチ 技:メジロ』
ということになった。
「良い線いってる豪傑だぞぉ」
そう言い残すと、三毛村さんは日向ぼっこを始めた。
ブリは出世魚。大きさによって名前が変わる。
wikipedia片手に解釈すると、あの男の能力値はこんな感じ。
『武:90 知:50 政:40 魅:50 技:70』
三毛村さんの人物評価、慣れてしまえば問題なさそうだな。
総合300とは、かなりのレア物。
武将スカウトに定評のある魅力特化でも、釣れるかどうか怪しいところだ。
そんな事をやっているうちに、配下武将を連れたプレイヤが通りがかった。
ぱっと見で、武力極。
彼は立札を見て興味がわいたのか、男に話しかける。
「勝負させろ。武器は使っていいのか?」
そのプレイヤは銀を地面にばらりと撒く。
「何を使っても構わんぞ」
そういいながら、男は地面に散らばった銀を拾い集める。
地面に屈んだ男に向かって、プレイヤから目配せされた配下武将が腰の刀を抜き打った。
だが、次の瞬間、抜き打った武将を道の向こうに放り投げられていた。
武将は2mほどふっとばされて地面を転がる。
「ハマチ(50前後)じゃ敵わないぞぉ」
三毛村さんがあくびをしながら独り言を言う。
あわてたプレイヤが男の勧誘にかかるが、男は全く相手にせず、
立札を引き抜いてスタスタと歩いていく。
武力極のプレイヤはしばらく食い下がっていたが、諦めて去っていった。
「お~い、ちょっと待ってくれ」
しばらく追いかけてから、男を呼び止める。
「俺は播磨の城持ちの豪族だ。内膳正の官位を持っている。
もし良ければ、俺の配下武将にならないか?」
「悪いが、断る」
さすがに総合能力が高いだけあって、取りつくしまもない。
近くでよく見ると、彼の服は擦り切れてはいるが、かなり良い生地を使っていた。
「何か、条件でもあるのか?」
男は、俺を頭からつま先までじろじろ見まわしてから口を開く。
「俺が欲しいものを当ててみろ。それを持ってきたら、考えてみてもいいぞ」
「手掛かりは?」
「自分で考えろ」
男は素っ気なく言い放ち、何処かに歩いて行った。
取っ掛かりがあった分だけ、可能性がある ということか。
「お館さま、何か心当たりはあるのかぁ?」
「無い。無いが、なんか引っ掛かるものがあるんだよなぁ」
せっかく出会った、総合300超え武将。
放っておくのは口惜しいが、今はなんとも手が出せない。
官位を持ち、魅力に特化した俺ですらあの有様なので、そんじょそこらのプレイヤに釣られることは無いだろう。
そう思い直して、難波京へと歩みを進めた。




