変わりゆく歴史
公式イベントは想定外の結末を迎えた。
「本能寺の変」は、そこそこ史実通りに終わった。
織田信長、信忠は共に爆死。
織田政権は壊滅状態。
広大な織田家の領地は、主だった家臣に分割統治されている。
SLG的な分布では、北に柴田、東に滝川、南に丹羽、西に秀吉。
そして、摂津で荒木村重が割拠し、山城と近江を押さえた明智とにらみ合っている。
一方で史実と異なり、平安京は本能寺のみならず全域が焼失。
難波京に首都機能が移転し、天皇陛下の遷都が行われた。
荒木村重は、楠木難波介と組んで難波京の建設に勤しんでいた。
今回、いちばんいい思いをしている大名と言えよう。
荒木とは逆に、一番悲惨な目にあっているのが、当事者の明智光秀。
明智光秀は、織田家の諸将の中では、既存権力に対する考え方が保守派だ。
教養もあり、天皇家や公家、将軍といった旧来の権威を大切にする。
そのため、彼の支持基盤は、そういった旧来の権威からのものが多かった。
だが、今回の平安京全焼事件で、彼の支持基盤は揺らいだ。
付いた称号は「日の本一の放火魔」。
秀吉と友好関係を結んでいる俺から見れば「敵」なのだが、
同じとばっちり仲間としては、同情を禁じ得ない。
この件に影響を受けた他サーバでも、遷都を狙ったプレイヤの破壊工作が散発的に発生。
業を煮やした運営は、急遽「新撰組」を設立した。
彼らは、不逞なプレイヤたちの取り締まりにあたることとなった。
史実通りに壬生に本拠を置き、「壬生の狼」と呼ばれる彼らの仕事は、
今までも存在した「衛兵」と変わりない。
だが、見た目が派手で強く、人気もあるので、不逞なプレイヤは姿を消した。
もっとも、俺たちが属する第一サーバでは、首都の場所は大阪。
郊外に位置する本拠地の名前から「道頓堀の虎」と呼ばれ、恐れられている。
■
公式イベントが終わると、定例のバージョンアップが行われる。
早速、佐野が美作に引っ越してきた。
佐野は、騎馬部隊を得意兵種としている。
騎馬部隊の利点は、速度と攻撃力。
欠点は、費用がかさむことと、地形変動への弱さ。
だが、佐野が加わることによって、戦術の広がりがでた。
ぽえるは、先日の難波京事件以来、かなり不機嫌だったが、気を取り直した。
三人で上月城に集まって、これからの事を話し合っていると、秀吉からの早馬がやってきて直筆の文を置いていった。
ミミズがのた打ち回るような文字をなんとか解読すると、書いてあったことは2つ。
まず、一つ目は、
明智光秀を討伐するため、軍の大半を引き連れて東に侵攻するということ。
いわゆる、中国大返しである。
「史実通りですね」
ぽえるが冷静に反応する。
明智光秀は、支持基盤を失ったことで虫の息。
三日天下とも言われた彼ではあるが、「日の本一の放火魔」となったこの世界では、
誰も味方せず、ぼろぼろの状態になっている。
そして、文に書いてあったことの二つ目は、
中国大返しの間、姫路城を一時的に任せるというもの。
寧々に子供が産まれ、母子ともども姫路城に居るので、佐久間殿にお頼み申す という内容。
穿った見方をすれば、人質ともいえる。
魅力極のためなのか、ずいぶんと信頼されているらしい。
読み上げた途端、ぽえるが固まった。俺も、読み上げながら困惑した。
「あれ?豊臣秀頼って、産まれたのもっと後じゃね?」
佐野が、俺たちの思いを代弁してくれた。
「はい。1593年ですね、って、
そもそも、史実では秀吉さんと寧々さんの間にお子さんはいません」
ぽえるが、不安げに俺の方を見る。
「う~ん、とりあえず、現地の姫路城に皆で顔を出しておこう。
知りたい事もあるしな」
「毛利元就の事ですね?」
毛利元就は、既に死去している年齢である。
そもそも、ここ数年「隠居」という形で表には出てこなかった。
だが、先日、いきなりでてきた。
その裏にあるものを突き止めないと、これからの戦略考察に支障が出てくる。
ゲームならではのお手軽転移を使って、3人そろって姫路城に移動する。
コネ持ち特権で、門番は顔パス。
「佐久間様、しばらくの間、留守居の件をよろしくお願いします」
と、挨拶をしてくる目端の利く武将もいる。
姫路は、西は宇喜多家の領する備前、北はうち、東は同僚の荒木村重の摂津に囲まれているので、直接的な危険は少ない。
海からの攻撃の場合、船で運搬できる兵力はたかが知れているので、籠城すれば脅威にはならない。
バージョンアップで派手に改修された姫路城の階段を登っていると、本丸から一人のプレイヤが階段を降りてきた。
本城にまで入れるということは、秀吉と緊密な繋がりのあるプレイヤだ。
ぼさぼさの白髪頭に、真っ黒な道服を着ている。
当時、道服は医者の制服。
すれ違った時に見えた顔には、縫い目のような傷跡が無数に残っていた。
VRでは、容姿は自由に変えることができる。
体格に関わる部分は、リアルに戻った時の影響が大きいため、
変えることは推奨されていない。
だが、見た目レベルの、髪形や髪の色、眉の形や目の形などは変化自由。
ある程度の美男美女補正は、みんな何かしら行っているが、
逆に傷跡を作るのは初めて見た。
俺が傷跡をいぶかしげに見ていると、彼のほうから俺に話しかけてきた。
「おまえが、佐久間だな。上で寧々殿が待ってるぞ」
「ありがとうございます。ところで、あなたは?」
「ふっ、流れの無免許医さ……。BJと呼んでくれ」
戦国時代に「免許」って、笑っていいところなんだろうか。
赤影さんといい、ときどきアレな人が居るから困る。
「え?でも、キャラネームは、あいだ くろおさんですよね?」
ぽえるの言葉に、BJの表情が固まる。
ゲームなので、『変装』『隠匿』等の特殊スキル下でもない限り、
プレイヤ間では、名前は他者ステータスを確認すればすぐわかる。
流石に、読み仮名までは振っていないが。
「じゃ、俺たち急ぐんで~」
俺と佐野は、ジェネレーションギャップを感じながら、
ぽえるをかかえて階段をダッシュで登った。
■
本丸に入ると、留守居の城代武将に、奥御殿に通される。
俺は、長屋時代からの知り合いということで特別扱いらしい。
奥の間には、布団を丸めた上に寝転がった寧々さんが居た。
傍らには、侍女が赤ん坊を抱いている。
「お久しぶりです。佐久間殿」
「このたびは、おめでとうございます」
「あらあら。ありがとうございます。
佐久間さんに名医のBJさんを紹介しようと思っていたのですけど、入れ違いですね。
彼は、毛利元就の病を治したそうで、その噂を聞きつけた秀吉が招聘したのです」
そう言って、寧々は赤ん坊の方を見る。
その瞬間、俺はピンと来た。
このゲームでは、『医療』という知力系スキルがある。
外科を主体とする西方医療、内科を主体とする東方医療等に細分化されており、
さらに『製薬』『鍼灸』というスキルまで設定されている。
その効果としては、HPダメージ(怪我)の回復、毒や病気状態の回復時間短縮、
重傷回復時間の短縮などがある。
しかし、プレイヤが持てるスキルには、能力値ごとに所持上限数があり、
技術特化が、生産系と射撃系を同時に極められないように、
知力特化も、軍師系と知識職系を同時に行うことは難しい。
医者を行う場合、医療関連のスキルを取得するために、『孫子』『陣形』といった、
合戦に有用な系統のスキルを諦める必要がある。
それだけのデメリットがあるが、ゲームゆえにプレイヤは不老不死。
怪我はリアル一晩で治るし、毒や流行り病ですら、
「腹痛」「頭痛」的な不快表現でしか無く、RPGのバッドステータスの如く、時間経過で完治する。
配下武将についても、そうそう死ぬことは無いので、『医療』の需要は低い。
βテスターの間でも、医者の微妙さは不遇職として、語り草になっている。
そんな経緯から、医者プレイをしているプレイヤというのは、見かけたことは無かった。
『医療』が、癌治療に始まり、老化対策、不妊治療まで出来るとは……。
医者が、ここまで歴史に食い込んで来るとは予想外であった。
城の留守居を行っている配下武将と打ち合わせをしながら、
これからどうなっていくのかに思いをはせた。
次回 盟友、宇喜多直家に危機が迫る。




