歴史の変わる日 運命の夜
イベント5日目。
イベントバトルの達成感が、まだ体に残っているような気がする。
今日は休日。
昨日は、派手なバトルをやって疲れたので早寝した。
そのおかげで、朝早く目が覚めてしまった。
まだ、朝7時前の速い時間ながら、ログインして戦国時代に入る。
時間の流れが違うので、リアルは早朝でもゲーム内は薄暗い。
うきうき気分で道を歩いていると、水干に烏帽子の三つ編み少女がいた。
道端に設置されている、「火の用心」と書かれた時代劇でおなじみ防火桶をいじくり回している。
彼女は、桶を調べるのに夢中になっていて、こちらに気が付いていない。
「ぽえる、いたずらしちゃだめだぞ」
背後にしのびよって、いきなり声をかける。
「あ、佐久間さん。びっくりしたぁ。いたずらじゃ無いですよぅ」
彼女は少し口を尖らせて抗議する。
「この防火桶って、江戸時代のものなんです。
なんで、この時代にあるんだろうなぁ と思って」
彼女が指さした防火桶を、良く見てみる。
確かに、前回のイベントで平安京を回ったときは一度も見なかったような気がする。
ここ数日、目ぼしい屋敷を物色していたときに道でみかけたが、あまり気にしていなかった。
「いやぁ、ほら、イベントで放火とかがあると困るからじゃないかな」
「でも、今回のイベントは建物が砦扱いになるので、罠を仕掛けたりできますし、
放火もアリですよね?」
そんなことを話しながら、俺たちはその場を離れる。
「そういえば、建物への侵入はイベント期間限定だったな」
イベント時以外の平安京には、AIが動かす一般人が居る。
一般人宅に不法侵入しようとすれば、「衛兵」が呼ばれ、排除される。
「これ、何かイベント絡みのヒントかなぁと思って、調べてたんです」
そう言うと、ぽえるは平安京の地図を広げて見せてくれた。
所々に赤い丸印がついているのが防火桶の所在を示すのだろう。
赤い印はいろいろな場所にあり、規則性は見てとれない。
「まだ、全部見て回ったわけじゃ無いんですけどね。
このこと、内緒にしておいてくださいよ」
「もちろん。何かわかったら教えてくれよ」
「特別ですよ~」
ぽえるはそう言って可愛く笑うと、狭い横道に入っていった。
武力極らしい配下武将が、俺に一礼すると、彼女を追いかけて行った。
「江利津様はいろいろと考えておられますな~」
「俺たちは強奪もとい、家探しに精を出しましょう」
うちの配下武将たちは平常運転。
「文化財の保護といえ。でも、もうあらかた荒らされた後だろうしなぁ」
昨日のイベントバトルの報酬で、懐は一気に暖かくなった。
いまひとつ、文化財保護に気分が乗らない理由もそのあたりにある。
「まぁまぁ。そんなことを言わずに。
見逃しがあるかもしれません。最初にいった屋敷に行ってみましょうぜ」
八野に引っ張られて、最初に忍び込んだ屋敷に行ってみた。
予想通り、俺たちの後にも「文化財保護」に来た人間が居るようで、
土足の足跡がそこかしこに増えている。
「ほ~ら、何もないだろ」
そういいつつ、中庭の方に回った時、信じられないものを見た。
公家屋敷の中庭に、防火桶が置かれている。
三角に積み上がった桶といい、先ほど道端にあったものと同じ。
前回来たときには無かったはずだ。
そもそも、消火器じゃあるまいし、いくら公家屋敷とはいえ、一般家庭にあるものなのか?
「なぁ、相馬。前に来たとき、これ無かったよな?」
防火桶を指さして、傍らの相馬に問いかける。
「はい。確かに無かったかと」
相馬もいぶかしげに桶を眺める。
そこへ、屋敷の中を見回ってきた八野が戻ってきた。
「何も無いですわ~、あれ?」
八野も、防火桶に違和感を覚えたのか、駆け寄って調べる。
そして、一発蹴りを入れるが、びくともしない。
「やけに頑丈ですね。下もしっかり止まってますし」
「ぽえるに連絡しておくか」
俺は、屋敷に戻って、ぽえるにコールを入れた。
ぽえるは屋敷の中庭に存在するという事に驚き、急いでこちらに来ると言った。
相馬と八野の方に戻ると、二人して防火桶をいろいろといじっていた。
「大将、なんかこれ変なんですよねぇ。やけに重いし」
そういいつつ、八野は懐からナタを取り出す。
武器ではなく、アウトドアや家探し用に使われる重たい道具だ。
八野は、力いっぱい振りかぶって、桶に振り下ろした。
木の砕ける音がして、木屑が辺りにまき散らされる。
何度か繰り返しているうちに、砕けた桶の底から黒い液体が滲み出てきた。
鼻を衝く異臭があたりに漂う。
この匂いは、上月城の合戦準備でも嗅いだ。火罠で使用される「高級油」。
「こ、これって」
駆けつけたぽえるが、その匂いを嗅いで驚く。
「火薬と油のようですな。これだけの量があれば、この一角は炎に包まれます」
相馬が鼻をつまみながら答える。
急いで門から外に出て、周りを見渡すと、近くの辻にも防火桶が積まれているのが見えた。
「相馬。もし、これに火をつけたら、むこうの桶にも連鎖したりするか?」
「たぶん、しますな」
ぽえるが走って、次の桶のところまで行く。
そして周囲を見渡し、次の辻を指さす。
「どんどん連鎖できるように、配置されているみたいですね」
「ぽえる、さっきの地図を見せてくれ」
「はい」
屋敷の縁側に地図を広げ、頭を寄せ集める。
ぽえるの地図にある赤い点は10や20では無く、平安京全体に広がる。
だからこそ、ぽえるは運営が用意した「謎解きギミック」と思ったわけだ。
だが、運営がこんな危険物を無数に配置するはずがない。
ゲームの方向性が変わってしまう。
「もしこれが全部爆発したとしたら……平安京全体が、火の海になる?」
平安京は人口数十万規模の都市。この時代では、異常なほどデカイ。
それに爆弾を配置するとなると、火薬や油の消費量は半端なく、
ひと月やそこらで準備できる量ではない。
「まさか、バージョンアップ後の火薬や油の高騰って……」
「あぁ。このために誰かが買い占めていたんだろうな」
一旦深呼吸してから考える。
これがリアルであれば、「24」ばりのシチュエーションである。
きっと、警察に届けてから、一刻も早く避難する方法を模索するだろう。
だが、ここはゲームの中の仮想世界。
デスゲームとでは無いし、大爆発が起こったところで、誰が死ぬわけでも無い。
俺自身、爆発に巻き込まれたことがあるが、痛みを感じるわけでも無く、安全地帯に転送されるだけだ。
デメリットと言えば、多少の銀を失うことと、重傷の能力値ペナルティくらい。
それに、今の京都は、戦乱で民間人は全員避難したという設定。
プレイヤにとっても、イベント開始時に運営に注意されたように、覚悟の上でPVP可能エリアに入っているわけだ。
PVPをしたところでアイテムを奪えるわけでも無いので表面化はしていないが、
爆発に巻き込まれて倒されたからといって、誰を非難することも出来ない。
「でも、何のためにここまで行う必要があるのでしょうか。
これでは、平安京が……」
そこまで言った途端、ぽえるの表情が急に変わり、にこにこし始めた。
「ま、まぁ。それもありですよねっ。うん」
「なんだ?」
「いえいえ。それより、これの事は内緒にしておきましょう。
いつ使われるのかもわかりませんし」
先ほどとはうって変わった上機嫌で、ぽえるが軽い足取りで歩き始める。
「それそれ。それが問題だよな。最終日にでも打ち上げるのかな」
「えっ?平城京は、西暦710年に遷都されたんですよ?」
「いや、そんなこと聞いてないし」
ふと、時計を見ると、もう7時半を過ぎている。
「ぽえる、時間大丈夫なのか?」
「わわ、部活に行く準備しないと」
ぽえるは、挨拶もそこそこに慌ててログアウトした。
ステータス画面の傍らに表示されているデジタル時計が、7:44を指した。
■同時刻 朱雀門
朱雀門の傍らに、数十人のプレイヤ達が集う。
楠木難波介の率いる、トップ連合「西方不敗」を始め、名の知れたプレイヤ達
「諸君、機は熟した!
我々の悲願達成のため、業火の中に消えてもらおう」
難波介の指示のもと、彼の配下武将が火矢を防火桶に向かって撃ち放った。
防火桶は、たちまちのうちに火に包まれ、大爆発を起こす。
その爆発の火は、地面にまかれた油を伝わって、他の防火桶にも引火する。
二度、三度と爆音が起こり、火炎がなめるように平安京全体に広がっていく。
イベント中の平安京の家屋は、すべてが破壊可能なギミックである。
本来は、家探しや屋内戦闘を盛り上げるための仕組み。
壁土の中に塗り込められた、隠された財宝があるのだ。
だが、そんな運営の思惑を無視するかのように、大量の油が空中に飛散し、
油のかかった家屋は次々と炎の中に沈んでいった。
火炎は勢いを増して、本能寺を飲みつくす。
「人間五十年、下天のうちにくらぶれば、夢幻のごとくなり……」
織田信長は、平安京全体を覆う業火に包まれ、史実通りの最後を遂げた。
休前日なのを良いことに、徹夜していた多くのプレイヤとともに。
■明智光秀陣地
明智光秀は神経質そうに陣幕の中を行ったり来たりしながら、配下の報告を待つ
平安京の方角から、爆発の轟音が聞こえてくる。
「やったか。これで、呪縛は解かれた」
ほっとした表情で、彼が陣幕からでると、第二、第三の爆音が響く。
「派手にやっておるな」
続いて、数えきれないほどの爆発音が連続して聞こえる。
「あれ?」
彼が不安げに平安京の方角を見ると、空が赤く染まっていた。
民家は業火に包まれ、御殿にまで火が押し寄せて、地獄の様相を呈している。
「流石は明智様、平安京を全焼させるとは……」
「やりすぎじゃね?」
「しっ、聞えるぞ」
配下武将や兵士たちも、首都全焼という事態を前に動揺を隠しきれない。
歴史上、類を見ない大破壊が起きていた。
■イベント時の臨時転生場所
何処からか巻き起こった炎で、目の前にあった防火桶が爆発した。
業火に包まれ、俺は一瞬で「死亡」した。
この感覚は、甲府以来である。
配下兵士は全滅。
相馬と八野は、俺と一緒に、真っ黒焦げで転生場所に強制移動させられている。
周囲には、俺たちと同様、爆死したプレイヤと配下武将で黒山の人だかり。
既視感にとらわれながら、俺はつぶやいた。
「もう、わけがわからないよ」
【織田信長が死亡しました。イベントは、明智方の勝利となります】
■
政治極が投入した莫大な金銭。
火計を知り尽くした知力極が巧妙に配置した火種。
そして、寝る間も惜しんで投入された莫大な時間。
これら、人知を超えた一部ユーザーの行動を運営は甘く見すぎていた。
大規模な連続爆発で、平安京は火の海に沈んだ。
数十万人が暮らす大都市であっても、しょせんは木造建築のかたまりに過ぎない。
平安京は首都としての機能を喪失。
急遽、遷都が行われることとなった。
参議である楠木難波介の強引な提案により、難波京が新しい首都に決定する。
そして「俺様の野望」の公式掲示板に、楠木難波介の名前で書き込みが行われた。
「全ユーザーに告ぐ!日本の首都は、大阪となった。
もう、京都民や奈良民に デカい顔はさせない!」
楠木難波介率いる大阪在住ランカー達の悲願「大阪首都化計画」が完遂した。
後に、俺様の野望ユーザーは、畏怖をこめてこの日の事件をこう呼ぶ。
「第二次ボンバーマンの変」と。
■ひとくちメモ<主な日本の首都(一部抜粋)>
大阪府
難波京 744年 - 745年 (1年)
奈良県
藤原京 694年 - 710年(16年)
平城京 710年 - 740年 (のべ69年)
745年 - 784年
京都府
平安京 794年 - 1180年 (のべ1074年)
1180年 - 1868年
■みんなの感想
「言語道断。歴史ある都を灰にするとは、万死に値する!」
ほえもん(京都出身)
「平城京を差し置いて、あんな出オチ!?あり得ません!」
ぽえる(奈良出身)
「小学生の頃、遠足で行ったな。懐かしい」
赤影(大阪出身)
「京都でも大阪でも、どっちでもいいや」
佐久間(東京出身)
「最近、実家に帰ってないな」
佐野(北海道出身)
「……(茨城じゃなくてよかった)」
波野(千葉出身)
「難波って、どこだっけ?」
鷹目(帰国子女)
次回から新章です。
今度は、SLGモード。
vs 毛利家




