歴史の変わる日 午後
イベントの開始がアナウンスされた。
【只今より、公式イベント「歴史の変わる日」が開始されます】
【平安京内部は、PVP可能エリアとなりますのでご注意ください】
プレイヤの視界と聴覚がジャックされ、ムービーが流れる。
始まりは、平安京を見晴らす小高い丘の上。
そこに、明智光秀と彼の配下武将、兵士たちが集まっている。
時刻は黄昏時。
早々と点けられた松明の光が、青ざめた顔の光秀を照らす。
明智光秀は、長身の俳優が演じている。
無口でクールな演技に定評があり、秀吉役の芸人さんとは正反対だ。
彼は軍配を大きく振りかざし、平安京を指し示す。
「敵は、本能寺にあり!」
バリトンボイスが心身を震わせる。
一瞬遅れて、喊声を上げながら、無数の兵士たちが平安京に突撃していった。
本陣に翻る水色桔梗の旗指物を最後の夕陽が赤黒く染める。
場面が変わり、本能寺。
広大な板の間で無数の百目蝋燭が灯っている。
濃姫を相手に、朱塗りの杯で酒を飲む信長。
そこへ、森蘭丸が駆けつけてくる。
「明智が謀反をおこしましたっ!」
「是非も及ばず」
彼は、鋭い目つきで杯を床にたたきつける。
「槍を持てぃ!」
信長が立ち上がり、敦盛を一指し。
何処からか流れる楽曲にあわせて舞う一挙手一投足が、流れるように美しい。
舞い終わると扇子を投げ捨て、小姓から差し出された朱色の槍を持ったところで、ムービーが終わった。
身震いがしてくる。
3D酔いではなく、VRが作り出す究極の臨場感に酔った。
信長役の俳優の「睨み」は、見ている人間を舞台に引きこませる。
今すぐ本能寺に駆け込んで、彼の舞台に参加したい気持ちになってくる。
彼は、撮影が終わると歩けなくなるほど、気を詰めている
と言われるが、その気迫が伝わってきた。
ボイスチャットで意味をなさない絶叫が流れまくっているのは、興奮を隠せないプレイヤの仕業だろう。
ゲームには関係無いけど。
まぁ、お隣の本能寺から聞える阿鼻叫喚はほっておいて。
史実だと、信忠は妙覚寺に宿泊し、信長の自害の知らせを受けてから
二条城へと移動する。
このイベントの特性上、彼がいつまでも妙覚寺に居続けるとは限らない。
信忠は、このとき25歳。
それなりに名の知られた俳優が演じてはいるが、まだ若いせいもあり、信長役ほどのネームバリューは無く、妙覚寺はちらほらとファンが居る程度だった。
境内の庭には入れるが、実際に建物に中に入って彼らに出会うには、何らかの方法で「鍵(織田信忠)」を見つけないといけない。
イベント期間は一週間もあるので、情報が出てからゆっくりと攻めるつもりだ。
土地勘だけ把握して、俺たちは妙覚寺を後にした。
■
「さ~て、お館さま。はりきって、お宝を強奪しますぜ~」
「八野。せめて、家探しと言え。家探しと」
「どっちも同じでは?」
八野の勘に先導されて、手近な公家の屋敷に侵入する。
入り口には鍵がかかっていたが、八野の『こじ開ける』コマンドの前に、あっさり開いた。
屋敷に入ると、中は板張りのこぎれいな屋敷。
ひと昔前のゲームでは、他人の家にあがりこんで「小さなメダル」や「あぶないみずぎ」を強奪するのは珍しくも無い行為であったが、さすがにVRでは罪悪感を感じる。
そんな俺の逡巡をよそに、八野と相馬は手早く家探しを始めていた。
避難するときに持ち去られたようで、ほとんどの家財道具が残っていない。
十数部屋ある平屋を手分けして探した結果、ツボを大小1つずつと刀を1本手に入れた。
「相馬、どうだ?」
政治能力値で鑑定ができるそうなので、相馬に鑑定をさせてみた。
「う~ん、あまり高価なものでは無さそうですね」
「俺の勘だと、この小さいツボは高そうなんだけどなぁ」
八野が小ツボをなでまわす。
「そのツボは、特に安物です。荷物になるだけですね」
相馬はにべもない。
「ま、記念すべき初物だし、三つとも鑑定屋に持って行くか」
「さすが大将。話がわかる」
俺たちが、各々お宝を持って屋敷を出ようとすると、門から入ってきた野盗の一団とでくわした。
人数は十数人いるが、所詮は雑魚敵。頭領の武力は30、部下たちは10。
八野(武力60+)一人でもなんとかなるレベルだ。
「やいやいやい、ここは俺様たち雷神党の縄張りだぁ。
金目のものを置いてさっさと出て行きなぁ」
ありがちなセリフを言いながら見えを切る頭領。
あの「信長」を見た後だと、どうも迫力に欠ける。
「やりましたね。お館さま」
八野が大きなツボを地面に降ろしながら笑う。
「うむ。これで楽になった」
相馬が、無言で火縄銃の準備を行うと、野盗たちの腰が引けた。
そんな彼らに向かって、俺は魅力120の微笑みを向ける。
『勧誘』。
■
荷物持ちの配下兵士と一緒に、文化財鑑定センターに到着した。
鑑定センターは、既にたくさんのプレイヤたちでごった返していたが、そこは「鑑定」が一瞬で終わるゲーム世界。
少し並ぶと自分の番になった。
鑑定品を渡して、どこぞの鑑定家のような、ちょび髭眼鏡のおっさんにみてもらう。
「う~ん、これは、どれも安物ですね。あわせて300銀というところです」
銀は、主に日替わりクエストで手に入る貨幣。
受けられるクエストには限りがあるので、一日に稼げる量は、およそ1000から2000程度。
30分足らずで300銀は、ほどほどの金額にあたる。
「妥当な所ですね」
「もっと行くと思ったんだけどなぁ」
「ん?ちょっと待ってください」
ちょび髭鑑定士は、そういうと小さなツボを持ち上げ、地面にたたきつける。
「ちょ、待て。お前は芸術家か!?」
八野が止める間もなく、ツボは音高く壊れ、いくつもの破片になった。
割れたかけらの中から、きらきら光るモノが見える。
「公家様のへそくりが入ってたんですね。おめでとうございます」
「マジか!?」「すげ~」「なんだなんだ」
ツボの割れる音を聞きつけた周囲のプレイヤ達が集まってきた。
金は、銀よりも遥かにレアな貨幣。要は小判。
合戦や公式イベントで上位入賞しないと手に入れることが出来ない。
このゲームでは、課金はアバターアイテムしか無いので、課金したところで手に入れられない。
「こ、これはいいものだ。野郎ども、強奪に精を出すぞ!」
「おぅ!」
しょっぱなから金3枚、銀250枚(割れたツボの分ひかれた)という好調な滑り出しで、俺のイベントは幕を開けた。




