【XV】悪魔 宇喜多直家の復活
「悪性新生物、すなわち、ガンは、成人男性の死因の第三位を占めます。
結核のような伝染性は無いですが、若いうちからガンに備えておくことは大事です」
白衣をきた男が、熱心に弁舌をふるう。
俺の前に用意された資料には、いかにガンが恐ろしいかのデータが詰まっている。
「ちなみに、成人男性の死因の第一位は、合戦などでの傷害及び、その傷が原因の感染症です。
第二位は、凶作を原因とする餓死となっています」
ここは、戦国時代を模したゲーム世界。
領地の病院の院長が、研究費確保のため、領主である俺の前で研究成果を滔々と語っている。
同席していた配下武将たちの大半は睡眠中。
軍師である三毛村さんは、ちょうちょを追って何処かに行ってしまった。
「そこで、我々が開発したのは、遠く南蛮の秘薬、ユニコーンの角を多用した、ガン特効薬です」
ここが現実世界ならノーベル賞もんだが、VR世界では眉唾にしか思えない。
「ユニコーンの力で、ガンを倒す。その名も、ユニコーンガンダム!」
「いや、ダムは何処から来たよ!?というか、変な名前つけんな」
「だめだ むりだ と思われた末期のガンでも、一服で治るからです」
俺の突っ込みをさらりとかわして、医者は、一服の薬包をうやうやしく差し出す。
受け取ってアイテムリストを見ると、本当に「ゆにこーんがんだむ」と書かれていた。
「まぁ、結論は、試してみてからだな」
「効果には自信があります。ご期待あれ」
武田家上洛イベントは、史実に反して徳川家の大勝で終わった。
一言坂は敗戦であったものの、三方が原では大勝利。
その後も着実に武田家の兵力を削り、織田家が武田家を圧倒して終わった。
一言坂では、敗残兵として農民に狩られそうになる「リアリティ」を味わった。
そんなところまで再現して、誰得とは思ったが、『逃げ足』スキルのおかげもあって、なんとか無事に逃げ出す事が出来た。
格好いい称号ベスト10の「闇夜の疾走者」を入手できたが、内実を知る身としては、あまりうれしく無い。
助け出した信康は、いまのところ、佐久間家の客将として身を隠している。
勝ちは勝ちでも、ここまでの大勝だと実家には戻れない。可哀そうな立場の人である。
彼は、何か和尚に感じ入るところがあったらしく、お寺で修行に励んでいるらしい。
ほとぼりが冷めるまでは、のんびりしてもらう予定だ。
秀吉に姫路城に呼ばれていたので、ぶらぶらと姫路城に向かう。
最近の織田家の勢いにはすさまじいものがある。
毛利、武田と相次いで撃破した戦果をもとに、黒田官兵衛は播磨と美作一体に調略を行い、大きな成果を上げていた。
俺もおこぼれに与り、上月城を中心とした、播磨の国の西北四分の一を手に入れた。
次に狙っているのは、お隣の美作の国の切り取り。
美作の国は名前の通り農産物の実成りが良く、生産量に10%のボーナスが付く土地だ。
そのため、プレイヤも含め、各勢力が血で血を洗う激戦区になっている。
そんな土地に、どうやって割り込んでいくかを俺たちは悩んでいた。
■
姫路城に着くと、相変わらずの顔パスで通行できる。
広間では、既に秀吉と黒田官兵衛が俺を待ち構えていた。
彼らと同席しているのは、二人の男と一人の幼児。
一人は、以前に出会ったことのある宇喜多忠家。
もう一人の男は、眼はギラギラと光っているが、頬がこけ、体の肉付きがこそげ落ちていて、
一目で病人であることがわかる。
「佐久間殿。こちらは、宇喜多直家殿でござる。
行き違いから、いろいろな事があったと思うが、ここはわしの顔に免じて、水に流してくれ」
秀吉が、いつもの笑い顔で彼らを紹介してくれる。
「初にお目にかかる。宇喜多直家だ。こっちは、嫡子の八郎と弟の忠家。
虫のよい話かもしれぬが、これから、よろしく頼む」
「こちらこそ」
にっこりと笑って返事を返す。
佐久間家は、宇喜多家と上月城を巡って合戦をしたことがある。
あの時、宇喜多家は毛利家に就いていたが、毛利家を見限って、織田についたのだなぁ。
戦国の世の栄枯盛衰に思いをはせる。
最近、当主の宇喜多直家が病床にあるのをいいことに、プレイヤたちが宇喜多領を蚕食しているらしい。
宇喜多家は、先の上月城戦の件もあり、勢力が落ちている。
同盟している毛利家に助力を頼んだが、はかばかしい回答が得られなかったので、織田家についたのだという。
しかし、悪人で有名な宇喜多直家。信じていいものかどうか……。
そのとき、懐でカサリと鳴るものがあり、悪巧みが頭をよぎった。
「宇喜多殿、失礼だが、かなり重い病と見受けられる。
良き薬をもっているゆえ、試して見られよ」
ふところから、「ゆにこーんがんだむ」を取り出して、宇喜多直家に渡す。
宇喜多直家の謀略手口には、「毒殺」もある。
それを思い出したのか、直家は一瞬躊躇したが、笑顔を作って薬を受け取り、一気に飲みくだす。
そこまで信じてもらえるのなら、手を組んでもよさそうだ。
「く、苦いですな」
直家は、しかめ面をしながら、秀吉の小姓から受け取った白湯で薬を飲み下す。
彼にはすまないが、人体実験とさせてもらおう。
まさか、いきなり死ぬことは無いだろ。
皆が無言で直家を見つめていると、彼の腹が派手な音で鳴った。
「はは、面目ない。急に腹が減ってきてのう」
体を起こした彼の顔色は、血の気があかあかと昇り、なんだか若返ったような感じがする。
「この薬効くのう。最近、粥しか食べていなかったが、ぼたん鍋でもがっつり食いたくなったわ」
さっきまでよろよろしていた病人が、がっはっはっはと豪傑笑いをして立ち上がる。
「羽柴殿、すまんが湯漬けでも2,3杯所望できんか?」
にこにこ笑いながら、直家が立ち上がる。
病みあがっちゃったんだ……。
気が付くと、どこからか「チッ」「チッ」という、舌打ち虫の鳴き声が聞こえてきた。
【宇喜多直家とコネが出来ました 知力+2】
【おめでとうございます。宇喜多家との関係が『親密』となりました】
こうして、我が家の隣に、強力な味方が出来た。




